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59 やる気なし魔導師の報告書


 ヴェイセルが魔物の肉を切ったりアルラウネの鉢植えを頼んだり、一仕事終えてミティラの家に戻ってくると、いい匂いが漂ってきていた。


「うーん。働いたあとのご飯は気分がいいよなあ。ミティラの料理はいつもおいしいし、幸せだなあ」


 食べる前からそんなことを口にするヴェイセルである。

 そんな彼の言葉を銀の狐耳で逃さずに聞いた台所のミティラは、ぱたぱたと尻尾を揺らす。


「お疲れ様。もうちょっとでできるから、待っててね」


 そこでヴェイセルは椅子に腰かけつつも、ふと仕事を思い出した。王へ報告しなければならないのである。


 しかし、自分で書くのは面倒だ。いつもはアルラウネにやってもらっていたのだが、彼女はミティラと一緒に台所にいる。さすがに二つも仕事を押しつけるわけにはいかない。アルラウネはともかく、ほかの少女たちには、暇なヴェイセルがやるべきだと言われてしまうから。


(アルラウネが暇になるまで、待っていようかな)


 そちらをじっと眺めていると、彼女と視線が合う。

 頬を染めつつ、照れるアルラウネ。


 そしてそんなヴェイセルをじっと眺めるエイネ。


「食欲を抑えきれなくなったヴェルくんが、アルラウネをたぶらかして襲おうとしている。ひどい男だなー」

「待ってくれ。そうじゃない。今回の件をおっさんに報告しないといけないんだよ」

「え、ヴィーくん覚えてたの!?」


 ミティラは目を丸くしてびっくり。そこまで信用されていなかったのかとヴェイセルもがっくり。


 そんなヴェイセルであったが、ふと、エイネを見ていて思う。あっけらかんとした彼女だが、魔法道具以外の仕事もできるほうだ。


「そうだ。俺が書かなくてもいいじゃないか。エイネのほうがよく見ていたんだ。詳しいこともわかるだろう? 代わりにやってくれ」

「おっけー、わかった。ヴェルくんがサボった話を書くよ。あとリーシャ様と一緒に雪の中に潜り込んで抱き合ったことも」


 もうバッチリだから任せて、と自信満々な顔をするエイネ。

 そして慌てるリーシャ。


「だ、だだだだだ抱き合うって、あれは、その、あれだ! その、えっと……」


 もはや顔を真っ赤にしてしまうリーシャ。彼女はチラチラとヴェイセルのほうを見る。

 そんな彼は平然と答えるのであった。


「エイネ、あれは秘術らしいから、使ったのがバレるとリーシャ様も困っちゃうだろう? ほら、こんなに大慌てなんだ。そういうのは冗談でも言うべきじゃない」


 そう言われて、リーシャもエイネもきょとんとする。

 レシアは呆れたようにヴェイセルを眺めた。


「ヴェルっちが、サボってると言われたくないだけ」

「失敬な。いつもいわれのないサボり扱いを受けている俺が、そのような風評被害に屈すると思っているのか」

「じゃあサボったって報告する」

「やめてくれ」


 レシアはそんなやり取りをしながらも楽しげだ。彼女は冗談を言っているのか本気で言っているのか判別がつかないときがある。


 とはいえ、彼女は親しくない相手には口を開くことすらしないから、嫌がっているわけでもないのだろう。


 そうしていると、イリナがやってくる。料理のお手伝いもおおかた終わったようだ。


「ヴェイセルさん! 大変なようですから、私が代わりに書きます!」

「本当か。助かるよ」

「任せてください!」


 イリナはすらすらと筆を走らせ始める。


『ヴェイセルさんは『俺は自由な意志を尊重する。そして君の思いも受け止めよう』と私と一つの羽毛布団に入りました。とても寒かった私を抱きしめ、温めてくださいまし』


「いやいや、ちょっと待て、それは公文書ではなく随筆だ。さりげなく言葉もねつ造されてる!」

「そんな……! 私と一緒に羽毛布団に入ったのは嘘だと言うんですか!?」


 泣きそうな顔になるイリナ。ヴェイセルはそうなると否定もできない。なかなかに流されやすい魔導師だった。


「いや、確かに一緒に布団に入ったけど……」

「はい。ヴェイセルさんと一緒にお布団に入りました! そして抱き合いました!」


 イリナが尻尾をぶんぶん揺らすと、


「ヴェルくんのえっちー」


 などとエイネが茶化してくる。


「どうしてそうなるんだ。俺は暖かい布団を共有しようとしただけなのに。誰もが認める幸せのお裾分けじゃないか」

「仕方ない。日頃の行いが悪い」


 レシアもうんうんと頷いた。


 そんながっくりと肩を落としたヴェイセルであったが、ミティラとアルラウネが鍋やお皿を運んでくる。


 そうすると、皆で鍋を囲むことになる。


「それで、ヴィーくん。どうするの?」

「どうするというのは?」

「報告の話。特になにかがあったわけじゃないんでしょ?」


 調べてみたが、なにも見つからなかったというのはいつもの話だ。けれど、だからといって報告しないわけにもいかない。


「まあそうなんだけどさ。帰ってくるときに、ほかのダンジョンも外から見てみたんだけど、どれか一つが寒冷化の原因ってわけでもなさそうなんだよな。全部の気温が低下しているというか」

「じゃあ、なにか別のものが影響を及ぼしているってこと?」

「うーん。どうなんだろう。でも、北のほうが雪は多かったから、ずっと遠くのほうに原因がある可能性はあるな」


 そんな話をしていると、ヴェイセルの隣にいつしかやってきていたアルラウネが、彼にそっとお茶を出し、それから公文書を書くための筆を手にしていた。


 やはり彼女を秘書にほしいなあ、などと思うヴェイセルは、早速書いてもらうことに。


「それじゃあアルラウネ、お願いするよ。開拓村まで及ぶ寒冷化は、北に行くほど激しさを増していた。一番近くの降雪があるダンジョンを調べてみたものの、原因は不明。気温が下がって寒くて仕方がないので、燃料をください。以上」


 アルラウネはすらすらと筆を走らせると、言われたとおりに書き終える。ヴェイセルはそれを見て満足すると、魔力感応式のペンで署名し、ヤタガラスの足にくくりつけて王都へと飛ばした。


 そしてアルラウネはその間にも、ヴェイセルに鍋をよそってくれている。彼女自身は契約しているミティラの魔力を栄養としているため食事はいらず、ときおり飲み物くらいを口にするだけなのだ。


 だからこうして、ヴェイセルの世話をしているのである。


「ありがとうアルラウネ。いただきます」


 ヴェイセルは彼女に見守られながら、スープをすする。


「うーん。温かくて生き返るなあ」


 体の芯までぽかぽかしてくる。

 これまで寒かったからこそ、このおいしさがある。とはいえ、やはりあったかい家でごろごろしているほうが幸せだ。


 そんな彼にミティラが尋ねる。


「ヴィーくん、もっと食べたい?」

「そりゃもちろん。ミティラの料理は最高だ」

「じゃあ、また調査に行こうね」


 笑顔で言うミティラ。しかし、そこに無言の圧力を感じるヴェイセルであった。

 ここで嫌だと言えば、料理を食べたくないということになってしまう。かといって素直に頷くこともできず、渋々納得することしかできなかった。


(うーん。なんだかお昼寝の時間が取れないなあ)


 最近はどうにも忙しくなっている。

 しょんぼりするヴェイセルの頭を、アルラウネがなでなでする。そうして慰められていた魔導師は、やがて満腹になると、ミティラの家のソファでごろりと横になる。


「おやすみなさい。食事の時間になったら起こしてくれ」


 意地でも眠くなったら寝てしまう。食べたすぐに居眠りするのだって、人の家のソファの上だって、躊躇しない。

 そんな彼に、少女たちは呆れ果てるのだった。


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