21 金の尻尾、銀の尻尾
その日の晩、たき火を囲んで兵たちはさんざん好き勝手に騒いでいた。
暗くなったため、誰もが本日の作業はすべて終わりにして、たまの息抜きに興じている。
男たちは酒瓶の栓が抜かれるたびにやんややんやと囃し立て、顔を赤らめていく。
そんな騒ぎの中、ヴェイセルは少し離れたところで食事を口にしていた。今日はミティラが作ったものではなく、兵たちが合同で作ったものなので、味付けはおおざっぱでいつもとはかなり異なっている。
だが、たまにはそれも悪くない。
ヴェイセルは食事をつまんでは口に運び、果汁で流し込む。呑気な彼はそれだけで十分楽しめているのだが、端からすれば黄昏れているようにも見える。
基本的に寝ているか、動いていればリーシャたちといるか村の外にいる彼のことだ、兵たちはよく知らない。だから上官がなにか考えているようだが、誰もが声をかけにくくて仕方なかったのだろう。
彼のほうはまったく気にしていないのだが……。
そんな雰囲気を感じ取ったのかどうか。ヴェイセルが肉にかじりつこうとした瞬間、ひょいと横から伸びてきた手がそれを奪い取った。
見れば、緑色の小鬼がにこやかな顔で肉に歯を立てている。
「いきなりなにするんだ」
そもそもゴブリンはヴェイセルから供給される魔力で生きており食事は必要なく、その分が用意されていないため、こうしてこっそりくすねるしかないのだろう。
さて、ヴェイセルがそうしてゴブリンとじゃれ合っていると、兵たちに笑いが生じる。といっても、それは小馬鹿にしたようなものではなく、親しみやすさを感じたからのものだ。
「ははは、おいヴェイセル! お前もそんなところにいないで、こっちに来るといい!」
酔っ払いの声が聞こえると、そちらにはジェラルドのおっさんがいた。
ヴェイセルはそれを見て、
「嫌だよ、おっさん、間違いなく酒臭いじゃないか」
「まったく、お前さんは嬢ちゃんらの尻尾ばっかり追いかけて、俺たちの尻尾にゃあ興味がねえってか」
ジェラルドが立ち上がると、
「おやっさん、尻尾ないじゃないっすかあ!」
とどこかの兵がからかった。
「てめえ、馬鹿にしやがって。尻尾がどんなもんだ。引っこ抜いてやる!」
ジェラルドがドタドタと追いかけ始めると、その兵はさっと身を翻して逃げ始める。が、これまた打ち解けた様子の諍いであったので、むしろ小気味いいくらいであった。
はてさて、そうなると兵たちも調子に乗り始める。
ジェラルドに尻尾を見せつけてみたり、それを引っこ抜く仕草をする者が現れたり。しまいには、彼らは尻尾を絡めて引っ張り合う相撲まで始めてしまった。
そんな様子を見ていたヴェイセルのところに、リーシャとミティラがやってきた。
「なんだヴェイセル。そんなに尻尾がないのが気になるか?」
「まさか。俺はこの姿でずっと生きていますから、あるほうが想像できませんよ」
「それでいい。お前は尻尾を追いかけているくらいで」
リーシャはご機嫌になって、ヴェイセルの目の前で尻尾を揺らしてみせる。そうするとミティラも一緒になって尻尾をふりふり。
そして悪戯っぽい笑みを浮かべ、こんなことを言うのだ。
「ヴィーくんはどっちがお好み?」
目の前で揺れる金と銀の尻尾。
それらはどちらも美しく比べようもないのだが、リーシャは本気になってしまったようだ。彼女は頑張って、ヴェイセルの視線を尻尾で追わんとする。
するとヴェイセルの目の前で尻尾が揺れて、彼の鼻先をふわふわとかすめていく。
「ふ、ふぇ……ふぇっくしょい!」
ヴェイセルが大きなくしゃみをすると、リーシャが目を丸くした。ミティラはいつの間にか尻尾を丸めており、被害が及ばぬように遠ざけている。
「お、おおおお前は私の尻尾をなんだと思っているんだ!」
「すみません! どうにもくすぐったくて……」
「む、私の毛並みが悪いって言うのか」
「そうは言ってませんよ。とても素晴らしい毛並みだと思っています。それはもう、毎晩抱きかかえたいくらい」
「なっ……なっ……!」
リーシャは顔を赤らめ、尻尾をぱたぱたと振る。
ヴェイセルはそんなリーシャを見て、
(やっぱりリーシャ様の尻尾は暖かくて柔らかいしいいよなあ。アルラウネの花弁もなかなかに捨てがたいが、こちらもこちらで素晴らしい)
などと考えていたのだが、知らぬが仏というやつである。
ミティラはそんな二人の様子を笑顔で見守っていた。
さて、そうしているうちに兵たちはすっかり盛り上がって、いつしか一発芸なんぞを始めている。
それを見て、リーシャはけらけらと笑い、ミティラは困ったように笑みを湛えていた。
そんな中、ゴブリンたちが登場。
あるゴブリンがごろりと寝ころがると、あるゴブリンが尻につけた穂――尻尾もどきでぺしぺしと叩いてみせる。そうすると寝ころがりながらへこへこと頭を下げるゴブリンのところに、別の尻尾もどきをつけたゴブリンがやってきた。
二つの尻尾もどきを追いかけるゴブリンの姿を見て、兵たちがどっと笑う。
「くそ、ゴブリンめ調子に乗りやがって!」
ヴェイセルが言うと、リーシャが呼応する。
「軽作業を回していたが……どうやら元気が有り余っているようだな。明日からはもっと体力を使う作業でもよさそうだ」
そしてミティラ。
「そういえばアルラウネが畑を耕す要員がほしいって言ってたわ。ノームには荷物番をしてもらうから……そうね、ゴブリンなんかがいいんじゃないかしら」
三人がそんなことを言ってるのもつゆ知らず、ゴブリンは喝采の中、そんな物真似を続けていた。
引き時を誤る。それこそゴブリンが間抜けとされている証左だった。
そんな調子で宴はずっと続いていたが、夜も更けるとそこらで居眠りし始める兵が兵舎へと運び込まれ、一人二人と数が減っていく。
次第に場も静まってきて、先ほどまでの勢いがよかったからこそ、今がかえって物寂しく思われた。
「もう、終わりか……」
リーシャがぽつりと呟いた。
宴の終わりはいつだってこんなものだ。けれど、ヴェイセルはこの余韻が嫌いではなかった。
「また、いつか始めればいいんです。そしてそのときを楽しみにすれば、これからも生きる糧となってくれるでしょう」
「ああ、そうだな。……なあヴェイセル。もう少しこの村が大きくなったら、祭りを行おうと思うんだ」
「いいですね。隣村から人々も集まるかもしれません」
「いずれは国中から集まるようにするんだ」
それはリーシャの子供染みた願望でもあった。もちろん、彼女だってそうなるまでにどれほどかかるか、わかっていないわけではない。
いや、わかっていないからこそ、そう口にすることができたのかもしれない。
「いいですね。では、リーシャ様はお祭り担当にしましょう」
ミティラもそういって、まずはリーシャを祭り上げることにした。
村の最高責任者に比べればちっぽけな役職だが、彼女はそれを気に入ったようだ。
ヴェイセルも、リーシャもミティラも。
今は三人とも別の未来を思い浮かべ、同じ村の未来に思いを馳せていた。




