58 白いゴブリンと白い尻尾
あけましておめでとうございます。というのには少し遅くなってしまいましたが、今年初の更新です。年末年始が予想以上に立て込んでいて、なかなか書けずにいました。今年もよろしくお願いします。
前回のあらすじ
冬となり寒くなったヴェイセルは原因のダンジョンの調査に向かったところ、リーシャが雪の中にダイブ。
シロクマの魔物に遭遇するも、機神兵が結露して動かない。
鍋を食べるために帰ってきた。
機神兵に乗ってダンジョンの調査から戻ってきたヴェイセルは、ほっと一息ついていた。今日は朝早くから起こされており、すでに眠くなっているのだ。
しかし、金属である機神兵は寒く、その上わざわざ持っていったフェニックスの布団はリーシャが被っている。ヴェイセルがお昼寝できる環境ではないのだ。
せめてもの救いは、日没前に戻ってくることができたくらいだろう。
「ふああ……今日は疲れた。ご飯を食べて早く寝よう」
ついそんな弱音を吐いてしまうヴェイセルである。
「しょうがないなあ、ヴィーくんは。でも今日は頑張ったから、ヴィーくんの好きなもの作ってあげる」
「ありがとうミティラ! ダンジョンに行った甲斐があったなあ!」
「調子がいいんだから」
しぶしぶついていったヴェイセルだというのに、ミティラは苦笑い。
イリナも「ヴェイセルさん、おいしい料理頑張ります!」と張り切る。こちらも手伝ってくれるようだ。
やがて開拓村が見えてくると、エイネが声を上げる。
「到着ー! ヴェルくん、今日は大物が取れたね! 早速解体しよう!」
「ああ、あったかい鍋がいいな」
「あのシロクマ、魔法使わなかったから、どうなるか調べてみたいな。どんな魔法道具になるかなー」
「体の芯から温まるスープ。精がつくおいしい肉」
「でも残念なことにたいして魔法が使えないなら、身体能力を上げるだけの汎用の魔法道具にしちゃってもいいかも」
「冬眠中で脂身がおいしそうだ」
「ヴェルっち、待って。その前にちゃんと調べたい」
レシアまで二人のかみ合わない会話に入ってくると、あとは好き勝手に話をするばかりだ。
そうしていると、北寄りの土地にいるゴブリンたちが見えてくる。その姿は緑ではなく、雪のように白い。
「おいヴェイセル! 雪ゴブリンがいるぞ!」
リーシャが尻尾を立てながら、警戒を強める。
まさか、ダンジョンや北の土地から溢れてきた魔物がやってきたのか。
いやしかし、ヴェイセルは開拓村の警備をリビングメイルに任せている。いくら数が多かろうとも、雪ゴブリン程度の相手を倒せないはずがない。
一体どういうことかと考えていると、白だけでなく緑のゴブリンもいることに気がつく。
そして白いゴブリンに囃し立てられると、緑のゴブリンが積み上げられた雪の中に頭からダイブした。
「あれはいじめられているのでしょうか?」
イリナがそんな感想を漏らす。
一方でゴブリンたちを見ていたヴェイセルは、リーシャに視線を向ける。
「な、なんだヴェイセル」
「あのゴブリンですが――」
「違うぞ、王家に伝わる飛び込み術は、本当なんだからな。ゴブリンの真似をしたわけじゃないんだからな? 無理にやらされたわけでもないし、嘘じゃないんだぞ?」
リーシャは先ほど飛び込んでいたのを気にしていたようだ。しかし、ヴェイセルが言いたいのはそこではない。
「見てください。あの雪ゴブリン。普通のゴブリンと仲良くしています」
「だから嘘じゃ――む? 確かにそうだな」
やがて雪の中に潜っていたゴブリンが飛び出す。
「ゴブー!」
その姿は真っ白になっている。それを見た雪ゴブリンたちは「ゴブ!」「ゴブブ!」「ゴッブー!」と大興奮だ。
しかし、その一方で、真っ白な尻尾のレシアは青くなった。
「ヴェルっち。ゴブリンたち、転生してる」
「ああ。そうみたいだなあ」
自分の魔物のことだというのに、ヴェイセルはこの態度である。それだけじゃなく、彼は面倒そうに頭をかいた。
「うーん。ゴブリンの抜け殻、あの下にたくさん埋まってるんだろうな。どうするか」
魔物は転生して別の肉体を得ると、元の肉体を抜け殻として残す。本体である魔石に宿る精霊たちだけが移るからだ。
だがしかし、ゴブリンの抜け殻はなんの役にも立たない。暖炉の薪として使うのも、どうかと思われる。
が、レシアが困っているのはそこではない。
着陸した機神兵から勢いよく降りたレシアは、大慌てで雪の中に飛び込んでいく。
ズボッ!
真っ白な雪の中から白い尻尾だけが飛び出している。
(うーん。狐人族は雪の中に飛び込むクセがあるんだろうか?)
ヴェイセルがそんなことを考えていると、レシアは雪を掘り進み、やがて雪と一緒に緑のゴブリンの抜け殻を発掘し始めた。
そんなことがしばらく続くと、レシアは雪まみれになりながら、ヴェイセルのところに戻ってくる。
「ヴェルっち。レッドゴブリンがいなかった」
ほっとしたような、不安なようなレシア。
レアな魔物はそれを元にして生み出しても、通常の個体が生まれてしまう。つまり、レッドゴブリンが転生していたなら、もはやそのレアなゴブリンが生まれるまで、畑にゴブリンを植え続けねばならないのだ。
(レッドゴブリンとか、普通のゴブリンと違いないし、どうでもいいような……)
そう思ってしまうヴェイセルだが、レシアがレアな魔物にこだわっているのは知っている。ゴブリン自体はどうでもいいし、そもそもゴブリンはどんな種類だろうが変わらない。雪ゴブリンだって、白いだけで寒さに強いわけでもない。色違いみたいなものだ。
けれど、レシア自身のことは大切に思っているヴェイセルだから、
「それじゃあ、手分けして探すか」
と提案する。レシアの狐耳が起き上がる。普段はあまりアクションが少ない彼女だから、相当喜んでくれているようだ。
それから村の中をせっせと探し始めるも、室内にはいないようだ。
ヴェイセルはこんな寒い中、いったいどこにいるのだろうかと考えて、
(やっぱりあったかいところだよなあ)
と思いつく。
てくてくと歩いていき、工房の裏側へ。そこは普段火を使うため、温まっているのだ。
そこには見慣れない樽が一つ。ゴブリンが一体入れるサイズだ。
蓋を開けてみると、すやすやと眠っているレッドゴブリンが一体。
「まったく。どうしてゴブリンというやつは、こうも堕落しているのか」
普段の彼のほうがよほどだらしがないが、そんなことを言うヴェイセルである。
彼はレッドゴブリンを持ち上げて、抱えながらレシアのところに行く。
彼女は白い尻尾をぱたぱたと振りながら駆け寄ってきた。長い付き合いになるヴェイセルでも、そんな嬉しそうなところを見るのは初めてだ。よほどこのレッドゴブリンに愛着があるのだろう。ヴェイセルにはよくわからないが。
「探し物が見つかったぞ」
「……よかった」
レシアはレッドゴブリンを抱えながらはにかむ。
と、それから視線をヴェイセルに向けた。
「ヴェルっち。……ありがと」
「ああ、よかったな。さて、これで魔導師はお役御免だ。さあ、ミティラの料理を食べに行こう。楽しみだなあ」
面倒くさがりのヴェイセルだが、彼女たちのお願いとあらば、のそのそと動き出し、解決すると恩着せがましさの欠片も見せない。
そんな姿にレシアは笑みを浮かべたのだが、ヴェイセルの意識はすでに鍋にしか行かず、見ていなかった。
やがてリーシャたちも戻ってくると、赤いゴブリンに苦笑い。
「まったく、お騒がせゴブリンめ」
「ヴィーくんみたいよね」
「ひどい言われようだ。……ところでミティラ、ご飯にしよう」
「その前に、レシアちゃんが見たいって言ってたでしょ?」
だから今度はあのシロクマに異常がないかなど、レシアが調べることに。
その間にミティラの家に入ると、アルラウネがやってきた。
彼女はそもそも寒い地域の魔物ではない。だから外に埋まっているわけにもいかず、今は家の中にいる。
ヴェイセルのところにやってくる彼女。その姿を見ていて、ヴェイセルはうーん、と首を傾げた。
「アルラウネ、大丈夫か?」
彼女もまた、ヴェイセルと揃って首を傾げる。
「こんなに寒くなったら、雪も積もっているし、外で光合成もできないだろう? ちょっと疲れているようにも見えるからさ。お昼寝は大事だ」
彼が告げると、アルラウネがはっとしつつも微笑む。
普段はなにかとぼんやりしている彼だが、そういうところは気づくのである。
アルラウネが大丈夫だと手を振る。そんな彼女を見たヴェイセルは、
「ミティラ。植木鉢を置く余裕あるかな?」
「ええ、でもヴィーくん、陶芸なんてできたの?」
「まさか。樽の工房があるから、そこでアルラウネが入れるサイズで木製の植木鉢を作ってもらおうと思って。木で作ると腐りやすかったりするけれど、一冬くらいならなんとかならないかなと。どうかな?」
アルラウネに告げると、彼女は嬉しそうにこくこくと頷いた。
ならば早速作ろうかと思って出かけようとしたヴェイセルは、入ってきたレシアに呼び止められた。そしてエイネも一緒に入ってきて声をかける。
「ヴェルっち。終わったから、解体して」
「あ、じゃあヴェルくん、一緒に行こうよ。魔法道具に使う部分と鍋にする部分、切り分けてほしいんだ」
鍋の話となれば、断るわけにもいかない。しかし、ヴェイセルはおや、と首を傾げた。
「機神兵使えば、肉も切れるんじゃないか?」
「それがね、工房に入れたら結露しちゃったんだ」
「またかよ」
ヴェイセルは呆れつつも、二人に連れられていく。
そうすると、なぜかイリナまで一緒についてくる。
「……料理のお手伝いするんじゃ?」
「ヴェイセルさんのお肉のお手伝いです!」
張り切るイリナ。視線はどことなくアルラウネに向かっている。
ミティラもアルラウネが手伝ってくれるため気にしていないようだったから、ヴェイセルも気にしないことにした。
そうして研究所に行くとヴェイセルは鬼包丁の魔法道具を用いると、一瞬で肉を切り分ける。
スパッスパパパパ!
あっという間に部位ごとに分けられていく。そしてヴェイセルが魔法道具をしまい込んだ。
「ヴェルくんすごい。魔導師を隠居して、お肉屋さんを始めたらどう?」
「ヴェルっちには無理。肉を枕にして寝ちゃう」
「さすがに俺でもそんなことはしないぞ。ちゃんと裏のほうで大人しく寝るからな。だから店番なんて苦行はできない。あと、魔法道具がないとカットできないから」
「魔法道具代のほうが高いのではないでしょうか……?」
かっこよく作業したはずなのに、株が下がった気がするヴェイセルであった。
それが終わると、今度はヴェイセルは一人でリビングメイルを連れて村の外に行って木々を切る。
植木鉢に相応しい木材を作り上げると、ワイン樽の工房へ。そこではゴブリンたちも働いている。なかなか様になっているようだ。
「やあゴブリンたち。職人たちはいないかい?」
「ゴブッ!」
ゴブリンは案内どころか、指さしだけで終わらせた。
(主人がやってきたのに、なんという対応だ)
こっちは忙しいのに、暇そうなやつがまたやってきたとでも言いたげな顔である。すでに彼らにとって、主人はヴェイセルではなく職人たちなのだろう。
ヴェイセルは彼らのところに行き木材を渡す。
「アルラウネが入れる植木鉢を作ってくれ」
「ですが、本職のようには作れませんよ?」
「それで構わない」
「いい贈り物ができるように、尽力します。……花のお嬢さんばかりと仲良くしていると、嫉妬されてしまいますよ?」
「うん? それはないだろ。アルラウネは皆と仲がいいし」
てんで見当違いのことを言うヴェイセルに苦笑しながらも、職人は「早めに作ります」と告げるのだった。
これでようやくすべきことは終わった。
いよいよ鍋にありつけると、魔導師はお腹を撫でるのだった。




