清廉潔白伯爵と礼儀作法の先生が公衆の面前で抱擁しました
私は翌日ロヴァミエ伯爵のお母さまの部屋にお見舞いに訪問していた。
「王女殿下、このたびは私を助け出していただいて本当にありがとうございました。感謝の言葉もございません」
ベッドの上でお母さまが頭を下げてくれた。
「いえ、私は転移してお救いしただけです。15年間もあのようなところで監禁されるなんて大変だったでしょう」
その体に手を添えて私はお母さまを起こした。
「このような処で捕らわれていても仕方がないと何度死にたいと思ったことか。でも、死にそうになるとあの悪魔が表れてヒールをかけていくのです」
「本当に、ブルーノはなんて酷いことをすれば気が済むのか」
お母さまの言葉に憤って私が言うと、
「彼奴は人の仮面を被った悪魔なのです。自分が思いが遂げられなかったからと言って、息子が幸せになるのが気に食わないと、私を攫って息子を逃げられないようにしたのです」
そう言うとお母さまはルンド先生を見た。
「エレオノーラさん。ごめんなさい」
お母さまが頭をルンド先生に下げた。
「えっ、どうされたのですか?」
ルンド先生は頭を下げられて戸惑った。
「息子はあなたと一緒にオースティンに亡命しようとしていたの。私が踏ん切りがつかなかったのよ。ブルーノが弑逆した時も、ブルーノと親しかったあの子なら、殺されることはなく、そのままいられると。それが間違いだったと気づかされたのはブルーノに攫われてからよ」
「それは・・・・でも、伯爵様にははっきり言われました『俺の前には二度と現れるな。次現れたら殺す』と」
「そうだ。私はそう言ってしまったのだ」
そこへいきなり伯爵が入ってきた。
「でも、オスカー、それは仕方がなかったことじゃない」
「母上、一度言ってしまった事は取り返しのつかないことなのです。余計な事を話すのはやめていただきたい。」
お母さまの反論に伯爵が答える。でも、何か理由がありそうだ。
「そんなことないわ。その時は私が攫われた後で、ブルーノの間者が家令としてもうこの屋敷に入り込んでいたのよ」
「家令が監視していたのですか」
お母さまの発言にルンド先生が聞いていた。
「そうなのよ。間者はあなたを殺せと最初は言っていたそうよ」
「えっ、そうなのですか」
ルンド先生は驚いてお母さまと伯爵を見比べた。お母さまが話すのを止められなかった伯爵は下を向いていた。
「それだけはできないとあの子が否定したら、『ならば手ひどく追い出せ。それと二度と会うな』と言われたそうよ」
「そんな、ならば少しくくらい教えてくれても良かったのに」
焦ったようにルンド先生が言うと
「あの子はあなたに少しでも教えたら私を殺すと脅されていたのよ」
「そんな」
ルンド先生は唖然としていた。
「どんな理由があれ、言ったのは事実だ。私はエレオノーラに酷いことを言ってしまったのだ」
伯爵は頭を下げたまま苦しそうに言った。
「オスカー。あなたの事情は判ったわ。でも、たとえどんな理由があろうと、私は事実が知りたかった」
「すまない」
ルンド先生の言葉に伯爵は頭を下げた。
「知らせようと思えば、そのあとどんなことをしてでも知らせられたんじゃない!」
「君には俺のことを忘れて幸せになってほしかったんだ」
頭を上げて伯爵が答えた。
「なんで? あなたのことを忘れてほかの男の事なんて好きになれるわないじゃない」
「オースティンにもいい男はいっぱいいるはずじゃないか。君のクラスメートだった者も多くいただろう。アベニウス男爵とか」
「何言っているのよ。あいつはもう結婚していたし、やもめになった今はグレタと仲良くやっているわよ」
えっ、やっぱりそうなの! 育ての母さんが親しくしているのは知っていたけど、そういう仲だったんだ。懸命にもその時は私は黙っていた。
「そうだったのか。あいつは結構君とも親しかったのではないかと思っていたのだが」
「相変わらず朴念仁ね。あいつが気にしていたのは元々アンネ様だし、今はグレタの物よ」
笑ってルンド先生が言った。
「でも、相手はいくらでもいただろう。気さくな君はクラスの中でも人気者だった」
礼儀作法で厳しいルンド先生が気さくだなんて信じられなかったんだけど。どちらかというと生活委員で服装の乱れをぐちぐちチェックして、みんなに煙たがられているイメージしかないんだけど。私は当人が聞いたら怒りそうなことを考えていた。
「あなたにあんなに手ひどく振られて、二度と男なんて信じないと心に決めてしまったのよ」
「それは本当に申し訳ないことをした。お詫びなら何でもしよう」
やけっぱちで言うルンド先生に伯爵が言うと
「じゃあ、私を思いっきり抱きしめて」
「えっ」
一歩前に踏み出したルンド先生に伯爵は驚いて見た。
「お詫びなんでしょ。まさかできないの」
「いや、そんなことは」
ルンド先生の挑発におずおずと伯爵がルンド先生の両肩に触れた。
そして、軽くルンド先生を抱きしめた。
「ごめん、ノーラ」
「本当に許さないんだから」
二人はひしっと抱き合ったのだ。
それも公衆の面前で!
突然の出来事に私たちはそれを呆然として見ているしかなかったのだ・・・・




