番外編 ライルは日本で異世界無双する? その4
さて、竹刀を担いだヒロと、サンダルをつっかけてリラックス感いっぱいのイケメンライルお兄ちゃんと、三人で剣道場に向かう。
ヒロは小さい頃からチャンバラ遊びが好きだったので、「侍に育てましょう!」というママの掛け声と共に道場に通わされて、今でも続けている。
この弟は運動神経も良く、何かとはしっこい子どもだったので、生き生きと楽しく剣道を続けている。
部活に入ったらもちろん向かうところ敵なしな状態なので、中1の時から選手に選ばれて先輩にやっかまれたりもしたらしいけど、数人まとめてぶちのめしたら何も言われなくなったのだ。
無表情で、立てなくなるまで先輩に竹刀を打ち込むヒロの姿は、なかなか怖かったよ!
もちろんわたしもその様子を見学したんだよ。素敵なエンターテイメントとしてね。
ヒロに頼まれて、「ヒロくん、もうやめてあげて!」って途中で止める係をしたんだよ。
それを勘違いした剣道部の先輩(わたしには同級生だけど)がわたしに告ってきた時は、ものすごく怒ってその男子をトラウマで退部する直前まで叩きのめしたらしいけどね、それは見てないよ。
おかげでそれ以来、男子に遠巻きにされている気がするよ!
自分は女子にモテてるくせにさ、ヒロはずるいよ。
「ええと……聞いてもいいですか?」
「いいよいいよもちろんだよお兄ちゃん、なんでも聞いて! 好きなタイプは包容力のある人です!」
「その情報はいりません」
「やあん、まさかのスリーサイズ?」
「スルーで」
ちっ、あっさりかわされたよ。
「その手はなんですか?」
「え? これ?」
わたしはヒロとつないだ手を持ち上げた。
「うちのねーちゃんは、テンションが上がると突拍子もないことをするからさ。ライルさんが来て喜びすぎて挙動不審だし、何をするかわからないから、急に車道に飛び出して車にひかれないように手をつないでおくんだ」
ヒロが淡々と説明した。
「ええっ、そうなの? おねーちゃんのことが好きだから手をつないでいるんじゃないの?」
わたしは驚いて言った。
「中学生にもなって、姉弟で手をつなぐかよフツー! とーちゃんに言われて仕方なく面倒みてんだよ」
「そんな……リカ、ちょっとショック」
おねーちゃんはしょんぼりするよ。
「それならいいよ、おねーちゃんおとなしく歩くから、手を離してよ……」
「な、なにをそんなに落ち込むんだよ!?」
慌てる弟。
「仲良し姉弟だとばかり思っていたのに、おねーちゃんの心をもてあそんでいたんだね。おねーちゃんはヒロと手をつないで嬉しかったのに、ばかみたいさ。まったくひどい弟だよ……」
「別にもてあそんでねーし! ねーちゃんのことを嫌ってるわけじゃねーし! おい!」
「いいもん、いいもん、おねーちゃん全然寂しくなんかないもん」
「すげー寂しがってんじゃねーかよ!」
手を離そうとしてるのに、ヒロはぎゅうぎゅう握って離してくれない。
「ちょっと、ライルさん! 余計な突っ込みした責任取って!」
「えっ、僕ですか?」
「ねーちゃんのそっち側の手を握って! 早く! テンション上げてごまかすんだよ!」
「え? お兄ちゃんが手を握ってくれるの?」
わたしは期待を込めてライルお兄ちゃんを見上げた。
「……わかりました」
「恋人つなぎでね!」
「普通つなぎで」
わたしは右手をヒロと、左手をお兄ちゃんとつないだよ!
ふたりとも背が高いから、連行される宇宙人みたいになっちゃったけど、嬉しいから気にしないよ!
「わーいわーい、お兄ちゃんと手をつないでお散歩だよー」
「……わかりやすくてマジ助かるわ」
「何なんですか、この姉弟は」
「わーいわーい」
みんなでお散歩できて、嬉しいな。
「こんばんは! よろしくお願いします」
「こんばんはー、リカも来ちゃったよー。今日はなんと、ライルお兄ちゃんも一緒ですよー」
「この人うちにホームステイしてんだけど、すげー強いらしいから連れて来てみた」
「ライルお兄ちゃんはすごい強いよ! びっくりして腰を抜かさないでよ!」
靴を下駄箱にしまい、剣道場に入ったわたしたちは、道場の責任者のお兄ちゃんに言った。わたしも時々見に来ているから、顔見知りだ。
「こんばんは、突然失礼します。ライルと言います」
「これはこれは、よく来ましたね。で、強いんだって? 剣道やってるの?」
道着姿の、30代のお兄ちゃん(おじちゃん? 初めて会ったときはまだお兄ちゃんだったんだよ)が目を輝かせて言った。武道男子は強い弱いに敏感だよね。
ちなみにこの道場には、このお兄ちゃんの上に50代のおじちゃんと70代のおじいちゃんがいるのだ。おじいちゃんはすごい強いんだってさ。ヒロが、師範は伝説級に強いって嬉しそうに言ってた。
「国で剣をたしなんでおります。剣道というものをぜひ見学させていただきたいと思いまして」
「そしてそして、わたしはライルお兄ちゃんのかっこいいところを見に来たんだよ! マイダーリンがシュバッとして、ギャッとして、うぐう」
「ねーちゃん、道場で騒ぐな」
ヒロに口をふさがれてもごもごしちゃうよ。
「あははは、リカちゃんは相変わらず元気でいいね! 僕のかっこいいところも見ていってよ」
「仕方ないなあっ! そんなに言うなら、見てあげてもうぐう」
「うちのねーちゃんが失礼しました。あのなあ、ここ、道場なんだぞ? もう子どもじゃないんだから、きちんとして」
わたしはヒロにずるずると隅っこに引きずられて行った。
「ねーちゃん、いい子にしてるって約束だよな?」
「うん」
「じゃあ、ここでおとなしく見てろ。この四角から出るなよ。わかった?」
「うん、わかった」
わたしはヒロが指定した場所に三角座りをした。
「ここにいるよ。ヒロ、がんばってね」
わたしはヒロに向かってにっこり笑った。
「時々わたしの方も見てね?」
「お、おう。……ったく、こういう時に、いちいちくそ可愛いんだよなー」
ヒロはぶつぶつ言いながら、着替えに行った。
お兄ちゃんは剣道着を借りたらしく、紺の上下に着替えてきた。
「うきゃー、かっこいい! かっこいいよお兄ちゃん! 素敵な袴姿に乙女心はくらくらだよ!」
わたしは持ってきたスマホでこっそりと記念撮影する。
すらっと背が高い戦士体型だから、道着がよく似合ってるよ!
ヒロにおとなしくしろって言われてなかったら、駆け寄って飛びつきたいところだよ。どうせ飛びつかせてくれないだろうけどさ。
「……」
ヒロがわたしを指差して、ライルお兄ちゃんに何か言った。お兄ちゃんは頷くと、わたしの前まで来てくれた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、すごくかっこいいよ!」
ヒロの指定した四角の中で三角座りをしながらライルお兄ちゃんにハアハアした。
「ビルテンで手合わせした時は、倒すのに必死でよく見れなかったからね、今日はじっくりとお兄ちゃんの戦いぶりを観察させてもらうよ!」
「……その四角から出られないんですね……」
お兄ちゃんはわたしを見て、ぷっと笑った。
「なんで笑うのっ?」
「失礼。いい子で待っていてください」
「いい子にしてたら、ご褒美がもらえるの?」
「考えておきます。では」
ライルお兄ちゃんはそう言うと、剣道のお兄ちゃんの方に行ってしまった。
いい子にして見ていると、お兄ちゃんは竹刀をもらって素振りを始めた。
うわー、さすがランクB冒険者、両手で竹刀を握って立つ姿から様になっているよ。腰が決まっているって言うのかな? 重心が地球に突き刺さっているような安定感がある。素振りの一回一回もぴたっと決まって、いちいちかっこいい。
今度はヒロと軽く打ち合いながら、剣道のお兄ちゃんから教わっているよ。
最初はゆっくりと打ち下ろしていた竹刀が、やがてスピードに乗って素早く振られて、滑らかな軌跡を描いてヒロの竹刀に打ち込まれる。それを受けるヒロは真剣な顔をしている。
ぱーん、ぱーんっていういい音が道場内に響き渡り、稽古にやってきた人がその姿を見るために足を止めている。
ヒロだってさ、かなり強いんだよ。
自慢じゃないけど、超中学生クラスなんだよ?
なのに、もう、明らかに格が違うんだよ。
剣道のお兄ちゃんもびっくりした顔をしてるよ。
これがビルテンのランクB冒険者の実力なんだね。
実際に戦いの中で強くなってきたんだもんね、真剣を使って魔物を切り伏せてきたんだもんね。
そして……わたしはそんなライルお兄ちゃんを倒しちゃったたまごだよ、てへ。
とうとう剣道のお兄ちゃんとライルお兄ちゃんが打ち合い始めた。
そこにおじちゃん先生もやってきた。
「ちょっとねーちゃん、あの人半端ねーんだけど!」
汗を拭きながらこっちにやってきたヒロが言った。
「だから、強いって言ったじゃん」
「だけど、ねーちゃんは勝ったんだろ?」
「わたしの強さは非常識だったんだから、仕方ないじゃん。ドラゴンをひとりで倒したんだよ」
「はあ? ドラゴン? ゲームで中ボス張ってる、あのドラゴン?」
「うん。愛のたまご戦士は無敵なんだよ」
「……なるほど。非常識ってのがなんとなく想像ついた」
わたしとヒロは、剣道のお兄ちゃんと打ち合うライルお兄ちゃんを見た。
「あれ、基本の型なんだけど……あっという間に自分のものにして、あれだけで全国制覇できるレベルで竹刀振ってる。しかも、息がまったく乱れてないんだぜ? どんな化け物だよって感じ。あっ、先生に代わった! ちょっ、なんだよあの竹刀さばきは! めっちゃはえー! ヤベー!」
今度はおじちゃん先生が組んでるよ。
そして、ヒロもびっくりのすごい速さで打ち合ってるよ。
「……ねーちゃん、あの人をここに連れて来たの、ヤバい気がするんだけど」
「大丈夫だよ、ヒロ」
わたしはヒロに親指をぐっと立てた。
「いざとなったら、神に揉み消してもらうさ!」
休憩になったので、わたしは四角から出してもらった。
もちろん、ライルお兄ちゃんに飛びつきに行くよ!
「ライルお兄ちゃーーーーん!」
やっぱりかわされたよ! バランスを崩したわたしは、床でしゅたっと一回転した。ギャラリーから「おおー」と声が上がったよ。
「ちぇーっ、隙がないな!」
「リカさんは剣道をやらないのですか?」
「わたしは運動系が苦手なんだよね。かといって勉強もいまいちだし……あれ、わたしの取り柄って?」
うーん、可愛いところしか思いつかないね。
「まあいいや……あ、おじいちゃん先生だよ」
伝説級の師範の登場だよ。
「こんばんは、お邪魔しています。ビルテンから来ました、ライルといいます」
礼儀正しい冒険者ギルド職員は、おじいちゃん先生に挨拶した。
「いらっしゃい。ライルくんはビルテンというところの剣技を身につけているとか?」
「はい、両手剣と片手剣と、両方扱えます」
「竹刀を使って再現できるかな」
「できると思います」
「ならば、その剣技でひとつ手合わせ願いたいのだが、どうだろうか?」
きゃー、ランクB冒険者対伝説級の一騎打ちだね!
わくわくしちゃうよ!
「はい、ぜひお願いします」
「わーいわーい、ヒロ、どっちが勝つと……」
「ねーちゃん、頼むから四角に戻ってろ」
うわーん、またヒロにずるずるされてるよ!
「ライルお兄ちゃーーーん、がんばっうぐう」
そして、口をふさがれてるよ。
愛のこもった応援をしたいのにぃ。
そして、異世界対日本の一本勝負が始まった。




