伯爵の母を助けるために転移しました。
見つめ合って愛称を呼び合う二人を私たちは驚いてみていた。
先に伯爵のほうが我に返った。
「失礼した。エレオノーラ・ルンド子爵令嬢。お久しぶりですね」
「失礼いたしました。オスキャル・ロヴァミエ伯爵様。私は既に子爵令嬢ではございません。ブルーノによって子爵家はお取り潰しになりました」
その言葉に伯爵はしばし逡巡した。そして、最初の冷たい表情に戻った。
「そうですね。そうでした。あなたは、国を捨てられたのでした。国を捨てられたあなたが、何をしに帰ってこられたのです」
「私は国を捨てたのではなく、追放されたのです。婚約者に見捨てられてね」
「いや、それは・・・・」
二人の間に気まずい雰囲気が満ちた。
「申し訳ありません。昔のことはどうでもいいことでした。私は正当な王位継承者である、アンネローゼ様を王位につけるために戻ってきたのです」
「今の王位はブルーノ様の配偶者であるマティルダ女王陛下です」
ルンド先生の言葉に伯爵は否定した。
「そう、今は国王陛下と王妃殿下を弑逆した反逆者のブルーノとその妻が王位についているのです」
「誰が何と言おうと今の王は女王陛下です」
「伯爵様。それでよろしいのですか。あなたは義に厚い清廉潔白な伯爵様だったではありませんか。何故、大義のない弑逆した王を認めてられるのですか?」
「すでに15年も前の話です。今の王は女王陛下であり、民はそれで満足しております」
「しかし、元々弑逆した者が王についているのです」
「だからと言ってオースティンに指嗾された王女を担いでどうなるのですか」
伯爵は私と隣のフィル様を見て言った。
「何を言っているの。アンネローゼ様は民を思いやるお心の熱いお方です。冷酷無情なブルーノとは違うわ」
「だと言ってオースティンの傀儡の王女では国民が搾取されます」
「ロヴァミエ伯爵。私はオースティンの傀儡になるつもりはありません」
「そうだ。私は婚約者を助けに来ただけだ」
私とフィル様が言った。
「大半の家臣をオースティンから連れてこられた方がそれを言われますか」
「彼らは私についてきてくれただけで、大半の者は本国との関係を断っております。この地に骨を埋めるつもりなのです」
「そのような事は信じられませんな」
「まあ、すぐには信じられないでしょうね。確かに私の部下はオースティンの人間が多いのも事実です」
私はそこで伯爵の瞳を見つめた。
「それではまずいので、この国の中でも誠実だと言われているあなたにぜひともいろいろ教えてほしいのです」
私は一世一代の芝居をしたのだ。
そんなこと私の柄で言えた義理ではないのだが、こう言えと皆に徹底的に練習させられたのだ。決してそう思っていないわけではないし、嘘でもない。でも、この言葉は私の言葉ではない。
「申し訳ありませんが、私はブルーノ様の臣なのです」
一瞬逡巡したように見えたが、頭を振って伯爵は言った。
「だからお引き取りを」
伯爵が立ち上がろうとした。
「あの伯爵。私は母との思い出が殆どないのです」
伯爵は私が何を言い出すのかと身構えた。
「だから、一度母がお邪魔してきれいだと言った寒椿を見せていただければと思うのですが」
私は少しでも時間を稼ごうとして、花くらいは伯爵が見せてくれると思ったのだ。
「寒椿はもうありません」
でも違った。伯爵はなぜか悲しそうに私を見たのだ。
「えっ、オスカー、あの花はあなたのお母さまが大切にしていらっしゃた花ではないの。お母さまがどうかされたの?」
「いや、そうではないのだが」
伯爵の歯切れが悪くなった。私はルンド先生に合図した。
「帰る前にお母さまにご挨拶だけでもしたいのだけど」
「申し訳ないが母はここにはいない」
冷たく伯爵は言い切った。
「ではどちらに、ひょっとしてお亡くなりになられたの?」
ルンド先生は驚いて聞いた。
「いや、そういうわけではない」
「ではどちらに?」
「実は王都にいる」
諦めて伯爵は答えた。
「王都って、お母さまは都会はいやだっておっしゃっていらっしゃったじゃない。なんで王都の屋敷なんかに」
「いや、何も俺も好きで・・・・」
言い訳しようとして慌てて伯爵は口を閉じた。
何か怪しい!
私は周りを見ると伯爵をにらみつけている家令が気になった。主を見る目でなくて、監視する目だ。こいつ、ブルーノの冠者か?
「伯爵様すいません。そちらの方にお手洗いに案内してもらってもいいですか」
ルーカスが言ってくれた。
「えっ、いや」
「良いですよ」
伯爵はあっさりと頷いてくれた。家令はルーカスに連れられてあっさりと外に出て行かされた。
「で、伯爵は母を人質に取られてやむを得ず、ブルーノに味方していると」
私が患者がいなくなったのでストレートに聞いた。
「そうだったの。オスカー、なぜそのことを教えてくれなかったの?」
「いや、でも、だからと言ってどうなるのだ。王城の守りはとても厚くどうしようもないのだ」
伯爵が言うが、
「お母さまの似顔絵はこの絵よね」
私は無視して、応接に掲げられている絵を見て言った。どことなく面影が伯爵に似ている。
「そうだが」
伯爵は戸惑った顔をしていた。
私は親を人質にとるブルーノのやり方が許せなかった。
私はこの絵の人物を思い浮かべた。
「ちょっとアン、待て」
フィル様が焦って叫ぶのを無視して私は転移したのだった。




