勇者召喚編 最終話 そして、お別れだね
「あー、美味しかった! ごちそうさま。プリンアラモードってあんまり見かけないけど、プリンが入ってるからパフェに勝ってると思うよ」
わたしは笑顔でおやつを食べる人たちをスクリーン越しに見ながら、空っぽになった器をたまごに返して言った。
誉められてたまごが気を良くしたのか、目の前の小さなテーブルに紅茶が現れた。淹れたての香り高い紅茶は、紅茶通ってわけでもないわたしにも香りが際だって感じた。
「うわー、甘いプリンアラモードを食べた後の香り高い紅茶って、サイコーに美味しいや! これはみんなにも是非とも飲ませたい……」
最後まで言わないうちに、たまごアームが大きなトレーを持っていた。乗っているのはもちろん、人数分の紅茶である。
どうやら長い付き合いのせいで、わたしとたまごはすっかり心を通じ合わせてしまったようだよ!
なんだかたまごから降りるのが寂しくなってきちゃうね……。
でも、楽しい冒険にも終わりがくるのだ。
プリンアラモード祭りが終わり、紅茶を飲み終わってみんなが幸せなため息をつくと、テーブルと椅子がゆらゆらと存在感をなくしていった。用が済んだら消える、たまごの便利仕様なのだ。
「今回はまた、一段と豪華なたまごの薬でしたね」
すっかり元気を取り戻したライルお兄ちゃんが、ぱりっとした笑顔で言った。『すごいプリンアラモード』のおかげで、リザンの踊りが与えた衝撃(……戦慄?)から立ち直ったみたいだ。心なしか、フツメンからイケメン寄りになっているようだよ。
「さて、これですべて解決だね。じゃあ、神殿の人に怪鳥アビスパーを渡して、鳥祭りの準備をしてもらおうかな。副神官長のグラントさん、怪鳥アビスパーは硬い鱗で覆われてるけど、口の中からさばいていくと刃が通るから大丈夫だよ。あと、セルに手伝ってもらうといいよ。仮にも神獣なんだからさ、セルならアビスパーを分解できると思うんだ。で、今夜は鳥祭りを……あれ?」
「神殿は天井をぶち抜かれてますよね? アビスパーの肉や鱗を売ったお金で修理を……おや?」
わたしは、たまご色に光り出したライルお兄ちゃんを見、ライルお兄ちゃんはわたしを見ていた。
「お兄ちゃん、光ってる! もう、神ったら撤収が早いよ!」
「クエスト完了、ってことですか」
ライルお兄ちゃんも苦笑する。
『神より遣わされたふたりの聖なる戦士の手によって、ミランディア国は救われました』
だからさー、天から感動のナレーションを出すのはやめなよ。
この世界にはゲームなんてないんだからさ、みんな戸惑っちゃってるじゃん。
『勇者よありがとう。聖なるたまごよありがとう』
「ええっ、わたしたちはまだろくにお礼もしていないのに」
「いくらなんでも早すぎますわ!」
聖女たちが口々に言った。
ええ、わたしもそう思いますわ!
ったく、毎度毎度、せっかちな神だなあ。
光を放ちながら、わたしとライルお兄ちゃんは天へと登っていく。
「みんなー、元気に仲良く暮らしなね! ばいばーい」
『いろいろとお世話になりました。お取り込み中申し訳ありませんが、これで失礼いたします』
たまごアームをぶんぶん振るわたしと、律儀にお辞儀をするライルお兄ちゃんは、高いところでまばゆい光に包まれて、なにも見えなくなった。
「リカさん、ライルお兄ちゃ……ライルさん、お疲れさまでした」
わたしたちは神がいつもいる世界の狭間に戻っていた。
今、ライルお兄ちゃんって言いかけたね?
神ったら、すっかりお兄ちゃんに懐いちゃってさ!
「おふたりのおかげで助かりました。素晴らしい働きでしたね! 噂を聞きつけた神々がおふたりの冒険に夢中になって、一緒に固唾をのんで見守っていました。またリカさんのファンが増えてしまいましたよ。リカさんを発掘したわたしとしては、嬉しいような、妬けるような、微妙な気持ちですよ」
「そこで微妙になられてもね……」
ご機嫌な神を前にして、わたしも微妙な気持ちだよ。
「これですべて片づいたと思っていいのですね?」
「はい。ライルさん、いつもいつもお手伝いをお願いしてしまってすみません。今回のお礼は、またツケにしておきますか」
「はい、いつものようにツケでお願いします」
「ツケって……ライルお兄ちゃんにどんだけお世話になってんのよ」
「はっ……あ、あはは」
笑ってごまかす神の額に汗が浮かんだ。
「それでは、ビルテンに転移しますね」
「お願いします。それではリカさん、また機会があったらお会いしましょう」
ライルお兄ちゃんがにこやかに手を振りながら光に包まれた。
「えええええーっ、機会があったらって、そんなにあっさりと行っちゃうの? 嘘でしょう!? お兄ちゃあああああああん!」
……消えた。
「まじかよ。たまごから出てきた可愛い妹分の頭をぽんと撫でることすらしないでお別れとは……ツンにもほどがあるよ! キングオブツンだよ!」
わたしはその場に崩れ落ち、がっくりと床に手をついた。
「ライルさんとずーっと一緒に旅をしていたじゃないですか。もういいでしょう、ふたりともすごく楽しそうでしたね! ものすごくね!」
え、まさかの神のやきもち?
がっくりと手をついていたわたしは……ふと自分のお腹が目に入った。
「さて、リカさんはどうしますか? リカさんへのお礼もツケに」
「いや、今すぐもらうよ!」
わたしは気合いのこもった声で神に言った。
「今すぐ願いをかなえてもらうから。わかったね?」
「わ、わかりましたけど……なんか怒ってます? 別にわたしはリカさんに意地悪をしているとか、そういうことでは……」
神はわたしの剣幕に驚き、おろおろした。
「別にあんたに文句を言ってるわけじゃないから、ビビらなくていいよ」
『神をビビらせし者』なんてふたつ名がついたらイヤだからね。
って、わたし、ほんとにそれどころじゃないからさ!
「神、ひとつ頼むよ。わたしの体型を、ミランディアに行く前に戻して」
「はい?」
わたしは、お腹の肉を両手でがっつりとつかみながら叫んだ。
「この肉を取ってくれえええええええええええええ!」
連日の美味しいもの祭りのおかげで、すっかり立派な身体になっていたよおおおおおおおお!
神いいいいいいいいい、早く取って! 早くーッ!
FIN.




