65 やる気なし魔導師の雪祭り! ① ~五色の尻尾と花の少女~
雪祭りを迎えたその日、開拓村の光景はがらりと変わっていた。
あちこちから人々が集まり、こんな小さな村とは思えないほどの賑わいを見せているのである。
これには理由があって、王都や、そことこの開拓村との間に存在する村々に案内を出したことが大きい。
機神兵の機能を用いて村の様子を映し出したところ、想定外に多い人々が集まっていたのである。そもそも機神兵そのものが珍しいこともあり、集まってきた者が多かったが、ひとたび目にすると誰もがその映像美に魅せられるのだった。
そんな開拓村をヴェイセルはリーシャやアルラウネたち六人と歩いていた。
今回の祭りのメインはなにかを提供するというよりも氷像だ。展示物が多いのである。それゆえに、彼女たちもなにか手伝わねばならないこともあまりない。
「そういえばミティラは、料理の手伝いとかしなくてもよかったのか?」
彼女は確か、かき氷のシロップを作ったりしていたはず。リーシャが楽しげに手伝っていたのは記憶に新しい。
けれど、そんなヴェイセルにミティラは口を尖らせた。
「皆で集まっているのに、ヴィーくんは私だけのけ者にしたいの?」
「そんなことはないけれど。忙しいんじゃないかと思ってさ」
「食事は兵舎のレストランで提供されているから大丈夫だよ。向こうには、ジェラルドさんの奥さんがいるから」
「それなら大丈夫そうだな。いやあ、ミティラが来てくれて俺は嬉しいよ」
「まったく、調子がいいんだから」
うんうんと頷くヴェイセルにミティラは呆れつつも、銀の髪をくるくると弄ぶのだった。
そんな彼らは遊んでいるのではなく、安全確認という名目で歩いているのだ。雪像が崩れる可能性もある。点検と補修が必要なのだ。
とはいえ、街中の状態はほとんど機神兵が観測しているため、彼らがすべきことはあまり多くないし、実質的なところは観光とさほど違わないだろう。
開拓村の入り口に目を向ければ、機神兵の頭のパーツが迎えてくれる。今は分割してあちこちで作業しているため、挨拶するくらいの機能しかないが、陽気な顔のそれは子供に人気があるようだ。
「子供は無邪気でいいなあ」
ヴェイセルがはしゃいでいる子供たちに視線を向ける。彼らは小さいながらも一人前の尻尾を振っていた。
そんな彼を見てイリナは食いついた。
「ヴェイセルさん、子供が好きなんですか?」
「とりわけ言うほどでもないけれど……昔、リーシャ様に会ったときのことを思い出すんだよ。あのときのリーシャ様は小さくて愛らしかったんだ」
ヴェイセルが懐かしく思い出していると、リーシャは頬を膨らませる。
「なんだよー。今の私は可愛くないって言うのか」
「そんなことはありません! リーシャ様は今も可愛いですよ! とても素敵です!」
「もう、馬鹿。大きな声を出すなよ、まったく……」
今はあちこちに村にやってきた人たちがいるのだ。その視線を集めそうになったリーシャは恥ずかしがってしまう。けれど、その口元は緩んでいるし、尻尾はぱたぱたと揺れている。
機嫌をよくしてくれたとほっとしたヴェイセルであったが、そんな彼にイリナは尋ねてきた。
「ヴェイセルさん、やっぱり子供は金色の尻尾じゃないとダメですか? 黒の尻尾ではダメですか?」
イリナは尻尾をヴェイセルの前で振ってみる。
真っ黒尻尾がゆらゆらするのを見た彼は首を傾げた。
「うん? 黒い尻尾も好きだよ。いろんな色があっていいんじゃないのかな。個性だろう」
金色尻尾も黒色尻尾も、どちらもふわふわで抱き枕に相応しいことに変わりはない。ヴェイセルがそんなお昼寝のことを考えながら告げるなり、イリナの尻尾が激しく揺れる。
「えへへ、ヴェイセルさんは黒い尻尾が好きなんですね。えへへへ。黒い尻尾がいいんですね。えへへへへ」
イリナがそう言いながら距離を詰めると、リーシャはまたしても不満げな顔になる。
「なんだよー。私の尻尾よりイリナの尻尾のほうが綺麗だって言うのか」
「そ、そうは言っていませんよ」
慌てるヴェイセル。そこにエイネが追撃をかけた。
「ヴェルくん、半端に言葉をかけるからそういうことになるんだよ? 『俺は尻尾ならなんでもいい見境ない男なんだ』ってはっきり言っちゃえば、リーシャ様も『仕方ないな。まったく』って納得してくれるから」
声真似をするエイネに、ヴェイセルは口をへの字に曲げた。
「呆れられているだけじゃないか、それ。というか、俺はそんなに節操ないように見られてたのか」
「違うの?」
「そりゃ違うに決まっているだろう」
「ヴェルっちは無節操じゃない」
予想外のところから支援が来たと、ヴェイセルは喜びつつ白の尻尾を見る。
しかし、レシアは続けた。
「睡眠時。尻尾に対する反応性が人によって違う」
「……そのデータ、いつ取ったんだ?」
ヴェイセルの問いを無視するレシアが言うことによれば、誰彼見境なしに尻尾を掴んでいるわけではない、ということらしい。しかし、それは尻尾を選別して掴んでいると言っていることにほかならない。
そこに食いついたのはミティラであった。
「確かにヴィーくん、兵たちの尻尾に興味を示さないよね。リーシャ様の尻尾なんか、近くに持っていっただけで抱きつくのに。……これはどう?」
ミティラはヴェイセルの前で銀の尻尾をふりふり。
よく手入れされている上品な毛がなんとも美しい。
暖かそうだなあと思うヴェイセルであったが、いつしか彼の目の前でイリナとリーシャが張り合うように黒と金の尻尾を見せている。
「罪作りな男だねー」
エイネが赤い尻尾でぱたぱたと叩いてくると、ミティラが「ヴィーくんはどれがお好み?」なんて囁いてくる。
以前、リーシャとミティラが二人でいるときにも聞かれたが、今は五人もいるのだ。
困惑するヴェイセルは元凶となったレシアを見るが、彼女はヴェイセルを観察しながらメモを取っている有様だ。
四人がじっと見つめてくると、ヴェイセルは視線を逸らして、
「そんなに尻尾の話ばかりだと、アルラウネが困っちゃうだろう?」
花の少女に助けを求めるのだった。
アルラウネは呆れながらも、五つの尻尾を束ねて、そこにヴェイセルの手を突っ込んだ。
そして満足したかと視線を向けると、尻尾のない彼女には誰も不満を告げることもできない。
ヴェイセルは助かったとアルラウネに感謝するのだった。
それから六人は歩いていくと、あちこちの氷像を眺める。どれも見事な出来だ。その先頭を行くエイネは、像の前に立つと優雅に礼をする。
「正面にはゴブリンの像です。サボっている姿がとある魔導師に似ていると評判です。そして左手に見えますのは、ユニコーンです。実物は畑に埋まっているため見られませんが、機神兵の機能で解析した結果、このような姿であることがわかりました。なお、捕獲には女装した魔導師が参加したと言われています。それから……」
エイネが次々と説明していく。制作者による直々のガイドつきなのだから、ありがたい話である。ときおり、身に覚えがある話が出てくるのは気のせいだろうとヴェイセルは頷いていた。
それからふと、視線を横に移すと、クリスタルゴーレムの像がある。
「へえ。こんなのまで作ったのか」
ヴェイセルがそれに近づいた瞬間、それはズシンと一歩を踏み出した。
「うわ、本物かこれ」
「ヴェルっち。自分の魔物もわからないの」
レシアが呆れた視線を向けてくるが、仕方なかろう。なにしろ、ヴェイセルの魔物と言っても、普段はレシアのところにいるのだから。ほとんど会うこともない。
ヴェイセルはそんな魔物を見ながら、ときおりフリームスルスの力で氷像を凍らせて補強していく。これは彼にしかできない仕事だ。
そうして村内を進んでいくと、一際賑やかな声が聞こえて、ヴェイセルはそちらに視線を向けるのだった。




