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60 雪と餅と魔導師と



 その日もヴェイセルは私室で昼まで眠っていた。

 外はすっかり寒くなっているが、フェニックスの魔法道具で作られた布団は魔力を込めるだけでぽかぽかになるのだ。


 こんな快適な状況だというのに、わざわざ外に出ることもない。難点は、室温が下がっているために顔が寒いことくらいだが、許容範囲内だ。


 そんな彼であったが、ドアがノックされる。


「ヴィーくん。お昼ご飯できたよ」

「……もうそんな時間? 一日がたつのは早いなあ」

「半日以上寝ているからよ。普通の人は、もっと長い間活動しているものなの」


 ミティラに呆れられながら、ヴェイセルは起き上がり、それから着替えを済ませ、ドアのところに行って開ける。


「……ねえヴィーくん。どうして布団にくるまったままなの?」


 彼は布団に包まれたままなのである。これなら外に出ても温かいのだ。寒いのは嫌だが、ご飯は食べたい。ミティラの家はすぐ近くだが、それすら遠く感じるのであった。


「温かいから仕方ないじゃないか」

「もう、開拓村の魔導師は威厳がないのね」

「……そうだ、イリナとエイネに、防寒着を作ってもらおう」

「動かないから体が冷えたままなんじゃない。元気に動いてみたら?」

「そんな、レシアにこき使われているゴブリンじゃあるまいし」


 早朝から彼女に起こされるゴブリンたちのようにはなりたくないと思うヴェイセルである。昼だからまだ日が昇っていて、多少は寒さが軽減されているが、早朝はとても外に出られるような気温ではない。


 呆れ気味のミティラと一緒に屋敷を出ると、冷たい空気が迎えるとともに、朝から動いているそのゴブリンたちの姿が見えてきた。


 それらはかまくらを作って中に入っていたり、雪合戦をしていたり、滑り台を作っていたり、実に楽しそうだ。


(あいつらは元気だなあ。寒くないんだろうか)


 こんな雪が積もっては、農作物の手入れなどをしなくてもいい……というよりもやることがなくなったため、遊んでいるようだ。レシアやリーシャに怒られることもないため、存分に満喫している。


 そんな姿を見ていると、ヴェイセルはふと思うのだ。


「かまくらか。かまくらといえば、やっぱり餅だよな」

「そう言うと思って、今日は餅を焼いてみました」

「さすがはミティラだなあ。楽しみだ」


 ヴェイセルは料理を思い浮かべて、笑顔になるのだ。

 そしてミティラの家に着くと、窓辺で鉢植えの中に入っているアルラウネの姿が見える。頼んでいた鉢植えが完成したため、光合成をしているのだ。


「やあ、アルラウネ。どうだい?」


 ヴェイセルが告げると、アルラウネは鉢植えを飛び出して、駆け寄ってくる。

 だから彼はいまいちだったのかな、などと思うが、彼女はにこにこしている。


「気に入ったそうよ、ヴィーくん」

「そりゃよかった。やっぱり、人間はのんびりゆったり過ごす時間が必要だからな」

「ヴィーくんに必要なのは、あくせく働く時間だと思うけれど」

「個性だよ、個性。たまにはのんびりした人間がいてもいいじゃないか」


 そんな調子でヴェイセルは席に着くと、アルラウネが彼の面倒を見てくれる。

 ほかの皆はとっくに食事を済ませて、なにかしら働いているそうだ。


 ヴェイセルは焼いた餅を醤油と海苔で食べてみる。表面のぱりっとした食感に、香ばしい味わい。そして中はもちもちと柔らかい。


「うーん。おいしいなあ」


 そしてきなこをつけてまた一口。

 ほんのりと心地よい甘みがあって、先ほどとは違ったおいしさがある。


「こっちもおいしいなあ」


 ヴェイセルはそんな感想しか出てこない。


「ヴィーくん、寝ぼけてる?」

「そんなことないぞ。俺は寝起きが悪いけれど、寝ぼけてても普段と変わらない行動ができているはずだ」

「どっちにしてもダメじゃない」

「でも、ミティラの料理がおいしいのは確かだよ」

「餅を焼いただけで言われても……」


 呆れるミティラは、言葉とは裏腹に髪をくるくると弄ぶ。いつもおいしいと言ってくれるのに、悪い気はしない。


 そんな彼女はヴェイセルにお汁粉を渡してくれる。


「これこれ、やっぱり冬はこれがないとなあ」


 とろりとしたあんこと一緒にお餅をかじる。

 たっぷりの甘みが餅に絡みついて、噛めば噛むほどによく交わる。


 そうして満足しているヴェイセルに、リーシャの声が聞こえてきた。


「ゴブリンめ、私に当てるとはいい度胸だな!」


 どうやら、雪合戦に夢中になっていたゴブリンたちは、気づかないうちにリーシャに当ててしまったらしい。


 それからゴブリンと彼女の声が聞こえてくるが、ヴェイセルは


(リーシャ様は楽しそうだなあ)


 などと呑気なことを思うのであった。

 そうしてヴェイセルがご飯を食べ終わって、一眠りしようかな、と考えていたところ、ミティラの家にリーシャが入ってきた。その姿はすっかり雪だらけになっている。


「リーシャ様。雪は落としてきてくださいね」

「む、すまない」


 ミティラに面倒を見てもらっていたリーシャは、ヴェイセルに気がつくと、狐耳をぴょこんと立てた。


「そうだ、ヴェイセル。最近は雪が降っていて、祭りもできていないだろう?」

「そうですね。収益はがた落ちです」

「というわけで、なにか案はないのか?」

「そんなこと言われましても、こんな雪ばかりの状況じゃ……あ、それなら雪祭りをしましょう。この寒い状況を逆に売りにするんです」

「確かに、コーヤン国ではあまり雪が降らないからここまでの積雪は珍しいが……わざわざ寒いところに来るのか?」


 リーシャの狐耳が前後にぴょこぴょこ動く。

 必死になって考えているのだが、のんびりした魔導師から見れば、頑張っていて愛らしいなあ、くらいにしか思われていない。


「かき氷を作りましょう。シロップには、マモリンゴと仰天ブドウ、コガネバチのシロップを使います」

「だが、こんな寒いところで食べたいやつがいるか?」

「そうですね。……そうだ、では室内をかなり高温にしましょう。寒い外から来た人が温かい料理を食べて、満腹になって汗をかいたところでかき氷は食べたくなるはずです」

「……お前が食べたいだけじゃないのかそれは。だいたい、燃料もないのに、どうやってそんなに部屋を暖めるんだ」


 リーシャはちょっと呆れ気味になる。

 しかし、ここにあるのは雪くらいしかないのだから、なにかしらそれを生かさねばならない。


 ヴェイセルは考えて、それから一つの案をひねり出した。


「魔物を持ってきましょう。ほっかほかの魔物です。暖炉に入れておくんですよ!」

「……とんでもない案だな。それも、お前が暖かいところで暮らしたいだけじゃないのか?」

「そんなことはありません。リーシャ様に喜んでもらいたいだけです」


 ヴェイセルが胸を張ると、彼女は「そ、そうか」とはにかむのだ。

 彼も嘘を言っているわけではない。リーシャのために考えたのは間違いないのだから。ちょっと、そのついでに暖炉の前で暖まりたいな、と考えただけで。


 そんな二人を見ていたミティラが尋ねる。


「ヴィーくん、魔物を持ってくるって言ってたけど、当てはあるの? 北のダンジョン、どこも雪で埋め尽くされてたでしょ?」

「まあそうなんだけど……前に灼熱地帯のダンジョンがあっただろ? あそこにいないかなあ、と思って。フェニックスは倒してしまったけれど、それ以外にも魔物はいるはずだからさ」

「そっか、ヴィーくんもなにも考えていなかったわけじゃないのね。寒冷化の調査、頑張ろうね」


 言われてはっとするヴェイセル。

 まさか、こんなところから調査に結びつけられるなんて。


 愕然とするヴェイセルにミティラは微笑む。


「じゃあ、エイネちゃんにお願いしに行かないとね。機神兵、準備してもらってくるね!」


 いつの間にか、ダンジョン調査が決まっていた魔導師は、そうして思わぬところで北に向かうことになってしまった。


 せめて無駄足にならないことを祈るばかりであった。

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