80 魔導師としての全てを
空間のゆがみに飛び込むと、灼熱地帯が待っていた。
これはサラマンダーがいたダンジョンである。
ヴェイセルは機神兵の上に乗っていたが、向こうの崖から飛び込んでくる存在がある。それはロックゴーレム。ここの魔物である。
「切れるか?」
ヴェイセルが尋ねると、新種たるスライムはぷるんと揺れた。
雰囲気から肯定の意を汲み取ると、ヴェイセルは魔力を込める。途端、そのスライムは剣の形に変形し、金属としての強固さを持ち始めた。
注ぎ込む魔力はとめどなく、その魔物に流れ込んでいく。
いつまでたっても飽和しないことから、そのランクは5、いや6に匹敵するかもしれない。
これならばロックゴーレムを切ったところで、折れたりする心配もなかろう。問題は、ヴェイセル自身が振らなければならないくらいか。
「楽をさせてもくれないだろう」
一つ呼吸を整えると、殴りかかってきたロックゴーレムを機神兵は急旋回して回避する。そして合わせてヴェイセルがスライムの剣を振ると、敵を真っ二つに切り裂いた。
スパッ!
「大根のように切れるな。こりゃすごい」
どんな魔物が来てもこれならばあっという間だ。
ヴェイセルはしかし気を緩めることもなく、灼熱地帯を進んでいく。そして噴き出す炎をくぐって空間のゆがみに突入すると、今度は豪雪地帯が待っていた。
「前に風邪を引いて、エイネとレシアが来ることになったんだったな」
これから北の決戦に赴くのだ。風邪を引いて鼻水を垂らしていては格好がつかない。
ヴェイセルは気をつけながら、放たれる雪玉や氷の槍を回避して、やがてまた別のダンジョンへと移動。
そうして、機神兵の案内に従って、どんどん進んでいく。
そのたびにダンジョン内を満たしている魔力の濃度が上がっていき、現れる魔物も強くなる。しかし、どれもヴェイセルの敵ではない。
今となっては、ランク5の魔物も一振りで切り裂くことができるのだから。
順調に飛行していったヴェイセルは、やがて機神兵が告げる説明を受ける。もうすぐ、目的のダンジョンに飛び込むと。
空間のゆがみはひときわ大きく、そのまがまがしさに、魔物は入っていこうとはしていない。
けれど、ヴェイセルは身震いすることもなく、目を眇めて向こうの様子を窺うと、機神兵をこんこんと叩いた。
一気に加速して飛び込むと、向こうに広がっていた光景を見てヴェイセルは思わず呟いた。
「なんだこれは……」
これまで通ってきたダンジョンの切れ端を、いくつもくっつけたようなツギハギの景色。このダンジョンだけで見られる固有の土地は一つもなかった。
「機神兵。原因のところに向かってくれ」
ヴェイセルが合図を出すと、目的の場所へと一直線。
風圧を受けながら、向こうを見ているが、一向に景色が変わらない。
「どうなってる!?」
距離を見てみると、先ほどからなんにも変わっていない。すなわち、まったく近づいていないのだ。
「敵の能力で押し戻されているのか。これじゃ近づけない!」
さらに、ヴェイセルの前には魔物が立ちはだかる。
どこから現れたのか、巨大な死神レイス。鎌を持ったその魔物は、ヴェイセルの命を絶とうと振り下ろしてきた。
刃が彼を断とうと迫ってくる。しかし、それをオリハルコンの剣で受け止めたヴェイセルは素早く切り替えしてレイスの腕を断ち、胴体を貫く。
まずは一体!
すでに左右からはフェニックスとフリームスルス、炎の鳥と霜の巨人が迫っている。
放たれる業火を回避し、氷の大剣を受け止める。だが、ヴェイセル自身は平気でも、機神兵に衝撃が伝わってしまう。
「く……大丈夫か!」
機神兵はエイネによって大幅に強化されてはいるが、これまで飛んできたこともあって、エネルギーが減っている。いつまでもこんな状況が続いていれば、原因のところに向かうだけの余力はなくなってしまう。
ヴェイセルはサラマンダーの魔法で炎を放ち、フリームスルスを退けると、懐からランク6の魔石を取り出した。
この先になにがあるのかはわからない。けれど、この力を使うときは今にほかならない!
「行くぞ!」
ヴェイセルが魔力を込めると、魔石が強く輝き、精霊たちが集まってくる。そしてダンジョンのゆがみが正常に戻り始めた。
(これは……!)
この魔石は、おそらくこの北の異変を引き起こしているものと同一だ。切れ端のようなものなのだろう。だからダンジョンに干渉する力はさほど強くはない。
だが――
「俺たちが進むには十分。行けるな?」
ヴェイセルの問いに、機神兵はビープ音を鳴らして応えた。
頼もしく動き始めると、目的の場所との距離を示す数字がドンドン小さくなっていく。
飛び込んでくる魔物を回避し、やがて向こうに魔石が見えてきた。
それはひどく濁った、濃い紫色。ランク6の魔石の中でも、この上ない強力な物質だ。
禍々しくも思えるその魔石の周りには、無数の精霊が密集し、飛び交っている。
(あれがダンジョンの異変か!)
あの精霊たちが干渉することで、空間のゆがみが発生しているのだ。
しかし、問題は精霊たちが肉体を持っていないということ。魔物は埋め込まれた魔石に精霊が宿り、それを元に肉体を生み出して様々な能力を得ている。
だというのに、あの紫色の周りには、そうした物質がなにも見られないのだ。
宙に浮かんで見えるその魔石に宿った精霊は、なんの力を受けているのか――。
(簡単なことじゃないか)
ヴェイセルはそこではっとする。
すべてのダンジョンが繋がっている。そしてこの空間を操る力。
あまりにも巨大すぎて考えが及ばなかった。しかし、最もわかりやすい答えがある。
この北のダンジョン群、すべてがその魔石の統治下にあるのだ。だからダンジョンを操る能力を保持している。
そしてそこから分離されたのが、この薄紫色の魔石だ。
ヴェイセルはじっと、向こうに見えるダンジョンの成因を見つめる。
精霊たちは狂喜乱舞しているように見える。あれはおそらく暴走しているのだ。その強大な能力はダンジョンだけでは収まりきらず、持て余している。
そして一方で、手元にいる個体は、不安そうにそれらを眺めていた。
(予想外のトラブルに、無事な精霊を切り離したんだろう)
だけど、この精霊たちも切り離されることをよしとしなかった。だから、ヴェイセルと契約して別の魔物として生きていくことはできなかったのだ。
大きく息を吐く。覚悟は決まった。
「お前たちの力、俺に貸してくれ」
ヴェイセルの言葉が通じたのかどうかはわからない。けれど、手元の精霊たちは彼の魔力に反応し、強く光り輝いた。
途端、暴走した魔石による干渉が弱まる。
ヴェイセルは手を伸ばし、そちらへと近づいていくが、遠ざけることができないならば、と反撃に魔物を呼び出してきた。
彼と機神兵目がけて、真っ向から迫ってくる巨大なウミヘビ、リヴァイアサン。
大きな口を開けて、丸呑みにしようとしている。
だが――
「俺たちの邪魔をするな!」
ヴェイセルが魔法を使用すると、オリハルコンのスライムが薄く伸びていき、やがては巨大な剣となる。
「突っ込め機神兵! うぉおおおおおおお!」
振り下ろした剣は敵を真っ二つに切り裂いた。そして視界が開けると、向こうには濃紫の魔石がある。
ヴェイセルは思い切り手を伸ばし、今度こそしかと握りしめた。
ぐっと握りしめて強引に魔力を込める。精霊たちは抵抗するが、ヴェイセルはなおも力を注ぎ続けた。
無数のダンジョンを利用してなお、溢れ出してしまう精霊の力。
しかし、ヴェイセルはそれを我が身に宿していく。
この身はかつて、群がる精霊たちを御しきれずに、リーシャに助けられることになった。しかし、この世のどんな魔導師にも、どんな魔物にも負けない力があるはずだ。
それを用いるのは今このとき、この瞬間。そうでなければ、なんのための力か!
最強の魔導師は今、最強の精霊の器となる――。
「さあ、来い!」
ヴェイセルの魔力に導かれ、膨大な数の精霊が彼に群がり始める。
その姿は光に包まれていき、濁った魔石が少しずつ清らかになっていく。
暴れ狂う精霊を身に宿し、ヴェイセルは堪えて集中する。
八切れそうなほどの力の奔流に、意識を手放してしまいそうになる。
けれど、リーシャが待っている。ミティラが送り出してくれた。イリナが期待し、レシアが託し、エイネが信頼してくれた。
だからこんなところで負けられやしない。
このときのために、魔導師としてのすべてがあるのだから!
「俺たちの未来を守ってみせる!」
ヴェイセルが吼えると、ひときわ強く精霊たちが輝いた。
その光は温かく、そして柔らかい。先ほどまでの激しさが嘘のよう。
いつしか、付近の光景はまるで変わって、穏やかな草原が広がっていた。どうやら、ここが元々のダンジョンらしい。
ヴェイセルは握りしめた二つの魔石に視線を向ける。
契約したのは、ダンジョンの成因となった魔石だけ。しかし、レシアから託されたものもまた、彼との契約が済んでいる。
「……さっき、手伝ってくれたのか?」
その問いに精霊は答えなかったが、ふわふわと飛んでおり、対応は柔らかい。
ヴェイセルはふっと微笑み、そっと撫でる仕草をする。実体がないから触れることはできないが、それでも触れ合えた気がした。
「帰ろう。俺たちの村へ」
ヴェイセルがほっと一息つくも、機神兵は勢いがなくなっている。気が抜けてしまっただけならそれでいいのだが、エイネから与えられていた魔力が底をつきそうなのだ。
彼自身には魔力があるが、エイネの魔物なのでどうしようもない。
そんなヴェイセルであったが、飛び交う精霊を見て、魔法を実行してみた。
すると、ダンジョンが歪み、別のところと繋がる。この能力は自在に操れるようだ。
となれば、村まではあっという間だろう。ここと村に一番近いところを繋げると、早速機神兵にくぐってもらった。
北の問題がこれにて解決しました。
次話にて本編完結となります。よろしくお願いします。




