ミスリルの塊だね
「おはようみんな、お兄ちゃん、おはよう!」
「僕はお兄ちゃんではありませんが、おはようございます」
意気揚々と冒険者ギルドの中に入っていき、元気に挨拶したわたしを、今日もフツメンギルド職員は変わらぬテンションであっさりとかわす。
わたしはギルドカードをライルさんに渡してカウンターにいるチアさんに言い付けた。
「チアさん、お宅のギルド職員の態度には問題が見られます。冒険者に対する愛が感じられません」
「気のせいよ」
にっこり笑う、隣のお姉さん的なギルドのアイドルであるチアさん。
「一言スルーテクかよ! もて女はコミュ上手だな!」
チアさんは、絶対多くの男性を手玉にとっていると思うよ。こういう、虫も殺さぬ(魔物はヤるが)かわいこちゃんが、意外に悪女なんだよ。うっかり信じちゃやけどするよ。
気を取り直してお兄ちゃんに向かう。
「ああっ、わかりましたよライルさん。わたしを妹と認めてしまうと、二人の関係が禁断の愛になってしまうから、かたくななまでに妹として認めてくれないのですね、どろどろの愛憎劇を恐れているのですね! わかりました、致し方ありません。わたしたちは赤の他人です。さ、これで二人の間を引き裂く障害は」
「妹分として認めましょう」
「そこで即断かよ! そんなに嫌なのかよ! たまご心をもて遊ぶギルド職員を誰か制裁してやってくれ!」
わたしはたまごアームでライルさんをびしっと指し、さらにもう一本加えて指す。
二本のアームをぐっと掴まれた。にやりと笑うギルド職員。
おお、とうとう告られるのか?
「今日はミスリルタートル狩りに行くんですよね。さっさと行ってらっしゃい気をつけて」
「たまごアームをかた結びにするのはやめて! そして、言葉に全然気持ちがこもってないよ!」
ライルさんに関節のないてろんてろんしたたまごアームを危うく結ばれてしまうところだった。
さすが冒険者、器用だな。
それにしてもおかしい。
昨日のわたしの美少女っぷりを見たライルさんは、今朝はわたしから不自然に目をそらしたり耳を赤くしたりして、ふたりの間に昨日までとは違うぎこちなさが現れるはずなのに。
おっさんでむんむんしている冒険者ギルド内に、甘酸っぱい風が吹いちゃうはずなのに。
全くの通常営業で終わってしまった。
なかなか手ごわいな、ギルド職員。
くそう、こうなったら冒険者として大活躍をして、英雄的たまごとしてもてもてになってやるさ。
さて、わたしはミスリルタートルのいるらしい草原に向かってBボタンダッシュで進んでいた。
たまご索敵の設定をかなり強い魔物にセットしたので、ミスリルタートルがいれば反応するはずだ。
草原は森ほどは魔物はいないけれど、外れの方に行くと結構手ごわいものがいるから注意するようにとバザックさんに言われた。
かなりのスピードでしばらく走っていると、たまご索敵の画面に赤いたまごの点滅が現れた。
どうやらミスリルタートルが見つかったらしい。
わたしは獲物に向かってたまごを走らせる。
「いた! そしてでかいな!」
エビルリザンも大きかったが、ミスリルタートルはもっと大きかった。
2階建ての家くらいの大きさがある。
家サイズの亀の化け物だ。
でもって、その甲羅は当然ながら、銀色に輝き銀よりももっと貴重なミスリルでできている。
この魔物はミスリルの鉱脈の近くで生まれ、体内で少しずつミスリルを合成しながら甲羅を大きくしていく不思議な魔物だ。
硬い甲羅に阻まれて物理攻撃は効きにくいし、魔法も余程強いものでないと弾き返してしまうのでなかなか手ごわい魔物なのだが、いったん狩るとミスリルが大量に採れるため大歓迎される。
弱点は胸の魔石だが、そこをどうやって攻めるかが問題だ。
さて、どうするか。
などと作戦を練る余地などない。
なにしろ体当たりと頭突きしかできないたまごだからね!
「いっくぞー、ミスリルタートル、覚悟しろ!」
わたしはBボタンを押しながら、巨大な亀に体当たりをかました。
とん、と衝撃があり、体当たりが成功したのがわかる。
ぶつかったところを見ると、へこんでいた。
だがしかし。
家ほどの大きさのミスリルの甲羅が少しへこんでも、ミスリルタートルはたいしたダメージを受けないのだ。
ただ、かなりムカッとしたらしく、ぼこぼこした凶悪な顔がさらに凶悪化したのがわかった。
「ふんふん、そんな顔をしたって怖くないんだからね。たくさんの人を襲った悪い亀は、このたまごが成敗してくれるわ」
わたしは華麗なるコントローラーさばきでミスリルタートルに体当たりを続けた。
魔物にはドガーン、わたしにはとん、くらいの衝撃で、ミスリルタートルの周りをぼこっていく。
意外に素早い動きをする亀は、生意気にも前脚を出してわたしを横殴りに殴った。
その衝撃で、コロコロと転がるたまご。
このたまごは完全防御なのだが、当たり所が悪いといい感じにすっ転がるのだ。
遊園地の回転式乗り物に乗ったたような感じになり、たまご酔いしそうになる。
「『調合』!」
素早く『すごいたまごアイス』を調合し、たまごの中でかじる。
気持ち悪さが一瞬で消え去る。
「この馬鹿亀! 気持ち悪くなっちゃうでしょ!」
しゃくしゃくと美味しいアイスをかじり終わったわたしはたまごホーンを出して、ミスリルタートルに向かって突撃した。
さくっ。
何でも突き刺すたまごホーンは、今日も気持ち良くつきささり、亀の甲羅に穴が空いた。
が、それだけだった。
厚い甲羅に穴が空いても亀の本体には何のダメージも与えられない。
なにしろ、こいつはでっかいミスリルの塊と一緒なのだ。
あくまでも急所である胸を突かないとミスリルタートルは倒せない。
わたしは何カ所かに穴を空けてから、そのことに気づいた。
どうしよう。
わたしは無力なたまごだ。
しかし、あれだけ「ひとりでミスリルタートルを狩って来る」と大口を叩いてしまった手前、「やっぱ無理だったよーん、てへぺろ」などとギルドで言うのはたまごがすたる。
こういう時に、甲羅をザックリ切り裂く剣技とか、すごいエネルギーをどかんとぶつけて相手を倒す魔法とかが使えると便利なんだけどなあ。
このたまごボディじゃ複雑な動きをするのは難しいから、剣は扱えないだろう。
体当たりと頭突きを繰り返しながら、そんなことを考えていると。
ヤバいな。
乙女のピンチだ。
見晴らしのいい草原の真ん中で、トイレに行きたくなった。
森の中なら……違うよ、その辺でしたりしないよ!
だいたいわたしはたまごから出られないんだからね。
たまごハウスに装備を変更して、ちゃんとトイレに入りますから。
まあ、このだだっ広い草原でも、たまごハウスを出せばいいか。誰も見ていないたろうしね。
というわけで、わたしは装備を変更してワンルームのたまごハウスを出した。
あ、ミスリルタートルが超見てる。
でも、外から中は覗けないので気にしないよ。
たまごハウスを敵認定したらしいミスリルタートルが、亀にしては早い速度で突進してきた。さすが気性の荒い魔物だけある。
が、完全防御のたまごハウスは、とん、という軽い振動を伝えてくるだけでびくともしない。
「亀、うるさいよ」
わたしは文句を言いつつトイレに入った。
入っている途中で、うるさいとんとん音は止んだ。
きちんと手を洗ってトイレから出る。
「ミスリルタートルは諦めたのかな」
わたしはワンルームの窓から外をのぞいてみた。
亀がひっくり返っていた。
どうやらたまごハウスに体当たりを繰り返しているうちに、上に乗り上げたかなんかしてそのまま仰向けにこけてしまったようだ。
「あはははは、ばーかばーか!」
わたしは為す術もなく手足をばたつかせているミスリルタートルを指差して大笑いしてから、装備をたまごに変更して、Bボタンで加速しながらAボタンを連打した。
「たまごホーン!!!」
高ーくジャンプしたわたしは、ミスリルタートルの胸に向かって真っ逆さまに頭突きをした。
「やったー、大漁だ! 亀がばかで助かったよ」
わたしは白目を剥いたミスリルタートルをたまごアームでつかむと、たまごボックスにしまった。
たまごボックスにはどんなに大きくて重いものでも楽々しまえるのが不思議だが、そこはファンタジー世界の不思議というやつなのだろう。
作業を終えて帰ろうとしたら、音声案内が鳴った。
『魔法を覚えました』
キターーーー!
とうとう魔法がきたよ!
大物を倒したから、レベルアップしたのかな。
それとも、わたしの苦戦を見た神様が、そろそろ魔法を使わせてやろうと思ったのかな。
まあ、そんなことはどうでもいいや。
わたしは新しくコントロールパネルに加わった魔法の項目に触れてみた。
魔法 レンジでたまご〉
腐ったたまご〉
……具体的な効果が全くわからんわ。
わたしは表示を長押しする。
魔法 レンジでたまご〈電子レンジでたまごを過熱すると非常に危険である。爆発の恐れがあるためやってはいけない。このたまごを投げると食べずにいられない事により相手にダメージを与える
腐ったたまご〈対人用非殺傷性たまご。投げられた相手に必ず当たり無力化する。効果は約一日続く
やはりいまひとつ効果がわからないよ。
でも、とりあえず、魔物との戦闘に使える魔法と、相手を殺さないで済む魔法が使えるようになったという事だよね。
「早速使ってみよう。ええと、魔物はいないかな」
たまご索敵の画面を出して、魔物を探す。
せっかくだから、設定をいじって強いやつにする。
「……いた!」
少し離れたところに赤いたまごが点滅しているので、Bボタンで加速して向かうと、空を飛んでいる鳥の魔物がいた。
鋭いかぎ爪とくちばしを持つ、真っ青な巨大な鳥だ。猛禽ってやつなのだろう。
わたしを見つけて餌だと思ったのか、かぎ爪を広げて急降下してきた。
「たまごホーン!」
角を用意して迎え撃つ。
カキーン、と澄んだ音がして、鳥の爪が折れた。
怒り狂う鳥。
再び急降下し、今度はくちばしで突こうと頭から突っ込んでくる。
「『レンジでたまご』!」
唱えると、たまごアームがたまごをひとつ握っていた。
これが危険なたまごなのだろう。
鳥に向かって投げると、大きくくちばしを開けてたまごを飲み込んだ。
なるほど、食べずにいられないようだ。
向かってくる鳥を素早く交わすと、再び羽ばたいて上昇する。
かと思いきや。
ぼふん!
鳥の口から爆発音がして、そのまま失速して落下した。
『デストロイバードを倒しました』
近づいてみると、牛くらいの大きさの胴体を持つその鳥は、白目を剥いていた。
どうやら口に入れたたまごが爆発して、頭をやられたらしい。
理屈はともかく、なかなか使い勝手の良い魔法だ。ひとつで一体しか倒せないけど、物理攻撃が効かない魔物を倒せるし、今回のように空を飛んでいて体当たりが難しい魔物を倒すのに最適だ。
頭を破壊し魔石が無事なので、もしかすると高い値段が付くかもしれない。
「わーい、焼鳥ゲットだ」
いそいそと巨大な鳥をしまう。
そして、周りを索敵して見つけた魔物に次々と『レンジでたまご』を投げながら、わたしはたまごボックスにたくさんの獲物を詰め込んで町に帰った。




