63 やる気なし魔導師とかき氷
機神兵に乗って北から戻ってきたヴェイセルは、早速、ミティラの家に行って暖炉の中にサラマンダーを呼び出した。
狭いところは嫌がるかと思いきや、その炎を纏ったトカゲはなかなか居心地がよさそうにしている。気に入ってくれたようだ。
炎はヴェイセルの魔力だけで炎を生み出しているため、燃料いらずだ。これで寒い冬だって乗り切れるだろう。
「いやあ、随分と暖かくなったなあ。いい心地。快適だ。おやすみ」
ヴェイセルはソファの上に寝ころがると、そのまますやすやと眠り始めてしまう。
北の調査も終えたし、夜ご飯まではすることがなにもない。もう用事を言いつけられることもないだろう。
少女たちの呆れた視線を浴びつつも、そうしてすやすやと眠ると、主人に似てサラマンダーも居眠りを始めるのだった。
それからしばらくして、ヴェイセルは彼を呼ぶ声で目を覚ました。
「うーん。晩ご飯の時間?」
「違うよヴェルくん。約束したでしょ? 鉱石の精錬を手伝ってくれるって」
「エイネが勝手に言ったことじゃないか……」
ヴェイセルはそのまま寝てしまおうかと思ったのだが、彼女はヴェイセルの上に乗っかって、
「ほらほら、早く早く」
と急かすので、彼はのそのそと動き始めるのだった。
ミティラにサラマンダーを持っていく旨を告げて、ヴェイセルはサラマンダーを一時的に消して工房へ。そうして辿り着くと、鉱石の破砕などは機神兵が終わらせており、あとは溶かすだけのようだ。
待機している機神兵は、作業が多くないためかさほど機能も必要なく、分離して小さくなっている。残りはどこでなにをしているのだろう。
「ヴェルくん、頑張って」
「ああ。サラマンダー、頑張ってくれ」
エイネがヴェイセルを、ヴェイセルが呼び出したサラマンダーを見る。
契約しているため、ヴェイセルも炎の魔法を使えるのだが、そんなに働きたくもないのだ。
そんな主人の意図を汲んでくれたのか、サラマンダーは元気に炎を吐き出して、金属を溶かす手伝いを始めた。
なんとも楽しげなので、ストレス発散にはいいのかもしれない。なにしろ余所では遠慮なく力を発揮することもできないだろうし、そこまで高温にはできないだろうから。たまにはこんな日があってもいいのだろう。
ヴェイセルはやることもなく、寝ようと思ったのだが、じわじわと汗が出るほどの室温に、とてもではないが寝てもいられない。うとうとしては目が覚めてしまうのだ。
そんな彼であったが、ドアがノックされると、ミティラとアルラウネが入ってきた。
「ヴィーくん、頑張ってる?」
「もちろん。こんなによく働く魔導師は、どこを探したっていないよ」
「冗談が得意なのね。顔に跡がついてるよ。寝てたんでしょ」
ミティラは笑いながら、「差し入れを持ってきたよ」と告げる。
アルラウネは、ガラスの容器に入ったかき氷を差し出した。どうやら、いなくなっていた機神兵のパーツはかき氷器になっていたようだ。ヴェイセルが居眠りしている間に一万人分は作れるというのも嘘ではないのだろう。
「これがお祭りで出す予定のもの?」
「ううん。まだ果実のシロップができていないから。あれは時間がかかっちゃうの。砂糖とコガネバチの蜂蜜、それからレモンを使ったみぞれにしたんだけど、どうかな?」
「早速食べてみるよ」
スプーンをサクッと刺して一口。コガネバチの蜂蜜が舌の上でとろける。
上品な甘みがあるが、工夫はそれだけではない。
「このかき氷、氷自体を甘くしてる?」
「よく気がついたねヴィーくん」
「いつもミティラの料理を味わっているからね。とても楽しみにしているんだよ。毎回、感謝の気持ちを忘れずに、いい加減な気持ちは持たず、真剣に向き合っているんだ」
「もう、大げさなんだから」
ミティラは笑いつつも、銀髪をくるくると弄ぶ。
それから、氷の秘訣を教えてくれた。
「ウンディーネが浄化してくれた水で作った砂糖水を使ったの。砂糖水のほうが氷はふわふわになるから、口当たりがよくなるはず」
「へえ、そうなんだ。確かになめらかだ」
ざらざらしたところはまったくない。これは機神兵のかき氷器の性能が高いこともあるのだろう。
ヴェイセルが味わっていると、隣からひょこっと顔を覗かせたエイネがスプーンをさっと奪って、かき氷をぱっと口に放り込んだ。
「んー! 甘くておいしー!」
「それ、俺の差し入れなんだけど」
「ヴェルくん、ケチケチしてると女の子に嫌われちゃうぞっ」
「エイネ、前にこんな冬にかき氷なんて、って言ってたじゃないか。かき氷に真剣になるなんてって言ってたじゃないか」
「うん。ヴェルくんが必死になってるのには、ちょっと引いちゃうかも。でも、食べたくないとは言ってないよ」
エイネはあっけらかんとした態度で、サクサクとスプーンを使って食べていく。このままではヴェイセルの分はなくなってしまうだろう。
が、急に食べたせいでキーンと頭が痛くなったようだ。
「うー。いたたっ!」
その瞬間に、ヴェイセルはさっとスプーンを奪い取る。そして彼も一気にかき氷をかき込んで、頭を押さえるのだった。
「もう、二人ともなにやってるの」
ミティラは苦笑い。
アルラウネは、そんなヴェイセルの頭をなでなでしていた。こんなダメな魔導師にも、とても優しい魔物である。
それからエイネは作業に戻り、サラマンダーは彼女と一緒に作業をするということで、ヴェイセルはミティラの家に戻る。特に問題なくサラマンダーが働いているため、見ている必要もないのだ。
家の中に入ると、イリナが駆け寄ってくる。
「ヴェイセルさん! こんな感じでどうでしょうか!」
彼女はヴェイセルのところに、型紙を持ってくる。ヴェイセル専用の着る布団だ。エイネと打ち合わせをして、温度を自動で調節できるような魔法道具にするそうだ。前に話していたものだが、もはや形になるとは。
「これはすごい。本当に作ってくれるの?」
「もちろんです! 任せてください!」
「楽しみだなあ」
イリナは黒い尻尾をぶんぶんと振る。とても嬉しそうに。
ヴェイセルは型紙を眺めていて、
(そういえば、採寸なんかしたっけ?)
そんなことを考える。しかし、おそらくはぴったりのサイズのはずだ。
なぜイリナは知っているのだろう? 触れただけでぴったり測れる能力でもあるのだろうか。
そんなヴェイセルであったが、イリナがあれこれと楽しそうにしているので、余計な口は挟まないことにした。なにしろ、失言があるせいで、なにかと忙しい用事を済ませねばならないことが多いのだから。
今晩のご飯はなにかなあ、と考え始めると、今度はぱたぱたとリーシャが駆けてくる。
「ヴェイセル! お前も手伝え!」
尻尾を振りながら、笑顔の彼女。なにをしているのかと言えば、瓶に果実と砂糖を詰めていた。そうすることで、浸透圧により果汁がしみ出てきてシロップが作れるのだ。
手順としては、瓶を加熱殺菌し、果実と砂糖を交互に入れていくだけだ。砂糖が高濃度になるため、雑菌も繁殖できなくなる。
そんなシロップ作りは、特に楽しいものでもない気がしないでもない。いや、簡単なものだからリーシャに任せているのだろう。
けれど、リーシャの笑顔を見ていると、ヴェイセルも嬉しくなってしまう。
「このヴェイセル、リーシャ様のお手伝いを精一杯させていただきます。なにをすればいいです?」
「珍しく素直だな。よし、それじゃあ――」
ヴェイセルはリーシャと一緒に作業を始める。
雪祭りにはあまり興味を示さなかった彼女であるが、サラマンダーのおかげで家の中が暖かくなったためか、やる気いっぱいだ。
きっと、雪祭りもうまくいくだろう。彼女のためにも成功させてみせる。
ヴェイセルはそんなことを考えながら、リーシャと一緒にシロップ作りに励むのだった。
いつもお読みいただきありがとうございます。今回はかき氷の話でした。
二年前の夏休み頃に、「異世界でかき氷屋さんを始めました!」という作品を書いてみたこともあり、懐かしく思い出しながら、この話を書きました。
当時は夏でかき氷が食べたくなる季節でしたが、今は寒いのでちょっと、という感じでしょうか。北海道では冬も室内を暖かくしてアイスをよく食べるのですが、本州にはない風習ですね。
その北海道ではすでに雪祭りが終わってしまったということで、作中とは季節がズレてしまいました。冬が終わる前に、この章を終わりまで持っていきたかったのですが、もう少しだけ続きます。
今後ともよろしくお願いします。




