31.第七王子は兄を助ける(黒歴史抹消)
第七王子ノアの兄ダーヴァは、謎の人物から【闇の超人薬】というアイテムをもらった。
話は数時間後、カーター領に隣接する奈落の森、その上空にて。
ダーヴァは魔法で宙に浮いていた。
この時代では高等とされる魔法を使っている。
剣聖、つまり魔法スキルを持たぬ身であって、その魔法を使えることは異常であった。
不可能を可能にしているのは、彼が飲んだ秘薬の効果に他ならない。
ダーヴァは片手を振り上げる。
掌の上には、黒い炎の玉が出現した。
『死ねぇええええ!』
振り下ろした手から黒い炎が飛んでいき、森に着火。
その瞬間、激しい爆発と共に、見渡す限りの森の木々が、いっせいに炎上したのだ。
『ひゃは! ひゃははは! こりゃすげえ!』
うれしさで手が震える。
生まれて初めて使った魔法のすさまじい威力に打ち震える。
「ガメェエエエエエエエエエエ!」
そのとき、地鳴りを起こしながら、巨大な亀のモンスターが頭をもたげる。
火山亀。以前ノアが瞬殺した、Sランクのモンスターだ。
モンスターは一度死んでも、また生き返ることがままあるのだ。
地中深くにもぐっていたこのモンスターは、騒ぎを聞きつけて浮上したのである。
「ガメェエエエエエエエエ!」
ドシュッ……! と亀の背中から、噴石が発射される。
恐るべき大きさの岩が、ダーヴァめがけて飛来する。
ドガァアアアアアアアアアアン!
「ガメェエエエエエエエエエエエ!」
『ふっ……その程度で、何を勝ち誇ってるんだぁ?』
Sランクモンスターの攻撃をもろに受けたというのに、ダーヴァは無傷であった。
彼の体を、黒い炎が纏っている。
それは遠くから見ると、黒い炎の怪人に見えなくない。
『すごいぞぉ! パワーがあふれ出る! これなら……ふんぬぅっ!』
ダーヴァは指をクンッ……と上空に向けて折り曲げる。
ゴォオオオオオオオオオオオオ! と黒い炎の柱が、天に向かって伸びる。
炎は火山亀を跡形もなく消し去ってしまった……。
『わははは! すげええ! Sランクモンスターをワンパン! そうだよ、これだよ! これこそがおれの求めてたものなんだよぉおおおおお!』
炎の怪人となったダーヴァは空中で高笑いする。
そのときだ。
「ひっ……! な、なんだあいつぅ!」
カーター領の村人が、騒ぎを聞きつけて村の外に出てきたのだ。
領民達の暮らす村は、魔道士団長ライザが結界を張ったことで守られている。
この時点で領民に被害はゼロ。
しかし……ダーヴァの眼下には、結界の外に出ている村人。
にぃ……とダーヴァは邪悪に笑う。
『ノアの領民だなぁ~……』
「あ、ああ……」
ダーヴァの放つ凶悪な魔力を前に、村人達は失意に飲まれて、動けなくなる。
『くくく……この黒い炎でいたぶってやるぜぇ……あいつの大事な大事な領民をなぁ~……げひゃっ、げひゃひゃひゃひゃー!』
強い力を持った事による万能感。そして何より、闇の超人薬の副作用により……ダーヴァは正気を失っていた。
「た、たすけ……て……領主さま……」
『ひゃっはー! 死ねぇえええええ!』
炎に包まれた腕を振りおろす。
広範囲に黒い炎が広がり……領民達を焼こうとした、そのときだ。
「やめろーーーーーーーーー!」
パチンッ……!
広がった炎が一瞬にしてかき消されたのだ。
「ノア様ぁああああああああ!」
領民が歓喜の涙を流す。
空中には、赤いマントをまとった黒髪の少年……ノア・カーターが現れていた。
『ノアぁああああああ! 会いたかったぜぇええええええええ!』
ダーヴァはノアを殺す気まんまんだった。
一方でノアは、怒りで肩をふるわせている。
「てめえ……なんてこと……してくれたんだ……!」
ごぉ……! と彼の体から魔力が吹き荒れる。
『す、すげえっす……弱者をいじめる悪人に怒りを燃やす……まるで別の作品の主人公みたいっす! どうしちゃったんすかノア様!』
白猫のロウリィが、ノアの肩の上で目を剥いている。
だがノアは怒りでロウリィの言葉が聞こえないようだった。
「おまえだけは……許さねえぞ!」
『ハッ……! やってみろぉ、ノアぁああああああああ!』
ダーヴァが右腕を頭上にかかげる。
巨大な炎の塊が出現。
それは火山亀を殺した魔法よりも、さらに攻撃力のあるものだった。
ごぉ……! とノアのもとに、巨大な隕石と見間違うほどの一撃がやってくる。
だが……。
シュパンッ……!
『なにぃいいいいいいい!?』
「す、すごい領主さま! 剣の一振りで、あんなでかい隕石を消し飛ばすなんてッ!」
ノアの右手にはいつの間にか剣が握られている。
『なんて速さ……! くそ!』
「おせえ……!」
ノアがいつの間にかダーヴァに接近。
彼の炎の体を、ズタズタに切り裂いた。
……灼熱の炎の体を、ただの剣で切って見せたのだ。
『なんて……絶技……これが、ノアの……剣なのか……』
ドサッ……。
ノアが地面に着地する。
倒れ臥すダーヴァの体は、しかし黒い炎によって再生されていた。
『ノア……わかったよ。おれの……負けだ……』
こちらはいにしえの大賢者【闇のノアール】が作った秘薬を飲んで強くなった。
ドーピングしたというのに、ノアには敵わなかった。
……弟との実力差を、ダーヴァは痛感したのである。
「…………」
ノアは剣を片手に黙って立っている。
『殺せよ……おれは、殺されて当然だ……ノア……』
ダーヴァは目を閉じる。
そして……死を受け入れようとした、そのときだ。
シュコンッ……!
ノアが、ダーヴァの体を一刀両断した……はずだった。
だが気付けば、ダーヴァは元の、人間の姿になっていた。
『す、すげえ……剣が確実に人体を切ったのに、相手が生きてるっす。しかも……なんか身体の異常まで治ってるし……』
「おお! さすが領主様! なんという剣技! ……しかしノア様、なぜこの不届きものを殺さないのですか!」
その場に集まった領民達がみな、怒りの表情を浮かべている。
「そうです! 結界があって被害はゼロとはいえ、ノア様がこなかったら危ないとこだったんですよ!」
「即刻殺すべきです!」
だが……。
ノアはダーヴァに向かって、微笑んだ。
「ああ、良かった……無事【に】」
……聞き間違えだろうか。
弟は、【良かった、(兄が)無事で】と言った……。
「おれを……許してくれるのか……う、うう……うわぁあああああああああん!」
ダーヴァはノアの体に抱きついて、わんわんと涙を流す。
「ごめんよぉ! ノア! ごめんよぉおお!」
……ダーヴァは、このとき完全に敗北した。
弟は腕っ節だけでなく、その人格も優れたものだったのだ。
領民達のピンチにかけつけ、敵を倒す。
それだけじゃなく、敵の過ちを許す……心の広さすら持っているのだ。
「え? あれ? よく見たら、駄馬兄じゃん……? え、なんで……?」
なんだか知らないが、ノアがびっくりしていた。
「ありがとう! ノア! ありがとう! おまえこそが、王の器! 次の王になるに相応しい優れた人間だよぉおおおお!」
ダーヴァはそんな風に、涙を流しながら、そう叫ぶのだった。
★
はい、俺の番ね。
駄馬兄さんがやってきた日の夜。
俺は屋敷の寝室で考え事していた。
『ノアさまー。さっきのあれ……なんだったんすか?』
とことこ、と白猫のロウリィが、俺の元までやってくる。
「さっきのあれ……とは?」
『闇のアイテムで変貌した敵から、町の人を守って、しかも敵を許すなんて……ノア様らしくねー行いっすよ。別の作品かと一瞬思っちゃったじゃないっすか』
フッ……。
ロウリィのやつ……わかってないようだな。
「これ、なにかわかるか?」
『薬瓶……?』
「ああ。駄馬兄さんが持っていた薬だ。なんでも怪しい人物からもらったらしい。そいつは【闇の大賢者ノアール】が作った【闇の超人薬】って言ってたんだってよ」
『闇の大賢者……ノアール? ノア、え……? ま、まさか……』
フッ……。
「俺だよぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は頭を抱えて叫ぶ。
「前世の俺のことだよぉお!」
『え、え? じゃ、じゃあ……その怪しい薬作ったの、ノア様なの?』
「そうだよ! あああもう、恥ずかしぃいいいいいいいいい!」
俺はベッドの上で身もだえする。
『は、恥ずかしい? どゆことっすか?』
「聞きゃわかるだろ! なんだよ【闇の大賢者】って! なんだよ【闇の超人薬】って! 闇の闇のって……ダサすぎんだろぉおおおおおお! ああもう恥ずかしいわぁあああああああ!」
俺が泣き叫んでいると、ロウリィが呆れたように言う。
『自分で作ってネーミングしといて……何言ってるんすか?』
「あのさぁ! これ作ったの、だいぶ昔なの! 若気の至りなの! 闇に葬りたい過去なの! それなのに! どっかのバカが! 処分したはずの黒歴史を掘り返してきやがってンもぉおおおおおおお!」
『あんなすげーパワー発揮する魔法薬を黒歴史扱いって……』
ひとしきり身もだえていると、ロウリィが俺の隣にやってきていう。
『え? じゃあなに? さっき駄馬兄さんを助けたのって……偶然』
「そうだよ! 昔作った魔法薬の気配がしたからさ! 慌てて行ったら、俺の黒歴史が恥ずかしげもなく公になってるじゃん! 処分しなきゃって、なるじゃん!」
『じゃ、じゃあ……助けようとしたんじゃなくて、自分の恥ずべき黒歴史をこの世から抹消しようとしてたってこと……?』
「そーーーーーだよ! ああもう何人かに見られたぁああああ! うわぁあああん! もう恥ずかしいいいいいい! お嫁に行けないぃいいいいいい!」
はぁ……とロウリィがため息をつく。
『でもなんか安心したっすよ。闇に落ちたお兄さんを助けるなんて、あんたらしくねーって思ってたんで』
と、そのときだった。
「「「ノア様ぁああああああ!」」」
「げぇええ! リスタぁあああああ!」
一番来て欲しくないときに!
一番来て欲しくない領民が来やがった。
「聞きました! 闇に落ちたお兄さんの心を、お救いになったのですね!」
「あああああ! 違うんだよぉおおおおおおおお!」
「領民の方達が涙ながらに語っておりました! なんて美しい兄弟愛!」
「だから誤解なんだよぉおおおおおお!」
すると……。
「いや、誤解じゃないぞ!」
「駄馬兄ぃ!」
領民達の中に、ダーヴァ兄上までいやがった!
しかも……狂信者と同じ目してやがる!
「おれの弟は、最高なんだ!」
「うわぁああん! こいつもかぁあああああああ!」
最悪だ!
黒歴史を葬っただけで、また俺の信者が増えてしまった。
ロウリィは苦笑しながら言う。
『やったねノアちゃん、信者が増えるよ』
「どうしてこうなるんだよぉおおおおおおお!」




