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56 狐、雪中ダイブ!

 ダンジョンに赴くことになったヴェイセルは、あったかほかほかなエイネの工房を出ると、寒暖の差にぶるぶると震える。


「うー、寒いな。日が昇ってあったかくなってくれればいいんだけど……」

「ヴェルくん、だらしないなー。そんな調子じゃ風邪引いちゃうぞ?」

「完全防寒装備のエイネに言われてもな……」


 ヴェイセルはエイネの姿を眺める。こちらもイリナからもらった防寒着でもこもこしている。これでは寒いはずがない。


 エイネはそんなヴェイセルを見て、あっけらかんと告げる。


「じゃあヴェルくんも一緒に入る? ぎゅうぎゅうになりそうだけど、二人なら入るかもしれないよ?」


 エイネは羽毛でできたもこもこの外套の前を開けてみせる。そうすると、彼女の普段着である軽装が見えた。ちょっぴり悩ましげな仕草をして誘ってくるエイネ。


 二人で入るということは……。


 ヴェイセルは温かそうでいいなあと思う反面、エイネと一緒に抱き合う形になるのは……いいなあと思ってしまう。


(うーん。デメリットが見当たらないぞ?)


 ヴェイセルはエイネの温かそうな尻尾を眺める。


 この尻尾はあまり大きくないが、エイネが小柄なため、比すとそこまで小さいわけでもない。しかしレシアは元々尻尾が大きくもこもこしている上に彼女自身は小型なため、そちらと比べると、どうしても抱き枕には小さいように感じてしまう。


 けれど、この寒さをなんとかしてくれるものであれば、頼るのはやぶさかではない。

 ヴェイセルがそちらにふらりとつられた瞬間、


「おいヴェイセル。なにをしているんだ?」


 リーシャの声が聞こえた。なんだか機嫌がよくないようにも見えるのだ。ヴェイセルはそれではっとする。


(そうか。俺だけあったかい格好になったら、リーシャ様も不満なんだろうな。イリナもどうせなら全員分作ってくれればよかったのに)


 それに、ヴェイセルには思い当たることもある。ダンジョンの調査に行くのだから、動けないと困るのだ。


「リーシャ様が一緒に入ってください」


 ぽかんとした顔になるリーシャ。そんな彼女にヴェイセルはぐっと拳を握ってみせる。


「俺は大丈夫ですから。リーシャ様が動けなくとも、俺がしっかり守りますよ」

「そ、そうか。守ってくれるのか」

「ええ、もちろんです。お任せください」

「うむ。頼りにしているぞ。……えへへ」


 リーシャがぱたぱたぱたぱたと尻尾を振っている中、マイペースなエイネは機神兵を外に出して、飛行する準備をしていた。


 そんな様子を見たイリナは狐耳をぱたぱたと動かしながら、


「機神兵さん、金属なのでかなり冷えるんじゃないですか?」


 と首を傾げる。

 そうするとエイネが自慢げに胸を張る。


「大丈夫だよ。機神兵は極寒の地域でも熱砂が広がる灼熱地帯でも動けるようにメンテナンスされているからね! マグマの中だってへっちゃらだよ! ……あ、そうでもないかも。実験してないからわかんないや。今度ヴェルくんに手伝ってもらおうかなー。ヴェルくんなら燃えても大丈夫そうだし」


 エイネは機神兵の機能についてつらつらと語る。

 イリナが尋ねたのは、「乗っていると寒いのじゃないか」ということなのだが、エイネは「寒くて動かないんじゃないか」という心配に受け取ったのだ。いや、ある程度はそうだと理解しているのだが、興味のある話しかする気がなかったのかもしれない。


 それを聞いていたヴェイセルは、エイネにやらされそうなことにぶるりと震え、さらに冷たい機神兵の上を想像してますます身震いし、「ちょっと準備してくる。すぐに戻るから待っていてくれ」と告げて、自分の家に飛び込んでいった。



    ◇



「なんでレシアがいるんだ?」

「ゴブリン、回収しに来た」


 家から戻ってきたヴェイセルが尋ねると、機神兵の上にはゴブリンを持ったレシアが乗っていた。どうやら、逃げたゴブリンを探していたらしい。


 こっそりいなくなったのがバレたゴブリンが震えているのは、寒さのせいか、それとも……。初めから逃げなければよかったのに、と思うヴェイセルだった。


「来たらだめ?」

「だめじゃないけど、そんなわざわざ寒いところについてこなくても……」


 そんなヴェイセルが最後に機神兵の上に乗ると、ミティラが呆れた視線を向ける。


「ねえヴィーくん。その格好はなに?」


 彼は今、フェニックスの羽毛布団にすっぽりとくるまっていた。これがあれば、どこでも温かいのだ。


「羽毛布団だけど……『じゃあミティラも一緒に入る? ぎゅうぎゅうになりそうだけど、二人なら入るかもしれないよ?』」


 エイネの真似をして、羽毛布団の端を開いてみようとしたヴェイセルだったが、ほんの一瞬だけ外気が流れ込んでくると、寒さにすぐ引っ込めた。


「全然入れる気ないじゃないの」

「無理に勧誘する気はないんだよ。来たくないなら来なくていい。来たいのなら拒まない。自由な意思を尊重しているんだ」

「なに言っているのヴィーくん」


 ますます呆れるミティラであったが、その隣にいた黒い尻尾が激しさを増す。


「行きます! イリナ行きます!!」


 動く羽毛布団目がけて飛び込んだイリナは、ヴェイセルにぎゅっと抱きつく。二人でいればその分、あったかいはずなのだが、ヴェイセルはどうにも寒く感じられる。


(はて、どういうことだろうか?)


 そちらを見ると、答えは明らかだった。

 イリナの尻尾が激しく揺れ動き、羽毛布団など蹴散らしてしまっているのである。これでは温かい空気など一瞬で逃げていってしまう。


「イ、イリナ! それはだめだ。だめなんだから!」


 リーシャがやってきて、イリナを引きはがそうとする。が、彼女の尻尾は大暴れしているため、ちょっとやそっとでは止まらない。


「そうですよね、リーシャ様。せっかく暖めたのが無駄になってしまいます」

「……ヴェイセルのアホ」


 そう言われて戸惑うヴェイセルであったが、


「それじゃあ出発だー!」


 元気のいいエイネの声が上がると、機神兵が勢いよく浮かび上がっていく。まったく他人の事情など気にしない少女だった。


 上空に向かうと暴れていた少女も少しは落ち着くのだった。



    ◇



 北に向かう機神兵の上で、ヴェイセルはじっとしていた。その腕の中にはゴブリンがいる。


 少女たちがなにかと揉めているうちに、レシアからこっそり逃げてきたそのゴブリンは、あったかそうな羽毛布団の中に入り込むなり、すぴーと寝息を立て始めたのである。


(なんという怠け者だ)


 ヴェイセルは自分のことはさておき、ゴブリンをそう評価するのだった。


 そんな一行であったが、機神兵の上にいたエイネは、向こうを見据えて声を上げた。


「ずっと遠くは吹雪いているみたいだね! その手前のダンジョンに入ってみる?」

「引き返すという選択はないのか? これ以上寒くなったら、凍えちまう」

「ヴェルくんの羽毛布団、改造して燃えるようにしてあげるよ?」

「そんな無体な」


 エイネの指示の下、機神兵はダンジョンに向かっていく。そうしてあたかも歪んでいるかに見える空間に飛び込むと、そこには一面が真っ白になっている光景が広がっていた。


 見渡す限りの雪原に、一同はどうしたものかと考える。

 そしてヴェイセルがぽんと手を打った。


「うーん。なにもありませんね。帰りましょうか」

「ヴィーくん。まだなにもしていないじゃない」

「だって、こんな雪の中どうやって探すんだ?」


 ヴェイセルが首を傾げると、リーシャが狐耳をピンと立てた。そして自慢げに立ち上がる。


「困っているようだな、ヴェイセル」

「どうかしたんですかリーシャ様?」

「うむ。王家に伝わる秘術があるんだ。昔、父上が教えてくれた」

「へえ、あのおっさんがそんなことを……」


 国王の姿を思い浮かべ、たまにはまともなことを考えるのだなあ、と思っている彼の隣にいたリーシャは、狐耳を動かし可愛らしく首を傾げたかと思いきや、勢いよく雪中に頭から飛び込んだ。


 ズボッ!


 いい音を立てたリーシャは今、尻尾しか見えない。ついでに逆さまになっているため、ドレスもめくれてしまって下半身も露わになっているのだが、ヴェイセルは見なかったことにしてあげた。朝からたたき起こされた魔導師の思いやりだ。


 狐は雪の中にいるネズミなど獲物を優れた聴力で探し出し、このようにダイブして捕まえるというが……。


「リーシャ様、大丈夫ですか?」


 雪はそれなりの深さがあるようだったから、頭をぶつけて大変なことにはなっていないはずだが、万が一のこともある。


 やがて地面からこもった声が聞こえ、リーシャの足がバタバタと動く。それからぴょんと飛び出した。


「どうだヴェイセル! 捕まえたぞ!」


 リーシャが笑顔で持っているのは、野生のゴブリンだった。しかし、色は真っ白である。寒冷地において見られる雪ゴブリンであった。


 ヴェイセルは咄嗟に彼女のところに飛び込むと、掴まれて不満げにしている白いゴブリンを掴んでぶん投げた。


「リーシャ様、危ないですよ! たかがゴブリンといっても、野生なんですからね。襲われたらどうするんですか」

「す、すまない」


 リーシャはしょんぼりして狐耳をぺたんと倒してしまう。

 そんな彼女をひょいと抱きかかえると、ヴェイセルは機神兵の上に戻る。その最中、リーシャはヴェイセルが羽毛布団を着ていないことに気がついた。


「リーシャ様、このままじゃ風邪引いちゃいますよ」


 ヴェイセルは彼女の雪を払ってあげてから、羽毛布団の中にいたゴブリンを蹴飛ばして、それをリーシャに着せてあげる。


「暑かったりしたら言ってくださいね」


 ヴェイセルが微笑むと、リーシャは顔を赤らめ、口元まで羽毛布団で隠してしまった。そんなリーシャに、イリナがおずおずと尋ねる。


「あの、さっきの秘術ってなんの意味があったんですか?」

「雪の中にいる相手をバッチリ捕まえられるんだぞ。母上が父上をこれで捕まえたそうだ」


 そんな話を聞いていたヴェイセルは、


(あのおっさん、なんで雪の中にいたんだ?)


 と呆れて首を傾げるのだった。

 そんな一方でリーシャは、小声で呟く。


「でも、私が捕まえられちゃったな……」


 はにかみながら、ときに優しさをみせる魔導師のほうを眺めるのだった。


今回話題になったリーシャの飛び込みですが、「Fox Dives Headfirst Into Snow」などと動画を検索すると、狐が雪の中にダイブする素敵な映像が見られます。ふわふわこんこんです!


また、今回の更新で20万字になりました。結構書いたなあと思う一方で、最近は忙しくて時間が取れず、反省するばかりです。

今後も楽しんでいただけるよう頑張って書いていきますので、よろしくお願いします。

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