76 春も盛りで花盛り
その日、開拓村は春らしい賑わいを見せていた。
今日の来客は、観光客もそこそこにいるのだが、王都からやってきた者たち、とりわけ錬金術師の姿が圧倒的に多かった。
ヴェイセル専用浴場(皆のお風呂)ができてから数日。
それとは別に、兵たちによる共同浴場の設営が済んだところで、王都から連絡が来たのだ。ランク6の魔石を持ってきて王都で調査するように、と。
しかしリーシャは、魔石を王都に持っていくのは危険が伴うと、これを拒否。そしてレシアとエイネによる調査も高水準なものであり、他者による監査の受け入れは拒まないが、現地で行うべきであると返送したのである。
そんなわけで、王都にいた錬金術師連中は視察に赴くことになったのだが、彼らはよもやランク6の魔石などあるまい、嘘を見抜いてやろうと意気込んでいる、あるいは早く見たくてうずうずしていることもあって、なんにせよその足労を嫌がりはしなかった。
しかし、そんな彼らが到着したとき、村の光景を見て口をぽかんと開けることになった。
なにしろ、観光客で賑わっていたのだから。
これは貴族たちが準備している間に、リーシャがあちこちの村に遣いを出したことによる。ちょうど、お花見のシーズンだったのだ。
王都から来た者たちからも金を取ってしまうのにもいい時期だと、ちょっぴり打算的な理由があったのも間違いない。けれど、やる気なし魔導師が全然手伝ってくれないから、リーシャもお金に敏感になったということなのである。
そんな村の中では、あちこちからやってきた観光客が花見酒に興じている。しかし、メインはそれではない。やはりランク6の魔石と温泉だ。
それから錬金術師たちが入場料を払って、リビングメイルに見守られた建物の中に入ると、そこには薄紫の魔石が設置されている。
「これが、例のブツか……」
調査にやってきた錬金術師の一人が呟き、まじまじと眺める。
遠くからまずは全体を観察。そして手を伸ばすと――その手を遮るものがあった。リビングメイルである。
そして兵がやってきて頭を下げた。
「大変申し訳ございませんが、防犯上の都合上、接触はご遠慮いただいております」
「なにを! 我々は、国王陛下から任命されてやってきたのだぞ!」
「私どももまた、陛下のご命令でこの管理を任せられております」
「ふんっ! このようなザルな警備でよく言うではないか!」
錬金術師はリビングメイルを見る。
数体がいるだけで、とても厳重な警備ではない。
「だいたい、宮廷魔導師がいないではないか。このようなランク3の魔物に任せっきりで、よく管理できていると自負できたものだ」
「お言葉ではございますが、皆様方のお力では、このリビングメイルを倒すことすらできません」
「ほう……この私の魔物がメタルゴーレムと知って、それを言っているのかね?」
男が口の端を上げると、錬金術師たちの反応は様々だ。
止めようとする者、素知らぬ顔をする者、魔石から目を離さないで見つめている者。
この錬金術師は宮廷勤めであるが、互いに仲がいいわけでもない。
むしろ出世するためのライバルのほうが近いくらいだ。
「では、試してみますか?」
「馬鹿げたことを。それで納得するならいいだろう。やってやろう」
その男が告げると、ほかの錬金術師たちも結末を見届けねばならなくなる。半分くらいの顔は、面倒くさそうなものだった。
屋外に出ると、待機していたメタルゴーレムが動き出す。いつでもやれるとでも言いたげに。
そしてリビングメイルは無言のまま佇んでいた。
「メタルゴーレムの力は、金属を引き寄せる力だ。今更後悔しても遅いぞ?」
「ええ、存じております。とても便利な能力ですよね。この村では、ゴミの分別に使用しております」
あのやる気なし魔導師が金属類の分別に使っている能力だから、この村の兵なら誰でも知っている。
その言葉に激昂した錬金術師が命令を下すと、メタルゴーレムは魔法を発動させる。
途端、近くにあった小石が引き寄せられて、その魔物に纏わりついていく。しかし、リビングメイルは微動だにせず、佇んだままだった。
「どうなっているんだ!」
「その程度の力では動かせない、ただそれだけのことでございます」
ヴェイセルからたっぷり魔力をもらったリビングメイルは、今日は力を解放すれば魔物を蹴散らせるくらいのエネルギーがあるのだ。
その男は肩を怒らせていたが、ほかの錬金術師たちは端から興味などなく、さっさと終わってほしかった者たちばかりであるから、勝負はついたのだと取り合う気もなくしていた。
そして再び中に入ろうとするのだが、それを兵が遮った。
「……なにかね?」
「再入場される場合、入場料をもう一度いただくことになっております」
これには錬金術師も眉をひそめたが、そびえるリビングメイルを見ると争いもせず、兵に入場料を叩きつけるのだった。
そんな争いを上空からヤタガラスは眺めていた。なにかトラブルが起きては困ると、ヴェイセルも今日は働いていたのである。
といっても、本人はマモリンゴの花が咲いている下で寝ころがっているだけなのだが。
そんな彼の隣には、レシアがいた。彼女はヴェイセルになにかを言うこともなく、一緒にお花見をしている。いつも研究所にこもっている彼女にしては珍しいことだ。
ヴェイセルはレシアに視線を向けると、ふと尋ねてみる。
「そういえば、魔石のところに錬金術師たちが群がってるんだけど、行かなくていいのか?」
「知り合いはいない」
レシアは宮廷に勤めるのを嫌がっていたし、彼らと交流を持ちたくなかったはずである。しかし、ヴェイセルが言うのはそういうことでもない。
「いや、そうじゃなくてさ。魔石のこと、心配だったりしないの?」
「大丈夫」
「魔石から魔物が作れないと見て、やる気をなくしちゃったか?」
魔石そのものよりも、そこから生まれる魔物に興味があったのだ。けれど、レシアはそれにも首を横に振った。
「ヴェルっちが見守ってるから」
「うーん。できれば、頼りにしないでほしいんだけど。うたた寝できなくなるじゃないか」
そんなことを言うヴェイセルに、レシアは笑うばかりだった。
はて、そうしているとリーシャがやってきた。先ほどまでは、やってきた貴族連中の相手や村の見回りをしていたようだ。
「温泉は繁盛しているようだぞ。腰痛に効くと評判だ」
「それはいいですね。まあ、人気も一過性のものですし、何度もランク6の魔石を見に、わざわざ遠くまで入りに来る者もそう多くはないでしょうけれど」
「だが、この賑わいはお前のおかげだ。ありがとうな、ヴェイセル」
リーシャが告げると、ヴェイセルはリーシャをまじまじと眺める。
「なんだよー。私がお礼を言うのは変か?」
「いえ。俺がフェニックスのいるダンジョンから戻ってきて倒れたときのことを思い出しまして」
「ああ、そんなこともあったな。あのときのお前は、熱で幻覚でも見ているのかと言ったんだぞ。ひどくないか?」
「俺は今でも、夢を見ているんじゃないかと思うことがありますよ。こうしてリーシャ様と一緒に暮らしている日々なんて、昔は想像できませんでしたから」
「まったく。お前はいつも寝ているから区別がつかなくなるんだ」
リーシャはそう言いつつ、ほんのりと顔を赤らめるのであった。
そんな三人のところに、ミティラとイリナ、アルラウネがやってくる。料理を作って持ってきたのだ。もうお昼時である。
「ヴィーくん。お仕事お疲れ様」
「ありがとうミティラ。うーん。このご飯のために起きていると言っても過言ではないなあ」
「仕方ないなあ」
お弁当箱の中身を見て嬉しがるヴェイセルとはにかむミティラ。
そんな二人の様子を見ていたイリナは、
「頑張って作ったんです。どうぞ!」
と、料理を掴んで、あーん、とヴェイセルのところに持っていく。
それをパクッと口にしたのは、
「んー! やっぱりミティラの料理は絶品だね!」
赤毛の少女であった。
思わぬ人物の登場に、ぽかーんとするイリナ。
その隙にアルラウネは、ヴェイセルに料理を食べさせてあげたり、汚れた口元を拭ってあげたり、甲斐甲斐しく世話をしていた。
そうしてやってきたエイネにリーシャは尋ねる。
「湯沸かしの作業はもういいのか?」
「機神兵に任せたから大丈夫だよ。それより、リーシャ様はいいの?」
「私も仕事は終わったぞ?」
「そうじゃなくて、ヴェルくんほったらかしにしていること」
エイネが視線を向けると、彼はミティラとイリナ、アルラウネに料理をもらって嬉しそうにしている。すっかり餌付けされていたのだ。
「ヴェルっち。だらしない顔している」
「……もう諦めたんだ。あいつがシャキッとした顔をすることは滅多にないからな」
リーシャはヴェイセルを眺める。人気者の魔導師を独り占めしたい気持ちがないわけでもないが、それは彼自身が選ぶことである。
「それに、あいつにはこれからやってもらうことがたくさんあるからな。だから今くらいはいいさ」
エイネは「それってダンジョンの話?」と聞こうとしたが、やめておいた。それは今言うべきことでもないから。
その代わりに、
「仕方ないなー。リーシャ様にはあたしが食べさせてあげよう」
なんてふざけてみるのであった。
そうして花びらがひらひらと舞う中、魔導師は少女たちと美しい桃色の景色に浸る。
春も花も盛りであった。
これにて第五章はおしまいです。
今後ともよろしくお願いします。




