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終幕・結

 男はフェルノエ公国の貴族であり、公国の未来を憂えていた。


 先代の大公が金に糸目をつけない豪華絢爛という言葉がふさわしい暮らしぶりによって国庫は火の車、だというのに先代に甘やかされて奔放に育ち、贅沢を普通と思っている公女姉妹は「お金なんて腐るほどありますわ」と、国の経済事情を理解しようとせずに豪遊を続ける有り様。

 このままではいけないと姉妹に諫言した者はことごとく遠ざけられて、姉妹の周囲には私腹を肥やそうとして近づいてきた甘言を囁く輩が密に群がる虫のごとく集う事となった。


 公国にとって幸いだったのは世継ぎの公子だけは正しく国の事情を理解しており、凡庸ながらも誠実な人柄であった事だ。この公子の元で国の再建に臨めば公国は生き永らえる事が出来ると、まだこの時の男は思っていた。

 だがそれは国を顧みない公女姉妹と、集るしか能のない寄生虫どもによって邪魔をされる事になる――。


 先代の葬儀を終えて喪が明ければ公子が新大公として即位するだけになった時、公女姉妹が「妾腹の公子よりも自分達の方が世継ぎにふさわしい!」と騒ぎ出した事によって。


 有り得ない! と常識を持つ誰もが叫んだ。

 なぜなら公女姉妹は婚約が決まっており、喪が明ければ他国に嫁ぐ事が先代大公の存命中に決定していたのだから。それゆえに彼らは公女姉妹と己の事しか考えていない輩を放置しておいたのだ。

 姉妹の相手は世継ぎでないとはいえ、王位継承権を持つ王族であり、客観的にみてもかなりの良縁であるそれをふいにするような真似はしないだろうと思っていたのだから。


 当然だが、この騒ぎを聞きつけた公女姉妹の婚約者らからは公国が弁明するよりも先に相次いで婚約を解消され、別の嫁ぎ先を見つけようにも利己的で金がかかり、自国の状況すら理解しない、しようとしない公女姉妹の噂は知れ渡っていて、そんな公女を娶ろうとする奇特な国などなかった。

 娶ってもいいと言うのは、拍付けのために欲する成り上がりの類だけである。


 今にして思えば、突然公女姉妹が世継ぎ争いを仕掛けてきたのは、よくない噂を聞いた婚約者の国が破談とするために裏で動いていたせいなのかもしれない……。


 1度は他国の王族と婚約していた自己顕示欲も強い公女姉妹が格下に嫁ぐ事を良しとするはずがなく、その時になってようやく自分達には後がないのだと気付いた公女姉妹は手段を選ばなかった。


 無視できないほどの勢力になっていた為にやむなく公子側は代理決闘による決着を提案し、一応は《暗黒の蜜月》を引き起こすのはマズいと理解していた公女姉妹は代理決闘に応じたが、裏では暗殺者を送り込んできたり、あの手この手で毒殺しようと公子側が呆れを通り越して感心するほど、いろいろな方法で毒物を混入させてきたり……表では腕に覚えのある者を募って少しでも強い者を決闘の代理人にたてたりと必死だった。


 だがそれらは公子側からすれば無駄な足掻きでしかない。

 実力のある公国の騎士たちは皆、公子を支持しており、探索者や傭兵などで実力者とされる者は他国の跡目争いになど関わらないのだから。

 それでも念のためにと公子側は周辺国に根回しておき、それとなく自国の実力者たちに注意喚起してもらっておいた。

 なので問題なく公子側が勝利をおさめ、敗者となった公女姉妹は幽閉して終わるはずだったのだ。なのに――。


 8人目の代理決闘人として公女姉妹側が連れてきた者が、天下のアドフィス学園の生徒だと知らされた公子側は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。


 動転して驚愕したせいで、なぜアドフィス学園の生徒が公国に居て跡目争いに参戦してきたのかを聞きそびれ、我に返って落ち着きを取り戻した後日、急いで確認をすれば『立ち入り禁止になっている蜂殺迷宮から出てきたから捕らえ、処刑を免除する代わりに代理決闘を了承させた』と得意げに言ってきたのだ、公女側は。


 確かに立ち入り禁止になっている迷宮に足を踏み入れるのは重罪ではあるが、事情も聴かずに処刑など有り得ない事である。しかもアドフィス学園の生徒を正式な手順を踏まずに処刑だと脅し、代理決闘を強要した事が知られれば公国はどんな報復を受けるか分からない。

 すぐさま正論を説いて生徒を解放するように言ったが、残念な頭しか持たない馬鹿共は自分たちがしている事の危険性を全く理解せず、理解不能な持論を展開してくるのだから堪らない。


 そうこうしている内に怖れていたものがやってきた――――修羅の幻影を背負った煉獄の魔女が……。


 その姿を目にした男は終わった、と思った。人生も、公国も、何もかもが終わったと心の底から本気で思った。


 *******************************************



「とまあ、こんな感じだったのよ。公国は」


 女官が新しく淹れた紅茶を優雅に飲みながらフリージアは話を続ける。


「勝てる者がいないから調達しようと考えた公女側の男が、姉公女のスキルによる予言に従って聖国へ向かい、そこでレアスキル持ちの姉妹を見つけて今回の事を企てたらしいわ。アドフィス学園の生徒を攫ったのは【人物鑑定】のレアスキル持ちの男が学園を恨んでいたから独断で、学園に恥をかかせてやろうと思ってしたそうよ。過去に実力不足で入学を拒否されたのを逆恨みしてたのよ。見張ってた迷宮から出てきた5人の生徒を捕まえて、5人もいれば充分だと考えて後は放置。他に生徒が居るかも、とかは本気で考えてなかった馬鹿の集まりだと知って顎が外れるかと思ったわ」


 公女側についていた他の者たちはそれを咎める所か褒めそやし、事態のマズさと公女側の者たちの頭のヤバさが分かる者はこの段階で尻尾をまいて逃げていた。


「転移先を蜂殺迷宮にしたのは公女姉妹の我が儘ね。Cランクの迷宮じゃ他国に対して自慢できないとか、そんな下らない理由で変動させるためにしのですって。……何度あの馬鹿公女どもを燃やしてやろうかと思ったわ」


 腹立たしさがぶり返してきたのか、目が完全に据わっているフリージアである。


「……そんな理由じゃ何も分からなくて当然だよね……」

「っていうかさー、そいつら『アーラ』に喧嘩を売る意味まで知らないからシシー姉まで攫ったわけ?」

「いいえ」

「じゃあ何? 知ってて攫ったの?」

「服装が違うから『シシーユ・アーラ・アノーノル』だと思わなかったそうよ」

「…………目隠しと髪の色で分かるだろ……」


 シシーの透けるような緑の髪色は珍しく、滅多にいない色である。たとえ服装が違えども、学園敷地内でこの髪色を見かければ誰もがシシーだと思うだろう。目隠しをしているとなれば尚更である。


「分からない馬鹿だからこんな真似が出来たのよ……権力を持った馬鹿ほど困るものはないわ」


 うんざりした声で付け加えられた一言に誰もが頷くなか、レイオールは朗らかな表情で自分が依頼した事について訊ねる。


「それで? フリージア先生。お約束頂いた馬鹿共の処分と賠償金等はどうなりました?」

「とりあえず元凶の公女姉妹は身分剥奪、公国中を引きずり回した後に公開処刑。レアスキル持ちの男は両手両足を切断して一生を飼い殺しね。【人物鑑定】は有用性が高いから今後は人ではなく道具として扱われる道具奴隷に決まったわ。公女側についていた貴族の全財産をすべて没収、全額を賠償金としてせしめてきたわよ」


 詳しい金額はこれを見なさい、と渡された封のされた書類をレイオールは取出して紙面に目を走らせる。


「……足りないのでは?」


 小国の国家予算に相当する金額が記されているのだが、それでも足りない。


「不足分は30年分割払いになったわ、総額は最後の紙に書いてあるはずよ」

「……ああ、ありました。まあ、妥当な額ですね」

「それ以上だと公国の民に深刻な影響が出てしまうから勘弁してやって」

「分かっておりますよ……公女側についていた貴族の処分はどうなったんですか? 全財産の没収だけでは生温いですよ」

「奴隷になったわ。犯罪奴隷か戦闘奴隷にするかは向こうに任せてきたけれど」


 犯罪奴隷は国の持ち物として過酷な環境下での重労働を課され、戦闘奴隷は戦場での肉盾、もしくは迷宮などで罠解除のために使われる。もともと戦闘奴隷は死刑囚を有効利用しようという意図の元に作られた制度であり、人として扱われない奴隷なのでこちらは軍か騎士団が所有する。

 どちらも刑罰の1つにされている奴隷制度だ。


 ちなみにシシーが持つ奴隷所有権を持つ者に買われる奴隷は借金や口減らしのために売られた者がなるので、こちらは最低限の人権と生活を保障されている。


「フリージア、わたくしからもよろしい?」

「どうぞ」

「公国は存続しますの?」

「一応は。今後30年は貧乏国家となるのが決定していますけど、国としては残りますよ」


 あんな頭の中がお花畑な連中ばかりであったなら他国に吸収合併されるようにフリージアは仕向けただろうが、公子側の者は存外まともだった。


「では迷宮はどうしますの?」

「公国と癒着していたギルドと、公国の騎士団で迷宮主の討伐をするそうです」


 なので公女側についていた貴族のほとんどは戦闘奴隷にされるだろう。それが分かっていたからフリージアは決定を任せてきたのだ。


「討伐に失敗して全滅してから各方面に協力要請が出されます」

「そう、良かったわ」


 馬鹿共が原因で帝国の軍人を損なうのは女帝として容認出来る事ではないが、きっちり馬鹿共に責任をとらせた後ならば要請に応える事も出来よう。


「先生、最後に1つ。どうして私達は帝国待機だったんです?」

「時空の魔法による影響で学園の転移門が魔力不足で起動しないのよ。学園から転移法陣でどこかに飛ぶのは出来たけど、空間が歪んでるのか座標を捉えられなくて、学園に飛ぶのは出来なかったし……赤竜はあっちこっちに飛んでもらう必要があったから、あなた達を学園まで運ばせるのも出来なかったしね。そんな理由よ」


 今もまだ起動するに充分な魔力を確保できていないのだ。


「だから赤竜に乗って帰るわよ」

「今からですか?」

「いいえ。赤竜がへばっているから今日は休ませるわ、帰るのは明日ね」


 竜をバテさせるなんて、どれだけ扱き使ったんだと微妙な心境になりながらも後日、シシー達を乗せた少しやつれて見える赤竜は女帝夫妻が見送るなか、学園へと飛び立っていった。


「……感謝していたわよ、あなた達に」


 唐突にフリージアが言った言葉に赤竜の背に乗っている一同は意味が分からず、代表してミカが問う。


「誰がです?」

「あなた達が持ち帰った遺品の持ち主たちの家族がよ」


 学園の戦闘職学科に入学する者は遺書を毎年書いている。いつ死んでも良いように。


「覚悟はしていたけれど、最期に身に着けていた物を届けてもらえるとは思ってなかったと号泣されたわ」

「…………そうですか……」


 それっきりで口を閉ざした。




 こうして彼らの非日常は終わり、それぞれの日常に戻っていった。


 その後しばらく、スライムを右肩に乗せた緑の髪で目隠しをしている人物が、いろんな場所で頭を下げている光景が見られたという。

 もうこれしか言えません、駄文でごめんなさい!m(__)m

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