4 古代悪魔語&記号
時間を少し巻き戻し、リーズレットが脱出する直前。
ラインハルト王国王城では第四王子が殺害された報告を受けてから大騒ぎになっていた。
「女はまだ見つからんのか!?」
特に王の怒りは相当なものだった。末っ子を溺愛しているわけでもないが、王族には立場というものがある。
しかも殺害したのが女性ともなれば、国内情勢を揺るがす切っ掛けになってしまう可能性が高い。王はそれが心配でならなかった。
なぜ、王がその部分を心配するのか。この国の王族が男尊女卑思想を浸透させねばならぬ理由も含めて、王家には最大の秘密として伝わっている伝説があるからだ。
「陛下。ライル様を殺害したのはオーガスタ家の娘であると報告が上がって参りました」
「その娘は捕えたのか!? オーガスタ伯爵はどうした!」
さっさと女の首を持って来い。父親である伯爵に責任を取らせろ……などと喚く王。
「それが、王都の外に逃亡したらしく……。父親であるオーガスタ伯爵も殺害されました」
「ふざけるなッ!」
王は激怒して報告した家臣に金で作られた杯を投げつける。
ここまで王族をコケにするか、必ず処刑してやると内心意気込む王。
「女の特徴は!? ライルを殺すなど、女はどんな魔法を使ったのだ!?」
ライルは王族兄弟の中で一番パッとしない能力の持ち主だった。魔法の腕も王族の中では下の部類。
だが、王族は一般人に比べて保持魔力量が高い。魔力量さえあれば魔法を連発できるし、攻撃魔法を使えれば魔力量からして魔法使いとしては一流のランクに相当する。
王族としては未熟であるが、一流魔法使いに分類される男を殺したのだ。
男性を脅かす魔法の才能を持った者なのだろう、と王は考えていた。
「いえ、素手で殺したそうで」
「は?」
素手で男を殺した。王国誕生から今まで、そんな女性がいただろうか。相手は魔獣か何かかと疑ってしまうほど信じられない話だ。
「警備員は魔法銃で殺したようで。魔力量はそんなに高くないんじゃないでしょうか?」
「素手と魔法銃……?」
王族を素手で殺し、多数の相手は道具を用いた。どういう事だ、と疑問に思う王。
だが、これ以降、王の顔色はみるみる悪くなっていく。
特に効いたのは次の報告だった。
「王子を殺害後、去り際に、こう……。手をこんな形にしていたらしいのです」
家臣の男がやって見せたのは人差し指を一本だけ立てた手の形。家臣は「これは何か魔法を発動させる為に必要なのでしょうか?」と首を傾げる。
王も「なんだ、それは」と言いながら家臣の男が作った手の形を見る。見て、1つ思いついた。
素手で男を殺す。銃を使う。そして、去り際に行った見慣れぬ手の形。
頭の中でパズルのピースがカチリとハマったかのような感覚に襲われる。
王の顔は脂汗が浮かび、体がぶるりと震えた。
「もしかして、手の形はこうじゃないか?」
王は人差し指ではなく、中指を一本立てた。今やこの手の形を知る者は限られている。
手の形が示すモノ、それは前時代に存在したという悪魔を象徴する古代記号だった。
どうか、間違っててくれと王は祈った。心臓がドクドクと鼓動する音が嫌に大きく聞こえる。
「ああ、そうかもしれません。その手の形を相手に向けてファッキュー? とか言ったそうで」
ファッキューは悪魔語である。悪魔達がよく口にする言葉であると王家に伝えられていた。
確定だ。
聞き慣れぬ言葉に、呪文か何かですか? と問う家臣に王は答えられない。
先ほどまでの怒りは霧散した。それどころか、どうすれば良いんだと悩み始める。
いや、まだ決まったわけじゃない。悪魔語を口にしたとしても、手の形が違うかもしれない。
そもそも、悪魔語も似たような言葉を言っていただけかもしれない。もしくは新手の悪魔信仰者が起こした事件の可能性だってある。
そう強く、強く、強く、何度も、何度も自分に言い聞かせて心を持ち直した。
「わ、私は行くところがある。お前は女について調べておけ!」
動揺を隠し、虚勢を張るので精一杯。家臣に怒鳴るように指示を出して自室へ向かった。
自室には歴代の王にだけ伝わる、秘密の部屋がある。そこの扉を開けて中に入った。
『破滅の悪魔を絶対に、二度と目覚めさせるな』
そう古代文字で書かれた一文と一枚の絵。
王家に伝わる秘密。この女は悪魔であると伝わる伝説。
王国が……否。世界が二度と彼女を生み出さないよう、彼女に成り代わる別の者を誕生させないように。言い伝えられ、絶対の掟として守らなければならない事。
「まさか……」
王は『華が咲き誇るように笑う淑女が中指を立てる絵』をジッと見つめた。
この美しい女性が前時代の国を滅ぼしまくったなど、信じられるだろうか。
王家に伝わる伝説を先王である父から初めて聞かされた時、作り話だろうと思っていた。
『嘗て、この女性を敬愛している時代もあったそうだ。だが、本物の王家――我々のご先祖様が王位奪還してからは悪魔として伝わっている』
父はそう言っていた。
王家にだけ残された歴史書の中に、嘗て帝国として繁栄していた王国前身の国が革命によって堕ちたという。その革命を手助けしたのがこの女性。
その後、この女性は老衰で死んだ。彼女がいなくなってから、帝国の正当な血筋が国を取り戻したそうだが。
王国として国の名を変えた今でも伝わる王家の伝説。それが復活したのだろうか。
「……あり得るわけがない。人が蘇るだと?」
王は首を振って伝説を否定した。
あり得ない。あり得ないと思っているのに……。なぜ、こんなにも不安なのだろうか。なぜ、こんなにも体が震えるのだろうか。
王は不安を払拭しようと部屋を出て、机の上にあった書類を取る。
『遺跡調査報告』
それは王国南にある前時代の遺跡を調査した結果が記載された報告書。
遺跡。それは前時代に作られ、現代まで残された施設を指す。
中には世界を変える遺物が眠っていると伝えられ、各国が中身を得ようと躍起になっているモノだ。
現に王国内で配備されている魔法銃も、別の場所に存在していた遺跡から得たレリックを劣化コピーした物であった。
魔法銃の原型であるレリックは王の自室にある金庫に保管されている。
そして、この報告書に記載されているのは王国内で見つかった2つ目となる遺跡。前回と同じく中身を手に入れようと王家は試行錯誤を進めているが成果は得られない。
前時代の技術によって施錠された扉を破れず、発見から30年は経とうとしている。
「中身を手に入れるしかない」
相手がもしも、伝説の悪魔だったら。世界を変えるというレリックを用いて戦うしかない。
王は南に魔導騎士団を進めるべく準備を始めさせるのであった。
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