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48 赤の尻尾に導かれ

 その日も、やる気なし魔導師はお昼寝を楽しんでいた。

 日が昇ってぽかぽかしてきた中、のんびりと過ごす。この時間に寝ていると、実に気持ちがいいのだ。


(うーん。やっぱり、平凡は素晴らしい)


 なんだかんだと働かされることが多くなってきたヴェイセルは、この至福の時間を堪能する。


 しかし――。


「ヴェルくん、おはよう。起きてる? 起きてないなら起きてー」


 ドアをノックする音とともに、エイネの声が聞こえてくる。

 ヴェイセルはごろりと寝返りを打つと、


「おはようエイネ。まだ寝ているから、用件はあとにしてくれ。ぐう」


 布団を頭から被った。エイネ特製のフェニックスの羽毛布団である。

 そうしてごろごろしていたヴェイセルだが、


「ほら、起きて起きて」


 いつしかすぐ間近から声が聞こえてくる。


(はて、俺の耳がおかしくなったのだろうか?)


 そう思って目を開けると、すぐ近くでぱたぱたと揺れる赤い尻尾。

 前にもこんなことがあった気がする。ヴェイセルは思い出しながら、同じ質問を繰り返した。


「なんでエイネがここにいるんだ?」

「まったく、ヴェルくんったら。女の子が起こしに来てくれたんだよ? それが一番に言う台詞?」

「確かに。……もうご飯の時間?」

「ヴェルくんの女の子に求めるものって、ご飯しかないの?」

「いやだって、リーシャ様は俺を働かせようとしてくるけれどそれが特別なだけで、ほかに起こしに来るミティラはいつも飯を作ってくれるから」

「ヴェルくん、いくらミティラがダメな男に優しいからって、甘えすぎていたら、そのうち限界超えちゃうよ?」


 あの優しいミティラが怒る姿は想像できなかった。むしろ、陰でひっそり泣くタイプではないか。


 ともかく、ヴェイセルもミティラにはいつも世話になっている覚えがある。


「……気をつけよう。それでなんの用?」

「兵隊さんがね、鉱石のありそうな場所を見つけたんだ。採掘に行こうよ」

「それが女の子が起こしに来て言う台詞?」

「女の子は光るものに弱いんだよ。宝石とか、鉄とか鋼とか」


 最後のほうはちょっと違わないか。そう思ったヴェイセルであったが、突っ込む気力もなく、大きな欠伸をしながら部屋を出た。


 すると、その前で待っていた機神兵がドアを閉め、鍵穴になにやら金属パーツを突っ込むと、ガシャン。鍵を回した。


「……ちょっと待て。なんで鍵を持ってるんだ?」

「え? 持ってないよ? 機神兵に閉じてもらっただけだし」

「もっとおかしくない? というか、俺のプライベートはどうなってるの?」

「ヴェルくんが本気で入ってほしくなかったら、魔法道具でなんとかしているでしょ? だから、いつでもウェルカムってことかなーって」

「なにその友達できてそわそわしているぼっちみたいな印象」


 とはいえヴェイセルにはエイネたち以外にこれといった友達もいないので、あながち間違ってもいない。


 そんな調子のエイネについていき、やがてヴェイセルは研究所に入っていった。


「やっほー、レシア。元気? うんうん、元気そうだね。クリスタルゴーレム借りていくからよろしくね」

「……なにするの?」


 いきなりやってきたエイネに、レシアは相変わらずの無表情のまま首を傾げた。


「ダンジョンに行くんだ。いい採掘場が見つかったみたいだから、早速、ヴェルくんに手伝ってもらうことにしたんだよ」

「一緒に行く」


 レシアはごそごそと荷物を漁り、それからクリスタルゴーレムの目の前で白い尻尾を振る。そうすると、どういうわけかそのゴーレムはレシアの意図するように動き始める。


 そんなところを見たヴェイセルは、


(うーん。あれ俺の魔物なんだけどな……俺より主人っぽくない? というか、あれで命令伝わるの?)


 などと、ちょっぴり自信をなくすのだった。


 レシアは大きな荷物をクリスタルゴーレムに背負わせると、真っ先に研究所を出る。

 ヴェイセルはそんな彼女のあとに続き、北へと視線を向ける。そこでふと、思うことがあった。


「あのさ。ゴブの巣の材料頼まれていたけど……あいつら兵舎に住んでいるし、普通の木で作ったらダメなのか?」


 すでに伐採はおおかた終わり、ゴブリンの居住用空間は確保されている。

 レシアは少し悩んでから、


「最小の空間にゴブリンを詰め込むには、強度が不十分」


 と、告げるのだ。


(……そもそもゴブリン、詰め込む必要あるのか?)


 よくよく考えてみれば、たかがゴブリンの家にこだわるほうがどうかしている。これはおそらく、レシアの趣味が近いかもしれない。


 彼女がなにか興味を示すような新しい素材を得て、それをゴブの巣で試す。それこそが目的だ。


 となれば、別にやらなくてもいいのだが、レシアのお願いだ。ヴェイセルは断ることなんぞできるはずもない。


「ヴェルくん、早く早く。のんびりしていると置いていっちゃうよ?」


 機神兵に乗ったエイネが急かす。その隣には、クリスタルゴーレムとレシアの姿。


「別に置いていってくれても構わないんだけど」


 そんなことを言ったヴェイセルだが、機神兵から伸びてきた手がひょいと彼を掴み、背に乗せた。拒否権はないようだ。


 そうしてぐんぐんと北へと向かっていく機神兵。

 やがて魔力の高まっている土地が近づいてくると、ヴェイセルは早速ヤタガラスの魔法道具で先行して内部の調査を行う。


 どうやら山間部に近いダンジョンで、あちこち岩肌が露出している。掘れば鉱物も出てくるかもしれないが、あまり期待できそうにない。


 それに、ダンジョンの魔力もさほど高くないため、こんなところではエイネが大喜びするような大物は得られそうにもなかった。


 とはいえ、わざわざここまで来たのだからダンジョンの調査もついでに済ませておきたい。リーシャが満足すれば、当面は働かなくてもなんにも言われなくなるだろう。


 ヴェイセルはあちこちをヤタガラスに調べさせるが、いるのは野生のゴブリンとか、そんなのばかりだ。


 ここも平和なダンジョンらしい。


 早速、機神兵はダンジョンの中に入ると、掘りやすそうなところに着陸する。


「ヴェルっち。魔力を込めて?」


 どうやらレシアは、クリスタルゴーレムに魔力を込めた際の挙動を見たくてついてきたようだ。


 となれば、たまにはかっこいいところを見せたくなるのが普通だが、やはりやる気なし魔導師の名は伊達じゃない。


 クリスタルゴーレムに魔力を分け与えると、機神兵の上に寝ころがった。あとは全部、この魔物がやってくれるだろうと。


 レシアも魔物の様子を眺めているため、特に問題ないだろう。


 それから採掘作業が行われていく。

 クリスタルゴーレムは宝石の探査に長けた魔物だが、残念なことに、そんな気配はない。


 しばらく探させれば、エイネも満足するだろう。終わったら、帰って報告書を書いて、お昼寝しよう。


 ヴェイセルはそう思っていたのだが、がばっと起き上がった。


「この反応は……!」


 ヴェイセルの変化に、レシアもエイネも彼に視線を向ける。

 このやる気なし魔導師が珍しくやる気になっている。いったいなにを見つけたというのか。高ランクの魔物か、はたまたすごい素材があったのか。二人は口を挟まずに、彼を見守る。


 そして先ほどクリスタルゴーレムが潜っていった穴を眺めると、そこから透明な赤の頭が戻ってくる。


 ヴェイセルは期待に胸を膨らませ、成果を待つ。

 そして、勢いよくクリスタルゴーレムが飛び出したあとから、水が噴き出した。キラキラと輝くそれは――


「温泉だ! やった!」


 浮かれる魔導師は、感動を分かち合おうと、二人に視線を向ける。そこにあったのは、呆れ果てた二人の顔だった。


(……あれ? 二人とも、温泉好きじゃないのか?)


 ヴェイセルはなぜだろう、と首を傾げるのだった。



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