勇者召喚編 キシテルの村へ戻るよ
水龍ウォルタガンダと別れたわたしたちは、来るときにアンデッドたちを狩りつくしたのでもう魔物が一匹も出てこない、まことに安全な洞窟を進んだ。もちろん、たまごアームで天井からぶら下がる石の結晶を叩いて光らせながらである。
きんこんかかんこかんかんかん、と調子よく叩き、洞窟内を明るく照らす。
戦う敵がいないせいか、帰り道には『リズムマスター』のスキルは発動しなかったよ。
強く叩きすぎたのか、それともたまごのところにやってくる運命だったのか、数本の結晶が折れて落ちてきたので、拾って、魔石だの水龍の涙などでお宝ざっくざくになったたまごボックスにしまっておいた。
この結晶があれば、どこでも『リズムマスター』を発動できそうである。
そして、帰り道の地獄の崖っぷちバンジージャンプだが、今度はあらかじめ『すごいたまごアイス』と『すごいシュークリーム』のダブル処方にしておいた。おかげで、ノーワイヤーバンジーで飛び下りても、ふたりとも涼しい顔をして景色を楽しみ、着地したとたんすたすた歩けるくらいに元気だった。
めでたし。
なので、たまごはふたりを再び抱えると、すごいスピードで村へ向かって走ったのであった。
キシテルの村に近い魔物の森でおろすと、カーボンさんは呆れたように言った。
「なんというスピードだ、もうこんな村の近くまで来るとは……。まったく、リカはとんでもないたまごだな! 秘境と言ってもいいような、伝説の水龍の所に行って、まさかの日帰りか!? 村長にしばらくの間留守にすると言って、妻とリックのことを頼んできた俺の立場は……」
リックに『お父さん、もう帰って来ちゃったの?』なんて言われたら落ち込んじゃうね。
「たまごですから」
お兄ちゃんがにこやかに言った。
カーボンさんを洗脳しているの?
「まあ……たまごだから、仕方がないな」
洗脳されてるよ!
「ねえねえ、お土産はこんなもんでいいかな?」
昨日の肉祭りで、肉が余すことなく食べられ、保存食に加工された様子を見ていたわたしは、万一食糧難になってもキシテルの村の人たちが食いつなぐことができるように、あらたに魔物を狩って肉を村の人たちに渡そうと思って、美味しい獲物をゲットしたのだ。
あんまり多くても解体するのが大変だからね。カーボンさんに相談して、牛に似た魔物と鹿に似た魔物を五頭ずつにしたよ。
「今夜のおかずと、あとは干したり燻製にしたりして、いざという時の保存食にする分だよ」
「ああ、それだけあればかなりの備蓄が作れるし、今夜の肉も充分行き渡るな。こんなことまで考えてくれて、たまご、お前はいいやつだな」
「やだ、今頃気づいたの!? 遅いよ!」
わたしはアームでカーボンさんを小突いた。
「今夜もキシテルの村にお世話になり、明日は王都を目指しますか」
ミスリルの剣を振って、魔物の血を落として元の通りにピカピカにして鞘にしまいながら、ライルお兄ちゃんが言った。
「そうだね。とっとと王都に行って、やることをやっちゃおう」
いよいよたまごスパイの活躍だよ!
「おい、もう行くのか? いくらなんでも早過ぎやしないか? 王都までは結構あるぞ」
カーボンさんは目を丸くした。
「長旅の支度とか、どうするんだ?」
「大丈夫。たまごがお兄ちゃんを運ぶから、あっという間に王都に着くよ! ね?」
「そうですね。ミランディアの事情について、かなり情報を得ましたし、まっすぐ王都に向かい、そこであらためて様子をうかがいましょうか」
「……たまごが運ぶのか……そいつは早く着きそうだ……疾走するたまごを見た者の反応が心配だが……」
カーボンさん、なんで複雑な表情をしてるの?
「飛べばもっと早いけどね」
「それはさすがに目立ちすぎるので避けましょう」
速攻でお兄ちゃんに却下されたよ。
「飛ぶのかよ!」
うん、カーボンさんはたまごへの突っ込みにもすっかり慣れたようだね!
「案内人として俺がついて行ければいいのだが……」
「カーボンさんには、村の守りという仕事がありますから。現在、聖女の力の不具合は降水量にのみ出ている様子ですが、聖女は魔物を森から出さない役割も担っているのですよね?」
「魔物……そう、だな。そうか、その通りだ!」
魔物が森から出てきて村を襲う様子を想像したのか、焦るカーボンさんに、ライルお兄ちゃんは「落ち着いてください」と声をかけた。
「そのあたりが一番重要だと、聖女たちもわかっているでしょうから、今すぐなにかが起こるという可能性は少ないと思います。しかし、用心に越したことはありませんからね、万一への備えだけはしっかりとお願いします」
「おお! 魔物の来襲に対抗できるように、備えておこう」
わたしは拳を握りしめるカーボンさんに、村の守備面について尋ねた。
「地形のチェックといざという時の避難経路の作成、あとは、できれば村を囲む柵を設置するといいね。周辺の地図はあるの?」
「村長の所に簡単な物ならあるが……」
「じゃあ、そこはあとで相談しようか。魔物が来襲した場合の警報の出し方は? 避難訓練はやってるの? 魔物への応戦の仕方、村の戦力の把握は?」
「いや……今までにそんなことはなかったから、まったく準備していない……」
カーボンさんはうなだれてしまった。
「そうか。聖女の力を信頼するのはいいけどさ、備えあれば憂いなしだから、いい機会だと思って守りを堅固にしておきなよ。やっておいて損はないよ……ライルお兄ちゃん、どうしたの?」
口をぽかんと開けてわたしを見ているお兄ちゃんをつついた。
「わたし、変なことを言ってる?」
「いや……リカさんが頭の良さそうなことを言ってるので、衝撃を受けているだけです」
「お兄ちゃん!」
ちょっと強めにつついて、お兄ちゃんをよろっとさせた。
「わたしはこれでも剣道部のマネージャー兼作戦部長だったんだからね! わたしに作戦をたてさせたら、真っ当なものから少し卑怯な手段まで、自由自在だよ!」
「少し卑怯な手段まで、ってところで妙に納得しました」
変な所で納得しないでよ!
ほとんど真っ当だったよ!
そんなこんなで、わたしたちはお土産を持ってキシテルの村に帰ってきた。
牛と鹿に似た獲物を村の人に渡して「おおーっ」とどよめかせると、わたしたちは村長の家に行って報告をした。村長のルクトさん(って名前だよ。忘れちゃったかもしれないけど)は、話を聞いて考え込んだ。
「そのような事態になっていたとは。王都からの返事がなかなか来ないのも、無理がありませんね」
「村の人たちに事情を知らせるのは、少し待った方がいいかもしれませんね。今まで聖女の力を信じきって暮らしていたのなら、大きな不安にかられる者が続出しそうですから」
ライルお兄ちゃんの言葉に、村長さんもカーボンさんも頷いた。
「リカさんが提案した通り、まずは村の守りを堅固にして安心感を与え、王都からの通達と対応策の呈示があってから事実を明らかにした方が無難でしょう」
「そうですね……村の守り……」
やったことがないから、村長さんが考え込んじゃったよ。
「ライルお兄ちゃん、王都への出発を少し延ばせないかな?」
わたしの言葉に、ライルお兄ちゃんは笑顔で頷いた。
「ルクトさん、このたまごは見かけによらず、なかなかの策士なのですよ。ここまで関わったのもなにかの縁ですし、村の防御策はリカさんにアドバイスしてもらったらどうでしょうか?」
「リカさん!?」
「たまご!?」
わたしは「ふふん」と胸を張った。
「このたまごに任せときな! たまごの船に乗った気でいなよ」
「その船は不安定なのでやめましょうね。そして、もちろんわたしも協力させていただきます」
お兄ちゃんの突っ込みはさすがだね!
そして、ふたりとも、「さすがはたまご取り扱い主任者だ、実に心強いな」「なんと、そんなスキルをお持ちとは! ええ、心強いですな」とか囁き合うのはやめてよね!




