15 赤毛の少女の贈り物
ヴェイセルが十数回欠伸をする間に、村の上空に巨大な機械の魔物は到着していた。
村に影が落ち、それを見上げた兵たちは悲鳴を上げた。
「うううわああ! 機神兵が、なんでこんなところに!?」
彼らの慌てぶりもさもありなん、この機神兵はランク5の魔物である。そこらの兵数百人など簡単に蹴散らしてしまう強さを誇っていた。
が、そいつは機械の愛嬌のある顔で、ある馬車のところへゆっくりと降りていく。
すかさず表に出たのはリーシャとミティラ。今ここでヴェイセルを除いた者たちで、あれに対抗できるのは彼女たちしかいない。
しかし、ランク5の魔物である天狐を従えたリーシャも実戦経験などほぼないに等しく、ミティラはランク4のノームとランク3のアルラウネと、彼女の優れた魔法の才能に比してそこまで強力な魔物を連れているわけではない。
だが、彼女たちはその魔物を見て、ほっと一息ついた。機械の顔が、彼女たちを見つけるとウィンクしたのだ。
「まったく、エイネのやつめ。常識というものがないのかあいつには」
こんなものをいきなり寄こせばパニックになるだろう。そこに主人がいるならまだしも、ランク5の魔物を引き連れている者自体がほとんどいないのだから、野生の魔物だと思われる可能性が高い。
「皆さん、落ち着いてください。あれは知り合いの魔物です」
ミティラが告げると、兵たちはほっと一息ついた。
それから二人は、もう一人の常識なしのところに向かっていく。機神兵とともに馬車の中を覗いた二人は、寝ころがっている魔導師の姿を見つけた。
「あれ、リーシャ様、どうしたんですか?」
「誰もがお前のように図太い神経をしていると思うなよ?」
「そんな。俺はこれでも繊細なんですよ」
「そうだな、ゴブリンくらいには繊細だな」
リーシャは繊細な指で、ちっとも繊細じゃない動きで袋をむんずと掴んだ。
「なにをもらってきたんだ?」
袋の中には、動物の羽があれば、金属の塊もある。雑多なそれは統一性がなく、唯一の共通点と言えば、魔物の肉体をベースにしている、ということだろう。
「リーシャ様見てわかるんですか?」
「ちっともわからん」
リーシャはそう言って胸を張った。
はてさて、ヴェイセルが中身を確かめていくと、機神兵が内側からレンズを外に向け、馬車の壁に映像を投射した。
そうすると、先の少女エイネの姿が映し出される。どうやら、ヴェイセルが待っている間に撮っていたもののようだ。
「やっほー。ヴェルくん、久しぶり! 北に行ったんだって? 災難だねー。でもそんなヴェルくんに朗報! なんとね、北にはランク6の魔物が出る可能性があるんだって! というわけで、ヴェルくんにはその魔物を倒して持ってくる権利を上げよう。頑張ってね!」
好き勝手なことを言って、映像は切れた。かと思いきや、シーンは切り替わって、今度は魔法道具の説明が延々と続く。
その間にもエイネはなにかしらの作業を行っているらしく、右に行ったり左に行ったり、画面の端に尻尾が映っていればいいほうだ。
そんな尻尾を眺めていたヴェイセルだったが、長い説明が終わると、エイネは顔を写すこともなく、画面の端の尻尾をぱたぱたと振って「じゃあまたね-」とだけ言って画像が切れた。
「なあヴェイセル。私たちはなにを見ていたんだ?」
「尻尾ですね」
やる気があるのかないのかよくわからないメッセージを見せられた二人は、もう少女の映らなくなった壁を見続けていたが、ミティラがうーん、と悩み始める。
「ランク6の魔物って……本当かしら?」
都市が滅ぶ規模の強さを持つランク5の魔物でさえも滅多に遭遇することはなく、ランク6の魔物となれば国の危機であり、ここ数十年現れていない、と一般にはされている。もっとも、それは国民たちの中に信じられている話であり、実際は出現するも騒動にならないよう秘匿されているだけだろう。
実際、ヴェイセルは一度倒した経験があった。
なにを隠そう、この機神兵はそのとき手に入れた魔石から作られた魔物である。ランクは高確率で一つ下の魔物ができあがるため、残念ながらランク6にはならなかったが。
そのような経緯があるから、エイネはもう一度ランク6の魔石が見たいと期待を込めてメッセージを送ってきたのだ。
魔物の素材を元にして魔法道具を作っている彼女だから、新しい可能性に胸を躍らせているのだろう。
「まあ、いたらいたで、倒せばいいんじゃないか」
「お前は危機感というものがないな……」
リーシャが呆れかえるも、ヴェイセルとしては至極まっとうなことを言ったつもりなので、納得できないものがあった。
「まあ、この辺りで魔力は感じませんから大丈夫でしょう。そのうち調査しておきますよ」
「『そのうち』というのが早い時期だといいんだがな」
ともかく、それは噂話に過ぎないだろう、と話はそこで終わることになった。それより、とヴェイセルが外に促したのだ。
そして向かう先は、ゴミ捨て場である。
「見てくださいリーシャ様。まず、メタルゴーレムの力で金属を分けます」
ヴェイセルは先の袋の中から金属の棒を取り出すと、ゴミの山に向けた。そうすると、金属がしっかり分類されながら転がってくる。
「次に、レッドドラゴンの炎で燃やします」
竜の牙をそちらに向けると、地面で魔力が高まり、ゴミの山が一気に燃え上がった。一瞬で高温に達したそれらは、あっという間に炭化した。
「あとはこの灰を処理すればいい。場合によっては畑に使ってもいい……というわけなんですが、どうでしょう?」
「お前……その魔法道具、ランクいくつのものだ?」
「4ですね。どうかしました?」
「その財力はどこから出てくるんだ? まさか盗んできてるんじゃ……」
リーシャはヴェイセルにおそるおそる尋ねる。
彼はできる限り、心配に思わせないように魔物との戦いについて彼女に知らせてきていなかったが、これは心外である。
「仕事で手に入れたものですよ。俺だって王宮にいたときも週に一度くらいは働いてたんです。まさか一日中寝ていたとは思ってませんよね?」
「七分の一だな……大差ないじゃないか」
「普通の人はヴィーくんの数倍は働いてるよね……」
二人に言われてヴェイセルは、そんなに働いていたら死んでしまう、と悲鳴を上げそうになった。
さて、そうしている間にも、炎を見て兵たちが集まってきていた。
もちろん、ゴブリンたちも。
ゴブリンたちは灰を見て、そちらに駆けていく。
「ゴブゴブ!」
勢いよく飛び込んだゴブリン。砂場だとでも思ったようだ。
が、先ほど燃やしたばかりなので
「ゴブゥー!?」
熱さのあまり飛び出した。
そんなゴブリンたちを見ていたヴェイセルは、はたと気がつく。
「そうだ、火傷したら薬が必要だよなあ。となると、作ってくれる人がほしい。レシアに頼んだら来てもらえないかな?」
「ヴィーくん、たぶん無理よ。だって、ここじゃ研究する施設がないじゃない」
「なるほどなあ。じゃあ先に村を整えないと」
そんな会話をしている横でゴブリンはぴょんぴょん飛び回り転がっていたので、ヴェイセルはそれらをまとめて畑に埋めて魔力を込めてやる。
もう一度肉体が再生するか、あるいは別の肉体を得て転生するか。どうなるかはわからないが、とりあえず傷の類は治ることになる。
そんなゴブリンたち(埋まっている)を見ながら、今後のことを考えるのだった。




