67 やる気なし魔導師の雪祭り! ③ ~去りゆく冬に思いを乗せて~
雪祭りの晩、開拓村は暗くなっても賑やかだった。
あちこちのかまくらの中では、餅が焼かれており、香ばしい匂いが漂ってくる。
けれど、ヴェイセルは部屋の中でごろごろしていた。
(やっぱりベッドが最高だよなあ)
暖かいかまくらの中もいいが、やはり外であることに変わりはない。サラマンダーのおかげで村中はある程度、温度管理ができているとはいえ、ベッドの中にはかなわないのだ。
けれど、そんな状況を打ち破るノックの音がある。
「ヴェイセルさん、そろそろ起きてください!」
元気なイリナの声が聞こえる。
ヴェイセルはまだまだベッドから出たくはないが、彼女もひいてはくれないだろう。
「うーん。もう少し……」
「中に入れてください!」
彼は考えた末に、ドアを開けてイリナを招き入れる。そうして中に入ったイリナに、ヴェイセルは告げるのだ。
「イリナ、一緒に寝よう」
そう告げると、イリナの尻尾がピンと跳ね上がる。
そのお誘いは強烈だったようで、尻尾が激しく右に左に揺れ動く。
ヴェイセルと一緒にお布団に入ると、そわそわしながら彼を眺める。すると、すやすやと眠っていた。
この居眠り魔導師はいつもこうだから、イリナも勘違いすることもなくなった。けれど、これはこれでいいのではないかと彼女はヴェイセルを見つめる。
(ヴェイセルさんの寝顔……えへへ……こんな間近で!)
イリナは興奮しながらヴェイセルを見つめる。そして普段はあまり積極的になれなかったが、今ならばいけるような気がしてくる。
アルラウネはいつも彼を撫でていた。となれば、自分だって。
イリナは勇気を出して、ヴェイセルに触れてみる。彼はまだ起きない。イリナは勇気を出して、ぎゅっと抱きしめてみる。
ヴェイセルはもぞもぞと動いて、彼女はびっくりするのだが、彼は尻尾を掴むと安心してすやすやと眠り始めた。
(尻尾、掴まれちゃいました!)
大興奮のイリナであるが、なんとかして尻尾が動かないように堪えてみる。このまま堪えていれば、この時間がいつまでも続くはず。
「おいヴェイセル! いつまで寝てるんだ!」
バーンと扉が開く音とともに、イリナの願望は打ち砕かれた。
◇
「ところで、リーシャ様はなにをしに来たんです?」
欠伸をしながら尋ねるヴェイセルに、呆れた視線が向けられる。
「夜になったら起こしに来るって、言ってたじゃないか」
「そういえばそうでしたね。それにしても……人は夜になったら寝るものですよ? 夜に起きるなんて、おかしくないですか」
「いつも寝ているお前がおかしいんだ。メインのイベントがあるんだ。ほら、さっさと行くぞ」
ヴェイセルは引っ張られながら部屋を出ると、すっかり辺りは暗くなっている。けれど、そこには幻想的な光景が広がっていた。
あちこちの氷像は機神兵によってライトアップされて、美しく彩られているのだ。中でもとりわけ目立つのは、ヴェイセルと少女たち、それから魔物が掘られた一つの巨大な氷像だ。
見ているだけでも賑やかな様子が窺える。
「ところでリーシャ様。どこに行くんです?」
「エイネは機神兵の準備をしているし、ミティラとアルラウネもそれを手伝っている。レシアもゴブリンを用意している。本来、お前がやるべきことなんだぞ?」
「それはありがたいですね」
「もう少し、この村を背負っていく自覚とか、そういうのがあってもいいんじゃないのか」
リーシャはそんなヴェイセルに拗ねてしまう。
そうなると彼も、欠伸ばかりをしてもいられない。
「今回は、俺にできることがほとんどないんですよ。彫刻も料理もできませんから」
「それは自慢することじゃないぞ。……でも、そうか、そうだな。それは私も一緒か」
リーシャはしょんぼりと狐耳を倒してしまった。村の最高責任者として人一倍頑張っていた彼女だから、なにもできないのは悔しいのかもしれない。
けれど、そんなリーシャをイリナが励ました。
「リーシャ様はすごいです! リーシャ様にしかできないことがありますから!」
「そ、そうか? 私にしかできないことか。なんだろう?」
彼女は狐耳を前後に動かしながら考えてみる。けれど、思いつきはしなかった。
だからイリナは答えをくれた。
「ヴェイセルさんを動かすことです! リーシャ様がお願いしたら、ヴェイセルさん、いつだって頑張りますから!」
リーシャは言われて、ヴェイセルをまじまじと眺める。
眠たげな魔導師は、どう見ても頑張っているようには見えない。けれど、いつもリーシャのために動いていることは間違いない。
そしてイリナは、そんなリーシャに対するヴェイセルの思いを羨ましく思っていた。なによりも欲しいものなのだ。
「……確かに、このやる気なし魔導師を引っ張り出すのは、私が一番向いているな」
「はい! ですが、そのうち私もヴェイセルさんを魅了してみせますからね!」
「そう簡単じゃないぞ? 基本的においしい料理以外では動かないからな」
「ミティラさんには及びませんが、いつかは」
張り切るイリナと、ちょっとばかりの優越感を覚えるリーシャ。
そしてすっかり珍獣扱いされて眉をひそめるヴェイセルだった。
そんな三人はやがて、一つの巨大雪像の前に到着する。コーヤン国の城を模したものだ。そこには人々が集まっており、随分と賑やかだった。
三人が少し離れたところで眺めていると、ミティラとアルラウネがやってきた。用事は済んだらしい。
「もうすぐ始まるよ」
彼女が呟くと、光に照らされる中、雪像の左右からゴブリンが入場する。楽器を鳴らしているのは兵たちだ。
そうしてゴブリンたちがしばらく躍っているのを眺めていたヴェイセルは、離れたところにレシアの姿を見つける。
なんだかんだでゴブリンに厳しい彼女ではあるが、今は真剣に見守っていた。
そしてゴブリンたちがさっと波のように引いていくと、今度は機神兵が雪像を映像で彩っていく。
映し出されるのは、賑やかな魔物たちの光景。この開拓村の春から始まっていく。
ゆっくりと移り変わっていく季節は美しい。けれど、ここにいる者たちは、きっと別々の感情を抱いていたことだろう。
眺めている彼らのところに、レッドゴブリンを抱っこしたレシアと、機神兵を遠隔操作するためのパーツを手にしたエイネもやってくる。
「……向こうで見てなくても大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。なんといっても、あたしが調整したんだから! エラーなんて吐き出さないよ! 仮にエラーを起こしても大丈夫なように、ダブルチェックが働くようになってるし」
「そりゃ頼もしいな」
「それに、なにかあればヴェルくんが助けてくれるから」
エイネは尻尾でぽんぽんと叩いてくる。
頼りにされているのだ。この魔導師はやる気もないが、コーヤン国、いや、この世界のどこを探してもこれ以上はないほど卓越した技術を持っているのだから。
六人は揃って、これまでの映像を眺める。ただ映すだけではなく、芸術的な仕上がりになっていた。
リーシャはそれを見ていて、エイネに声をかけた。
「すまないな。今回はほとんどエイネに頼ることになってしまった」
「気にしなくていいよ? 原材料もたいしたことないし。それに、あたしの技術料は全部ヴェルくんのツケになってるんだ」
「ちょっと待って、それ初めて聞いたんだけど」
ヴェイセルが慌てると、エイネは笑う。
そのお代は「これからもずっと一緒にいる時間」で返してもらうのだ。
やがて、映し出される光景は冬に変わり、すべての映像が流れ終わった。
「なんだか、物悲しくなってしまいますね」
イリナが呟く。
けれど、リーシャは張り切っていた。
「これで終わりじゃないぞ。また来年度が始まるんだ。二年目もドンドン発展させていくんだからな」
「そのためにはヴィーくんにも頑張ってもらわないとね」
結局そうなるのかとうなだれたヴェイセル。けれど、今はなんとなく、頼られるのも悪くなかった。
人々が少しずつ散らばって、今日は一般開放されている兵舎およびその関連施設へと向かっていく。
一晩を飲み明かす者もいれば、この気持ちのままさっさと眠ってしまう者もいるのだろう。
けれど、六人はもうしばらくだけ、そうしてなにも映らない雪像を眺めていた。
これまで映ってきた光景の続きを、それぞれが思い浮かべながら。
もうすぐ春が来る。少しずつ村は変わっていき、暖かな日々が訪れるだろう。
そんな平和な日常を誰もが望むのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
これにて第四章は完結となります。
私は北海道出身なので、祭りと言えば、欠かさずに入れたいのが雪祭りでした。
北海道ではまだ雪が積もっておりますが、冬もようやく終わりを迎え、春になろうとしておりますね。
それに合わせて、次章からは開拓村の舞台も春になります。




