おまけ話『魔剣・紅蓮の神影』その2
「まあまあまあ、リカさんいらっしゃい!」
ゼノと一緒に商業ギルドに行くと、奥から今日も元気なメリンダさんが飛び出して来た。
びっくり箱のようなおばあちゃんだな。
取り次ぎを頼んでないのにたまごの来訪に気づくとは、さすがは商業ギルドのギルド長としか言いようがないね。きっと建物のどこかに監視カメラが仕込まれてるんだね。
うん、商人は侮れないな。
「さあさあ、こっちにどうぞ」
メリンダさんがぱたぱた歩く後について、ギルドの奥に行く。別室に通されてソファーに座ると、ギルドの職員がお茶を淹れて持ってきてくれた。
お茶受けは……メリンダさんが少女のように瞳をキラキラさせてたまごを見てるよ、もう、しょうがないなあ!
わたしはたまごに頼んで、美味しいお茶菓子を出してもらう。
「はい、たまごがたっぷり使われたカステラだよ。底の紙を剥がすときに、ザラメまで取らないように気をつけてね。そこが一番美味しいんだからね」
「まあああああ、なんて美味しそうなおやつでしょう!」
わたしがたまごのおやつをテーブルに出したらメリンダおばあちゃんが嬉しそうに歓声をあげたので、たまご心が満足したよ。
これは、たまごの黄色が色鮮やかな、しっとりした蜂蜜カステラだ。生地にたっぷりと含まれた蜂蜜がじゅわんと甘くて、おまけに底にザラメが溶け残っていて、噛むとシャリっとするのが美味しいんだよね。
でも、このカステラはかなり甘いおやつだから、苦いお茶と一緒に食べたいんだ。
この世界には紅茶に似たお茶とハーブティしかないようなので、わたしは緑茶が入った湯飲みをみっつ、さらにテーブルに置いた。たまごが気を利かせて出してくれた、ちょっと苦いところがカステラに合うこっくりしたお茶だ。
そして、ひとつ戻した。
わたしはたまごの中で飲むんだもんね、えへ。
ついでに商業ギルド職員が出してくれたハーブティもたまごの中に入れて、これは喉が渇いていたので一気に飲み干してしまう。
「あー、ハーブティも美味しいね。さあ、このカステラを食べながら、この緑茶を飲むといいよ」
メリンダさんとゼノが、湯飲みを持ってお茶をすすり、カステラを口に入れた。
「……んまああああああ! このおやつは美味しいですわね! 素晴らしいたまごの味と香り、そして蜂蜜が効いて甘くてしっとりした『カステラ』に、『緑茶』のコクと苦味と旨味がとても合いますわ」
「そうそう、カステラと緑茶はナイスカップルなんだよ。たまごと副団長みたいにね!」
ちょっと得意そうに言っちゃうたまごだよ。
「俺たちは関係ないが、カステラは美味いな」
うむう、ゼノめ、スルー能力を身につけ始めたね!
たまごの攻撃をあっさりかわしちゃったよ。
ゼノのくせに生意気だね。
「ふう、美味しかった。それじゃあまたね……って違う違う」
たまごったら、おやつを食べ終わってうっかり帰っちゃうところだったよ。
改めてソファーに座り直して(浮かんでるんだけど、気持ちね)メリンダさんに言った。
「町で神々の遺跡の洞窟とかいうやつの話を聞いたんだけどさ。なに、洞窟の中で強い魔物が発生して、入れなくなっちゃったの?」
すると、いつも元気で明るいメリンダさんが、うかない顔つきで言った。
「そうなのですよ。質の良いアイテムを生み出す洞窟なので冒険者で賑わっていましたし、道具屋も繁盛していたのですけれど、あまりにも魔力が濃くなってしまった上にそこに神気が作用して……どうやらとんでもない魔剣が産まれてしまったようなのです」
「へえ、とんでもない魔剣なんだ!」
いいね! それいいね!
やっぱりそれをライルお兄ちゃんへのお土産に欲しいな!
メリンダさんが、ため息交じりに言った。
「それを確認したパーティが命からがら戻って来て以来、『邪神の洞窟』などという名前がついてしまいましてね。その後も魔物が凶悪化し続けて、このままだと存在そのものが危険になってしまう可能性があるので、先ほどすべての冒険者を撤退させて、いったん洞窟を封鎖することを決定しました。ランクA冒険者が率いるパーティ、もしくは複数のランクBがいる多人数のパーティを結成して少し洞窟内の魔物の力を削がないと、あの場所は使えません。この国の大きな資金源のひとつでもあったのにこんなことになってしまって、まったく困りましたわ……」
「ほほう……」
たまごはにやりと笑いながら言った。
「封鎖? なんと、そこまで話が進んでいたとはな」
ゼノは眉間にしわを寄せて「ううむ」と唸った。メリンダさんも、眉間にしわを寄せた。
「ええ、そうなのです。昨日の夜に突然、洞窟内で魔物の大発生が起こりました」
ふうん、なんだか儲け話の匂いがしてきたね。
わたしはわくわくしながらメリンダさんに言った。
「つまり、今その洞窟に突入して手当たり次第に魔物を倒したら、魔石を大量にゲットできて、倒した魔物を売りまくって大儲けできるし、最後にボスキャラをヤってくればみんなウハウハってことなんだね」
「……ええ、まあ」
「でもって、魔剣をお土産にしたら、ライルお兄ちゃんに誉められて、たまごはさらにウハウハになれるわけだね!」
「魔剣を? お土産に? ライルお兄ちゃんというのは、クルトさんの息子の、あのライルさんかしら?」
「そう! ビルテンの冒険者ギルド職員で、フツメンだけどイケメンなライルお兄ちゃんだよ。わたしは妹分だからね、お兄ちゃんにいいお土産を持って帰りたいの」
メリンダさんがきょとんとした顔でたまごを見て、それからわたわたと手を振りながら言った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね。ええと、確かにランクB冒険者のライルさんなら魔剣も使えるでしょうし、理屈としては合ってますが……いえいえリカさん、合ってませんから! 洞窟に突入するあたりから、間違ってますからね! 始まりから間違ってますよ!」
メリンダさんが青い顔をしたので、わたしは首を傾げて可愛らしく「えー?」と尋ねた……ああっ、たまごだから首がなかったよ!
「たまご、間違いがわからないの」
「リカさんが大変お強いのは知っております。エビルリザンをひとりで倒すなどという偉業を達成されたことも、ミスリルタートルをひとりで倒すなどという非常識なことをされたのも、存じております。しかしながら、洞窟の魔物はそれらとはレベルが違うのですよ! 『魔力に神気』ですよ、『神気』が加わっているのですよ」
「うん。じゃあそれこそ、神に愛されし『愛の戦士』の出番だね!」
わたしはメリンダさんに向かって、たまごアームの先をぐっと立てた。
「このたまごに任せなよ、強い魔物をちゃちゃっと片付けて、お土産をゲットしてくるからさ!」
「でも、リカさん、それはですね、いくらリカさんでも……」
「ねえ、もしかして、その強い魔物って高く売れる?」
「それはもう、大変な高値で売れますよ!」
さすがは商業ギルド長、お金の話になったら目が光ったよ。
「それじゃあ、余計に他の冒険者には渡せないね! このたまご、愛とお金儲けが大好きなのさ!」
「それはわたくしも大好き……いえいえ、リカさん、どうかお待ちになって」
「待てないよ! じゃあさ、洞窟の地図と灯りを手に入れなくっちゃ」
「お待ちになってくださいってば、リカさん!」
「大丈夫だよ、無敵のたまごとはわたしのことだよ」
「……俺、無敵じゃないんだが……」
なぜか遠い目をしたゼノが、ずずっとお茶を飲み干したので、気の利くたまごはお代わりを出してあげたよ。
「もちろん、ゼノは見てるだけだよ。すべての力を防御に回してね。んで、悪いけど、獲物はみんなたまごがもらうから!」
大儲けの予感にうひひと笑うたまごに、メリンダさんが「なんということでしょう、わたくしよりも儲けに貪欲な方がいるなんて……商業ギルド長的には負けていられませんわね、まだまだ修業が足りないようです」と呟いた。




