勇者召喚編 たまごのおやつは美味しい賄賂
「こちらにどうぞ」
フツメンの若いお兄さんであるレクスさんは、わたしたちを門の脇にある建物に案内してくれた。中に入ると応接室のような綺麗な部屋に通された。もしかすると、わたしたちはVIP待遇というやつを受けているのだろうか?
豪華なソファにミスリルの鎧姿のお兄ちゃんが座ると、ミスマッチ感が半端ない。でも、鎧を脱ぐと完璧に普段着になってしまうので、そっちもいただけない。
ま、たまごは服を着てないから、ソファの前で静かにたたずんでるけどね。これはこれでミスマッチなのだが、そんなことを気にしていたらたまごはやっていけないのだ。
レクスさんは、お茶を入れて持ってきてくれた。
「今、神殿から担当の者がまいりますので、その間に特別手形の発行手続きをいたしますね」
彼は、まだ若いのに物腰の柔らかい丁寧な門番さんのようだ……って、神殿?
「なんで神殿の人が来るの? あと、特別手形ってなに?」
わたしはさりげなく、お茶うけにとたまご饅頭を出してお兄ちゃんに手渡した。もちろんたまごの中ではわたしもかじっているし、レクスさんの分も(ちょっとした賄賂にしようと)用意してある。
「はい、特別手形とはミランディアの国の特別な客人に対して発行する手形で、この国のどの町でもこれがあれば……貴賓扱いに……」
「へえ、そうなんだ。旅の途中でちゃちゃっと聖女を助けたから、神殿は優遇してくれるつもりなのかな。んで、レクスさん、どうしたの?」
「あの、それはなんですか?」
彼はわたしが出したたまご饅頭を気にしているようだ。
「ああ、丸いけど爆弾じゃないよ。これはたまご饅頭っていう、とても美味しいおやつなんだよ。お茶を入れてくれたから、お茶うけにと思って出したの」
「あ、お茶うけがなくて失礼しました」
いや、別に責めているわけじゃないから、レクスさんは気にしなくていいよ。
様子を見守っていたライルお兄ちゃんが言った。
「すみません、うちのたまごは悪気はないのですが、常識を超えた行動をとる癖がありまして。あまり気にしないでください」
「ほら、レクスさんもひとつ食べなよ」
不思議そうにたまご饅頭を見ているレクスさんに、コミュニケーション上手なギルド職員、ライルお兄ちゃんが取りなしてくれたので、わたしはレクスさんにたまご饅頭を手渡した。お兄ちゃんにもお代わりを渡す。
すっかりたまごのおやつに慣れているお兄ちゃんが「うん、やっぱりたまご饅頭は甘くてお茶によくあいますね」と食べている様子を見て、レクスさんも食べないと悪いと思ったのか「いただきます」と口に入れて一口かじった。
その途端「こ、これは!」と目を見張る。
「香ばしく焼けた皮の中から、とろりと甘味が広がる……こんな菓子は食べたことがない! これはいったい?」
「中に入ってるのは黄身餡だよ」
「黄身餡というのですか! たまご饅頭……こんな食べ物は初めてだ……」
ふふん、たまごの出したたまご饅頭は、一度食べたらその美味しさに心を奪われる人気のおやつなんだ。
レクスさんは、お茶を飲んではたまご饅頭を食べ、その顔がにこにこしてあまりに嬉しそうなので、わたしは思わずもうひとつ「これも食べなよ」と手渡しちゃったよ。
やがて、たまご饅頭を堪能したレクスさんはほっと息をつき、次に「しまった! 仕事中なのにおやつを食べてお茶を飲んでしまった!」とはっとした様子で言った。
まだ若いから、うっかりしちゃったんだね。
「大丈夫ですよ、これは貴賓を接待したことになりますから、業務上の付き合いです」
さすがはやり手のお兄ちゃんで、レクスさんを安心させるようににこやかに言った。
「ところで、特別手形の発行は手間がかかるのですか?」
「いえ、ここに手をかざしていただければすぐにできますが」
レクスさんがお茶を端に片付け、テーブルの上にノート大の石板の様なものを置いた。門の入り口で門番さんが使っていたのと似ている。通信装置みたいなものなのかな。
そういえば、ビルテンの町に行って冒険者ギルドで登録したときも、こういうのを使っていたな。ファンタジー世界では当たり前の装置なのかもしれない。
「じゃあ、僕から」
出された装置の上に、ライルお兄ちゃんが手をかざすと、石板の表面に表示が現れた。
名前 ライル
年齢 24
性別 男性
種族 人間
職業 ビルテンの冒険者ギルド職員
スキル ランクA冒険者
水龍の認めし者
たまご取り扱い主任者
特別手形該当者
おお、なんだかかっこいいね。
でも、ひとつ場違いなのが混ざってるね。
「ランクA冒険者で、『水龍の認めし者』! これは……」
レクスさんは、真っ赤な顔になった。
え、まさか、恋でも芽生えたの?
「ライルさんはすごい方だったのですね!」
良かった、尊敬と憧れだったらしい。
たまご取り扱い主任者については、感動はないみたいだね。
石板は一枚のカード吐き出した。ビルテンの冒険者ギルドカードに似ている。
「これが特別手形です。カードはしまっておくことができますし、第三者が使うこともできません」
「『クローズ』……なるほど」
お兄ちゃんが唱えると、カードは消えた。
「ねえねえ、たまごもそれを作ってよ!」
「もちろんですよ。さあ、どうぞ」
わたしはわくわくしながら、石板にたまごアームをかざした。お兄ちゃんの時のように、石板の表面に文字が浮かび上がった。
名前 リカ
年齢 16
性別 女
種族 たまご族
職業 愛のたまご戦士
愛の魔導薬師
愛の魔導調理師
神々のスーパーアイドル(ファンクラブ会員募集中)
スキル ランクC冒険者
ドラゴンキラー
スーパーアイドル新人賞受賞
水龍をビビらせし者
イケてるリズムマスター
特別手形該当者
「わあ、なにこれ!」
わたしは石板をのぞきこんで声をあげた。
肩書きが増えてるよ!
しかも、頭に『愛の』がついてる。
これはやっぱり、アイドルだからなの?
こんな素晴らしいたまごに会えた感動で、レクスさんの顔は真っ赤になって……いるはずなのに、なぜか真っ青だよ。
「レクスさん、どうしたの?」
「……水龍を……ビビらせし者……?」
ああ、この世界では、水龍は伝説的な存在だったっけ。
でも、別にビビらせたりしてないよ?
ちょっと鱗をむしっちゃったり、鱗を元に戻そうとグリグリしちゃったけどさ。
……もしかすると、ビビるほど痛かったのかな?
水龍、ごめんね。
「違うの、水龍にそんなに酷いことはしてないの。ちょっとした行き違いがあって痛くしちゃったけどさ、最後は仲直りしたから大丈夫。もう仲良しだから。ね?」
お兄ちゃんに同意を求めると、微妙な顔で笑ってからレクスさんに言った。
「大丈夫です。気のいいたまごですから」
「し、しかし……ビビらせし者って……」
「強いて言うなら、水龍が先にたまごをビビらせようとしたのですが……なにしろ非常識なたまごなので、悪気はないんですよ? 悪気はないんですけど……」
「逆にビビるはめになった、と?」
「そんなところです」
どうしよう。
門の守り手というのは、意外と影響力があるのだ。レクスさんの心証を良くしなくちゃ!
「ええと、気持ちが安定するおやつを『調合』」
わたしは薬草と毒消し草をこっそり出して、たまごの薬を調合した。
アームに『すごいたまごアイス』が三本現れた。
「さあ、レクスさん、これを食べなよ!」
「え?」
「いいから食べなよ!」
無理矢理手渡して、もちろんライルお兄ちゃんにもアイスを渡す。
わたしもたまごの中でアイスを持つ。
「あんまり考え込まなくていいよ、これでも食べて、気分転換しなよ」
レクスさんはアイスを見て首を傾げていたけれど、端っこをかじってその美味しさに気づくと「おお! これは美味しい! さすがは『愛の魔導薬師』であり『愛の魔導調理師』ですね! こんな冷たくて甘い食べ物は、初めてですよ」といい笑顔になった。
よかった、大抵のことはおやつで片がつくから助かるよ。
わたしが内心で冷や汗を拭っていると、ドアがノックされた。
「神殿からの担当の方がお見えです」




