【第二十五話】十分な化けの皮
重い瞼をゆっくりと宗志は持ち上げる。視界に入って来たのは石畳の床に、とてつもなく高い天井。壁はよく見えないが恐らく床と同じように作られているのだろう、と宗志は解釈する。冷たい石畳の床は壁に作られた小窓から入る月の光に照らされていた。
まだ鈍い痛みが残る頭で宗志は白臣の姿を探す。だが、白臣どころか堂林の姿もみあたらない。とりあえず辺りを探そうと宗志が考えた時。
そこで始めて宗志は自分の体が動かないことに気がついた。どうやら鉄の柱に鉄の鎖で縛りつけられているらしい。体に何十にも太い鉄の鎖が巻きつけられている。そして見るからに頑丈そうな大きい錠がついていた。
どうにか抜け出そうと宗志は体を捩ってみるが、鎖は更に体に食いこみ締まるばかりで一向に解ける気配がない。
「んなことしたって無駄だぜ、宗志」
声のする方に宗志が目を向けると、堂林が喉の奥を鳴らす様な笑い声を上げて立っていた。銀色の尾は月明かりに照らされ刃物の様に不気味な光を放っている。
そして堂林の脇には手足を麻縄で縛られた白臣が抱えられていたのだ。堂林は彼女を無造作に軽く放り投げる。
鋭い眼光を堂林に向け、宗志は怒鳴った。
「堂林! てめぇ……!」
「安心しなァ、この女にはまだ何もしちゃいねぇよ。〝まだ〟な。おっと、俺を火炙りにするのは、おすすめしないぜ。女を道連れにされたきゃ、かまわねぇが」
愉快そうに笑みを浮かべたまま堂林は舌舐めずりをする。その時だ。
白臣がゆっくりと目を開いたのである。彼女は体を捩って辺りを見回してから、鉄の柱に縛りつけられている宗志を見上げた。
「宗志! ごめん、僕のせいで……。怪我は? 怪我はしてないか?」
「お前はまず自分の心配をしろ。それと……悪りぃ、ヘマをした」
「ううん。そうだ、麻子ちゃんは無事か?」
「ああ。お前のお陰でちゃんと鍛冶場に戻ってこれた」
「そうか、良かった……!」
二人のやり取りを黙って聞いていた堂林は不愉快そうに舌打ちをした。だが、すぐ愉快そうな笑みをたたえる。
「これで役者は揃った。なァ、女。俺と遊ばねぇーか」
「断る! 早く宗志を放せ!」
「……口の利き方には気をつけたほうがいいぜ。俺の気分次第で、俺はてめぇらの首で御手玉することも容易だしなァ。なんせ、宗志の野郎は無様に抵抗すら出来ねぇんだからよ」
白臣は堂林を睨み上げながらも、口を噤む。堂林は喉を鳴らして笑って言葉を続けた。
「女ァ、てめぇには選択権をくれてやる。遊戯に参加するのか、しねぇかだ」
「遊び……?」
「遊戯をしねぇのなら、てめぇを逃がしてやる。ただし……」
シュッ、と風を切る音がした。堂林が宗志にクナイを投げつけたのだ。クナイは宗志の首のすれすれを通過し、後ろの壁に突き刺さった。宗志の首には一筋の傷ができる。
「こいつの首は今すぐここで落とす」
にやりと不気味に笑う堂林に、白臣は胸を突き上げる恐怖心に襲われる。それを悟られないように彼女は声を張り上げた。
「僕が参加すると言ったらどうするんだ……!」
「てめぇが遊戯に勝とうが負けようが、遊戯が終わり次第、宗志を縛る鎖は解いてやる。どうだァ、悪くねぇ話だろ? ま、鎖を解いたところで、宗志は俺に斬られ地獄逝きだろうけどよォ」
「宗志はお前なんかに斬られたりしない!」
睨み上げる白臣を、堂林は目を細めて見下ろす。そして喉を鳴らして笑う。
「まあいい。てめぇに遊戯の方法を教えてやらァ。ここに鍵がある」
そう言うと堂林は懐から鉄の輪に通された一つの鍵を取り出した。それを右手の人差し指で回しながら堂林は言葉を続ける。
「これは宗志を縛る鎖の錠を外す鍵だ。この鍵を俺から奪えたらてめぇの勝ち、俺の負けだ。鍵を奪うためならどんなことをしても構わねぇ。どうだァ簡単だろ?」
不気味に笑う堂林に、宗志は潮の様に湧き上がる嫌な予感を感じた。堂林はそんな宗志を舐める様に見てから白臣へと視線を戻した。
「だが、それだけじゃつまらねぇよなァ。他にも決まり事がある。てめぇが俺を殺すことが出来たらてめぇの勝ちだ、女ァ。ただし、その逆もありだけどな」
「てめぇ! ふざけてんじゃねぇ! そいつは関係ねぇだろ!」
「大ありだ、宗志。俺の芸術を齧った鼠にはそれ相応の罰を与えねぇとなァ。それに俺はこの女に選択肢をくれてやるんだぜ? てめぇは自分の心配でもしてるんだな。女が遊戯をしねぇなら、てめぇは即地獄逝きなんだからよォ」
クククッ、と堂林は喉の奥を鳴らす様な笑い声を上げる。そして、ねっとりと舌舐めずりをした。
白臣は堂林を睨みつけながら口を開く。
「……本当に僕が勝っても負けても、宗志の鎖を解いてくれるんだな?」
「ああ。遊戯の決まり事を破っちまうような無粋な真似はしねぇよ」
「分かった、やる」
その白臣の答えに堂林はにったりと笑って指を鳴らす。その途端、彼女の手足を縛っていた麻縄は煙を上げて消えて無くなった。
白臣はゆっくりと立ち上がると刀を抜いた。堂林の髪で隠れていない左目が、ぎらりと怪しい光が宿る。
宗志は白臣の背中に向かって叫んだ。
「ハク、無理だ! とっとと逃げろ!」
「僕は大丈夫」
「なわけねぇだろ! お前、ただじゃすまねぇぞ!」
「分かってる」
「分かってんなら馬鹿なことすんじゃねぇ! 本当に死んじまうぞ!」
そんな宗志の言葉に白臣は答えず、ちらっと振り返り静かに微笑んだ。そして彼女は視線を前にいる堂林に向ける。その目に迷いはなかった。
「刀、抜かないのか」
「刀だァ? んなことしたらすぐ遊戯が終わっちまうだろうが」
白臣は鋭い視線を堂林に向けたまま、刀を握る手に力を込めた。宗志はそんな彼女の背中に向かって叫ぶ。
「ハク、やめろ! 俺のことなんか気に掛けることねぇ! だから――」
「僕が! 嫌なんだ!」
そう白臣は宗志に背を向けたまま、声を張り上げた。そして静かに叫ぶ。
「嫌なんだよ、見たくないんだよ……! 君が死ぬとこなんて! 充分僕は君に助けて貰った。……だから今度は僕の番だ。君の生きられる可能性を増やせるのなら! 僕は命だってかけてやる!」
白臣はそこで一呼吸置くと、自分を鼓舞する様に気合いを上げて斬りかかった。
迅速に振り下ろされる刀。だが堂林は易々と躱す。
次々と白臣は刀を振り下ろすものの、堂林は笑みさえ崩すことなく躱していく。
「くそおおおおお!」
白臣が渾身の力で振り切った、その時。堂林の姿が彼女の視界から消えた。
それと同時に白臣は左頬に強い衝撃を受ける。いとも簡単に弾き飛ぶ彼女の体。
殴られたのだ、と気づいたのは弾け飛んだ体が止まった時だった。白臣の口の端から血が溢れる。口の中が切れてしまったのだ。それを彼女は手の甲で拭う。そして素早く立ち上がった。
堂林はゆっくりと足を進める。徐々に二人の距離が縮まっていく。
「悪りぃな。小突いたつもりだったが力が強すぎたみてぇだ。ま、頬骨砕かれなかっただけ運がよかったなァ」
「ハク! 無理だ! もういい! もうやめろ!」
「ギャーギャー喚くじゃねぇよ、宗志。女が決めたことだ。邪魔すんじゃねぇ」
そう言うと堂林は、挑発するかの様に人差し指で鍵を回す。白臣は歯を食いしばり、地面を蹴ると同時に刀を振り上げた。
畳み掛ける様な白臣の攻撃。それを堂林は容易に半身で躱す。鍵を右手で弄びながら。
〝遊ばれている〟と白臣自身も察していた。それでも刀を振り下ろすのを止めない。どうにかして堂林の隙を作ろうと躍起になる。
そして白臣が突きを放った時。完全に伸び切った白臣の腕。それを簡単に躱す堂林。回避を許さぬ絶妙な瞬間だった。彼女の腹に堂林の蹴りがいれられたのだ。
吹き飛ばされた白臣の体。そして石畳の上に転がった。
「……ゔッ……くッ、ぁ……」
白臣の表情は痛みによって歪んでいる。その唇の両端からはとめどなく血が溢れている。
「ハク……!」
宗志の叫び声に、白臣は顔をちらっと彼に向け弱々しく笑って見せた。
何とか鎖から抜け出そうと宗志は滅茶苦茶に体を捩るが、やはり鎖は解ける気配がない。ただ体に鎖が食いこむばかりである。
そんな二人を嘲笑うかの様に堂林はククッと喉を鳴らした。
「おい、手加減してやってんだから簡単に死ぬんじゃねぇよ。もう少し嬲らせろ、女ァ」
「堂林……! てめぇぇえええええ!」
「しかし弱ぇ奴の命を徐々に削ってくってのは楽しいもんだぜ、宗志。昔のてめぇなら間違いねぇ、確実にはまってたはずなのによォ。……いや、今のてめぇも虜になるぜ」
口元を吊り上げて堂林は白臣との距離を詰める。それに気づいた白臣は、刀で体を支えるようにして立ち上がった。その足はガクガクと震え、その表情は痛みで歪んでいる。
それでもしっかりと堂林を見据え刀を構えた。
「ハク! もうやめろ! もういい! もういいんだよ!」
「僕が、決めた……こと、だ」
「だから! お前がそこまでする価値は俺にはねぇんだよ! 俺は……俺は! お前が思っているような奴じゃねぇんだ! だからもういい! もう十分だ!」
「言った……だろ? 僕が、決めた……ことだ、って。君の、頼み……だとして、も、譲れない……よ」
白臣は宗志の方をちらっと向いて、力なく笑ってみせた。宗志は唇を噛み白臣から視線を逸らす。そして堂林を鋭い視線で射抜いた。
「堂林! てめぇが殺りてぇのはこの俺だろ! 俺の首なんざいくらでもくれてやる! だから――」
「女を見逃してくれ、とでも続ける気か、宗志。悪りぃなァ、これは遊戯なんだ。部外者は黙って見てるこった」
静まりきった空間に堂林の喉の奥を鳴らすような笑い声が響く。
「だが、女ァ。宗志のほざいた通りだぜ。こいつは俺と同じ血に飢えた獣。人の血を浴びんのが楽しくて仕方ねぇんだ、俺達はよォ。こんな外道のために命捨てちまうなんざ、滑稽としか言い表せねぇよ」
「うるさい! 僕は、僕の……知ってる宗志を、信じる。ただ、それだけだ! それに……」
白臣は刀を握る手に力を込めた。そして声を張り上げる。
「僕は! 死のうとしてるんじゃない! 鍵を奪ってお前に勝つ! お前を殺してでも!」
「俺を殺す? 冗談だったら最高のできだなァ。冗談じゃねぇなら、愚かとしか言いようがねぇが。まあ、殺れるもんなら殺ってみろ」
気合いを上げ白臣は堂林に斬りかかった。堂林を切り裂こうと振り下ろされる刀。貫こうと放たれる突き。
それを堂林は軽々と避ける。距離を取ろうともしない。
白臣が大きく空振りをしたその刹那。堂林の拳が右頬に撃たれた。彼女は地面に崩れるものの、また立ち上がる。そしてまた斬りかかる、が。躱されて蹴りを入れられる。だが、また立ち上がっては堂林に向かっていく。
「もうやめろ……もうやめてくれ……」
掠れた声が宗志の口から漏れた。白臣は何度殴られても、蹴られても、堂林に向かっていく。彼女の口からは血が溢れ額からも血を流している。全身は傷だらけであり立つことさえ覚束無い。
なのに。白臣は何度倒されても立ち上がった。そんな彼女を心の底から楽しそうに、堂林は拳を撃ち蹴りを入れる。
宗志は堂林に向かって弱々しく叫んだ。
「堂林……! 頼む! そいつは……そいつだけは見逃してやってくれ……!」
「てめぇの口からそんな言葉が聞ける日が来るとはなァ。女子供も平気で殺してきたてめぇが。……だが、それは聞けねぇ相談だ」
その時。堂林の拳が白臣の右胸に撃ち込まれた。彼女の体は弾け飛び、石畳の床に崩れた。その衝撃で刀は彼女の手から離れ、からんと高い音を立てて転がってしまう。
白臣は立ち上がろうとするが、力がもう入らないようだ。それでも彼女の翡翠色の瞳に諦めの色はなかった。
舌なめずりをしながら堂林は白臣にゆっくりと近づいていく。そして怪しい光が宿る黒紫色の目で見下ろした。そして喉を鳴らして笑う。
「なんだ、もう終めぇか。俺を殺すどころか可擦り傷一つ作れねぇとはなァ。身の程を知らねぇってぇのは愚かなもんだ。女ァ、最後に一つ教えておいてやる。宗志は俺と同じだ。血を浴びてねぇと生きていけねぇ。俺達ゃ己の快楽のために抵抗できねぇ人間さえも、ごまんと殺してきた。俺達ゃ憎くて仕方がねぇんだよ。……人間が。この世界が。あいつは化けもんだぜ。……俺と同じな」
「違、う……!」
「違わねぇよ。てめぇが知ってるのは宗志じゃねぇ。あいつは――」
「宗志は……宗志だ……!」
「あ? てめぇはあいつの何を知ってるって言うんだ」
白臣のどうすることも出来ない強い想いが彼女の胸を熱くした。そして堂林を見上げ叫ぶ様に言う。
「僕は、宗志のこと……何も知らない! 過去の……ことも、これから……のことも、家族……のことも、お前……との関係も! だけど!」
そこで白臣は言葉を切った。
「宗志は、心を……捨てちゃいない! お前とは、違う! 僕には……分かる、いや感じるんだ。宗志は化け物なんかじゃ……ない、って。お前と一緒にするな……!」
白臣を見下ろす堂林の顔から笑みが消えた。堂林は無言で白臣を見下ろしている。その時だ。
「あ"あ"あ"あああ――……!」
「ハク――! 堂林、てめぇええええ!」
堂林が白臣の腕を踏みつけたのだ。何かが折れる鈍い音を聞いて、彼女は痛みによって回らない頭で骨が折れてしまった事を悟った。
痛みに耐える様に肩で息をしている彼女を見て堂林は満足そうに笑う。彼女は歯を食いしばるが、歯の隙間から呻き声が漏れてしまっている。
堂林は怒りで震えている宗志にべっとりとした視線を注いでから白臣へと視線を戻した。
「女ァ。てめぇは何も知らねぇから、そんな事がほざいてられんだよ。宗志は女だろうが餓鬼だろうが平気で殺せる奴なんだぜ。あいつはてめぇの前じゃ化けの皮を被ってるようだがなァ」
「……違う」
「あ?」
白臣は堂林を睨み上げ、はっきりとした口調で言い切った。
「例え昔の宗志が、そうだった、としても……今の宗志は、そんなこと……しない。これからの、宗志もだ! ……お前はただ、寂しいんだろ! たった一人で、この世界を憎み……続けるのが! たった一人で、人間を憎み……続けるの、が!」
そう叫んだ白臣を堂林は静かに見下ろしている。その顔から笑みは消えていた。その身からは喉元に爪を立てる様な殺気が放たれている。
「もう遊戯は終めぇだ、女。てめぇの負けでな」
「……約束は、守ってくれる……んだろうな」
「ああ。安心しろ、寂しくはねぇだろうよ。後から宗志も逝くからなあああああ!」
「堂林、やめろおおおおお――!」
堂林は白臣の顔を踏み潰そうと足を上げたのだ。彼女は横を向いて固く目を瞑る。
「やめろやめろやめろおおおおお――!」
宗志の怒鳴り声が石の壁で囲まれた広々とした空間に響く。白臣は覚悟を決めた。
辺りは重苦しく静まり返っている。ひどく長い時間が流れた様な気が白臣はしたが、実際はほんの一瞬のことだった。彼女は瞼を開けようとした、が。
今まで感じたことのない強い殺気に、白臣は息苦しさを覚えたのだ。体を貫かれていると感じるほどの鋭いものである。彼女は恐る恐る瞼を開いた。
「……そう、し……?」
白臣の傍に立っていたのは宗志だった。それが分かっているのにも関わらず、彼女は自分の傍に立つ人物に恐怖心を抱いてしまう。業火に焼かれているのではないかと錯覚してしまうほどの殺気。白臣は今まで一度も宗志がその様な殺気を放っている姿を見たことが無かった。
その時、はっとなって白臣は宗志が縛られていたはずの柱の方へと顔を向けた。その柱の辺りには、ちぎれた鉄の鎖が散らばっている。そしてその鎖の中には赤くなっているものがあった。宗志は鎖を焼き切ったのだ、と彼女は理解する。
宗志と白臣から距離をとっていた堂林は、気味の悪い笑みを浮かべながら口を開いた。
「随分と時間かかったなァ、宗志」
クククッ、と喉の奥を鳴らす様な笑い声を上げる堂林を、宗志は無言で睨みつける。
白臣は傍に立っている宗志に恐れを感じていた。その殺気は自分に向けられたものではないと分かっているはずなのに、である。頭では彼が自分に危害を加えてはこないと白臣は分かっているのに、体が恐怖で強ばってしまうのだ。
それほどの強い殺気だったのである。
その時、宗志がちらっと白臣へと目をやった。彼女は思わずびくッと反応してしまう。宗志は徐に口を開いた。
「ハク……」
ぽつりと宗志はそう呟く。その声音はいつもの彼と変わりなく、そこでやっとさっきまで白臣が感じていた恐怖心は消え去った。そして逆に安心感に満たされていくのを彼女は感じたのである。
「……悪かった」
「ううん」
「その、立てるか?」
「たぶん」
宗志は白臣に手を突き出す。それを彼女は折れていない左手の方で掴み、ゆっくりと立ち上がった。
白臣が立ったことを確認すると、宗志は鋭い眼光を堂林へと向ける。そしてそのままの状態で彼女に言葉をかけた。
「お前、歩けるか」
「うん」
「なら、ここから離れろ。できるだけ遠くに」
「……宗志は、宗志は、どうする……の?」
「断ち切る。堂林を、そして……」
その言葉の続きを宗志は口にしなかった。白臣は黙り込んで彼の背中を見つめた。その瞳には不安と心配の色が浮かんでいる。
そんな白臣の瞳に気づいたのか宗志はふっと小さく笑ってみせた。そして彼女の赤い髪をくしゃりと撫でる。
「んな顔してんじゃねぇ」
「でも……」
「俺はまだ死ぬつもりはねぇよ。あいつに殺られるなんざ、まっぴらごめんだ」
「……宗志……待ってるから、な……! 絶対に、絶対に……」
「分かってる。今夜は死なねぇよ」
白臣はじっと宗志を見つめた後、意を決した様に背を向けた。そして覚束無い足取りで足を進め始める。
それを見届けてから宗志は堂林へと向き直った。彼は堂林を眼光で刺す。そしてドスの効いた声で吐き捨てる様に言った。
「てめぇ、膾にされる覚悟はできてんだろうな……!」
「そんなにあの女が大事か。まあいい。死にてぇならかかってきなァ――!」
きん、と金属と金属がぶつかる音が何度も響く。宗志と堂林が刀を交えているのだ。
一方的な宗志の攻撃が続く。普通の人間ならば刀で受け止めるだけで、腕の骨が砕けてしまうほどの斬撃。それを堂林は左手一本で持った刀で的確に受け止める。なやす。
その刹那。堂林の刀が宗志を目掛けて振り下ろされる。強い斬撃だった。
とっさに刀で受け止める宗志。だが、体は大きく弾き飛ばされてしまう。石壁に衝突する寸前。
宗志は飛ばされながらも空中で体勢を整える。そして壁を蹴る。その勢いを利用して堂林に斬りかかった。
しかし。にやりと笑う堂林を宗志の目は捉えた。その時、堂林の銀の尾が触手のようなものへと変わる。
そしてそれは宗志へと向かってくる。……避ける事など不可能だった。
その八本の銀の尾は宗志へと絡まりつく。完全に四肢の動きを封じられてしまった。
だが、その時。宗志の体が燃え上がった。炎は彼の体に絡まりつく尾へと燃え移り、堂林の体へと移っていったのだ。
小さく口角を上げる宗志。顔を顰める堂林。
しかし突然、赤々と燃える炎が紫色のものへと変わる。そして何が起きているか宗志が理解出来ないうちに炎は消えてしまった。
にやりと堂林は口元を吊り上げる。
「火を扱えるのは、てめぇだけじゃねぇんだぜ。宗志」
「……狐火か」
宗志は舌打ちをする。堂林は薄ら笑いを浮かべ刀を彼の首にを当てた。ひやり、とした嫌な感触に彼は顔を顰めた。
「あっけねぇな、宗志。ここで俺がてめぇの首を落とせば終めぇなわけだ。だがなァ……」
ねっとりとした舌舐めずりをしてから堂林は言葉を続けた。
「言っただろ? 俺は〝弱ぇ〟奴の命を徐々に削ってくのが好きだってなぁあああ――!」
その瞬間、宗志は高い天井に叩きつけられた。かと思うと床に叩きつけられる。その次は壁に、だ。宗志が叩きつけられた壁や床は抉れたようにへこむ。
「どういう気分だァ、宗志。教えろや、なあァ?」
四肢を拘束する尾は緩まることがない。尾は伸び縮み自在のようである。
数回壁や床に叩きつけられた後。やっとのことで宗志は刀を持つ右手を拘束する細い銀の尾を噛みちぎった。そして自由になった右手の持つ刀で、他の手足に絡みつく尾を切り裂いたのだ。
堂林は小さく顔を歪めたが、すぐ薄ら笑いを浮かべる。宗志は口の中に残った肉片を吐き出し、額から流れる血を手で拭った。そして剣先を堂林へと向ける。
それに合わせるように、堂林も左手に持った刀を宗志へと向けた。
「てめぇは忘れたのか? いや、忘れられるわけあるめぇ」
堂林はそう言って薄ら笑いを浮かべる。それは嘲りの笑みであった。そしてその目は宗志の中に篭る闇を見透かしているかのようであった。
てめぇは己の中にある憎しみから目を逸らし続けるのか、憎き人間をてめぇは本当に許すことができるのか、と宗志に問うているような笑みだ。
月明かりが二人を照らす。その光に宗志は罪を咎められているように感じていた。
その刹那。斬り合いは静から動へと変わる。二人の刀が再び交差した。激しく刀がぶつかり合う。火花が散る。その瞬間。
宗志が堂林の死角に入った。それと同時に刀を振り切る。
しかし瞬時に堂林は間合いをとった。堂林を断ち切るはずだった刀は、剣先で堂林の頬を浅く切り裂いただけにとどまってしまった。
二人の間合いは開いてしまう。宗志は攻撃を畳み掛けるか、様子を見るか見極めかねていた。それは堂林が愉快そうに喉を鳴らして笑っていたからである。




