終幕・次
「お久しぶりね。何から聞きたいのかしら?」
シシー達20人と女帝夫妻、宰相と護衛が数名、給仕に勤しむよく躾けられて口の堅い女官が集っていた一室、その両開きになっている扉を開け放って登場したフリージアの開口一番の言葉がそれだった。
栗色の髪はわずかな乱れもなくきっちりと纏められ、厳格な女教師としてのかっちりした服装を着込んで勇ましく仁王立ちする姿からは何故か、戦い終えたばかりの戦士のような風格が漂っている。その原因はメガネから覗く赤い瞳が放つ、ギラついたというには大人しく、煌めくというには物騒な光のせいだろうか。
年齢不詳の美貌が人の不安を煽るような、挑発的な笑みでありながら凄みを感じさせる表情のせいでより一層そう思う。集まっていた者の中には思わず半歩後ろに下がったり、逃げ腰になっている者がいたのは仕方がないだろう。
そんな中、シシーは冷静に口を開く。
「とりあえず、先生の右斜め後ろに立つ人は誰ですか?」
学園の教師ではないようですけど、と続く言葉のとおり、フリージアの後ろには見慣れぬ人物の姿があった。
見る者すべてが、その人物は苦労を背負い込んだ不幸属性の者だと悟ってしまうようなくたびれた風情。その身に纏う衣服は質の良さそうな、上等な純白の布地に金糸と銀糸を使ったさりげない刺繍を施されてゆったりとした、清潔感と高貴さを見る者に抱かせる物なのだが、そのせいで纏う者のまだ若そうな容姿をくたびれた風情と相まって一気に老け込ませていた。
良い表現をするならば貫録のある男性だ。
「あら、聖国のフュルスト様ではございませんか。ごきげんよう」
「こんにちは、ロヴィーサ殿。彼らに一言、直接謝罪させていただきたく思い、フリージア殿に同行させていただきました」
かつては神の威光の元に、栄華を極めて揺るがない権勢を誇っていたが自業自得で一気に衰退し、弱小国家と成り果てた聖国の国王、聖王フュルスト3世と呼ばれる人物が、人生にくたびれたような笑みを女帝に向け頭を下げる。聖国は過去の所業によって社会的地位は最底辺にあるため、また先人の罪を背負い続ける呪いを神にかけらている歴代の聖王は皆、腰が低い。
贖罪のために生まれ、贖罪のために生き、贖罪のために死ぬ定めを負っている聖王には、かつて栄華を極めた時代の聖王の魂を持った生まれ変わりがなる。それこそが神の呪い。
神に赦されるその日まで、聖国は滅ぶ事を許されず、聖王家の血筋も断絶する事を許されない。それが聖国の存在意義であり、聖王の義務。
そんな聖国の在り方にして生き方は、当初は当然の事と誹りを受けていたが、次第に世界の国々から侮蔑の視線よりも憐憫の情を与えられていき、今では神の赦しあるその日まで静かに見守ろうという気風に落ち着いており、地位の回復はないものの、国際社会から不当な扱いを受ける事は少なくなっている。
なので聖王という上位者に対して身分が下位になる者は膝をつき、『アーラ』である3人は「正しいご挨拶」を済ませてから、一同はテーブルについた。
そして今一度、フリージアから「何から聞きたい?」と問われたシシー達は「最初から全て」と返し、それならばと聖王が話しはじめる。
「まずは、アドフィス学園の生徒さん達にお詫びします。今回の件には我が聖国の者が関わっておりました。あの者たちが関わっていなければ、あなた方が飛ばされる事もなく……いえ、それ以前にこのような事は起こらなかったでしょう」
聖王は静かに座っていたイスから立ち上がり、シシー達へ向かって深く、深く頭を下げた。
「あの者たちがこの件に関わってしまったのは、すべて聖王たる私の至らなさゆえです。いくら謝罪しても足りない事は理解しております。私を赦して頂かなくとも構いません、いくらでも憎んで下さい。死んで詫びろと言うならば、価値が無いに等しい私の命は差し上げます。ですが……あの者たちだけはどうか、赦してあげて頂きたいのです。あの者たちはそれが悪い事だとは知らなかったのです、人を助ける事だと信じて疑わなかったのです」
頭を下げたまま切々と訴える聖王に助け舟を出すかのようにフリージアは語る。
「今回の件で聖国の者たちが加害者となったのは事実。だけれども、彼らは被害者でもあるわ。利用されたのよ」
聖国に生を受けた者たちは一生を贖罪に捧げる聖王に倣い、かつての栄華によって恩恵を受けていた者の子孫として共に贖罪をするという者たちが多い。
奉仕活動に精を出したり、神々へ赦しを請う為に巡礼の旅に出たりと、人のためになる事を探して行いはしても犯罪に自ら進んで手を染めるくらいならば死を選ぶ、という聖国の姿を見ているからこそ、世界は静かに見守ろうという気にさせられたのだ。
だからこそ、シシー達は2人の言う事を信じられる。
聖王に頭を上げて腰かけるように促しつつ、詳しい話を求めた。
「……あの者たちは孤児でありました。我が聖国も神殿制度を廃し、他国に倣って教会を建て、その教会に併設された孤児院の1つに、あの者たちはおりました」
教会にした事により、スキルの授受などの最低限の儀式が聖国でも行えるようになった。
「そこでは『人のために在れ、聖国はそのために生かされている』と教えています。自分よりも、苦しむ誰かに手を差し出せる者になれるようにと」
憂いに満ちた声で聖王は語る。
「その者たち……正確には2人ですが、それぞれ親を失い、家族を失い、行き場すらも失くして孤児院に来たそうです。そこで出会った2人は仲を深めて絆の姉妹として縁を結び、来た頃は曇りがちだった表情も明るくなり、教えを熱心に聞いては積極的に大人達の手伝いをする、まだ8歳と6歳の姉妹でした」
聖王の顔は俯けられて、用意されていた紅茶の注がれたティーカップに写った自分の顔を覗きこむ形になる。
「……そこへある男がやって来ました。その男はとある国の貴族に仕える者だと名乗り、自分の主が、可愛がっていた妹が亡くなって以来ふさぎ込みがちだったが、幼い頃の妹にそっくりな6歳の妹をたまたま旅先であった聖国で見かけ、是非養女として引き取りたいと言い出したそうです」
「設定が古いですよね」
茶々をいれたフリージアに、聖王は自嘲するように笑った。
「ええ、普通ならば疑うべきだったのです。ですが、その男が貴人に仕えているのは本当であり、何日か前に妹を見て心底喜んでいた身なりの良い男が目撃されていたのもあって、疑う所か、滅多にない良縁に恵まれたと孤児院は喜んでおりました。私自身が養子縁組を推奨していた事もあったので」
「最初は絆の姉妹を引き裂く事になるからと拒んだけれど、男は姉妹一緒に引き取りたいと言ったのですよね」
「はい。姉妹も一緒に引き取ってもらえるのならばと、快諾したそうです。新しい家族が出来るのは嬉しいと」
言葉を切った聖王は悲痛な表情を浮かべた。
「ですがそれらは仮初めの言葉でした。姉妹を引き取った男は、姉妹が持つレアスキルが欲しかっただけなのです。【時空魔法】と【絶対無効】のスキルが……」
その後は眉間に皺を刻んだフリージアが引き継いで語る。
「その貴族の男は【人物鑑定】のレアスキル持ちだと後に分かったわ。姉が【絶対無効】のスキル、妹が【時空魔法】のスキルを持っていると知って養女にしたの。そして、孤児院での教えを利用して言葉巧みに学園の人間を攫うように、いえ違うわね、助けてあげるように言われた姉妹はあなた達を蜂殺迷宮に飛ばしたのよ」
ほんのり温かみが残るだけの冷めてしまった紅茶をフリージアは口に含む。
姉の【絶対無効】のスキルで厳重な学園の警備を簡単に潜り抜け、その先で魔力の強い者を選んで妹に【時空魔法】のスキルで「安全な場所」とでも教えられた座標である蜂殺迷宮へと飛ばしたのだ。
「調べてみたらその姉妹、それぞれ自分が持つレアスキルが原因となって親兄弟を亡くしていたようなのよ。おそらくレアスキルについて絶対他言しないように家族から言われていたのね、誰も姉妹がレアスキル持ちだと知らないでいたわ。……何らかの理由によって似た境遇だと知った2人は絆の姉妹となったのでしょう、誰にも言えない秘密を共有できるから」
そこへ事情を調べ上げていた男が甘い言葉を囁いたのだろう、自分もレアスキル持ちだから家族になって秘密を共有してくれないか? とでも。
フリージアは淡々と話し続けながら表情は、幼い姉妹の心情を利用した唾棄すべき男への嫌悪でしかめられていた。
「教会で積極的に手伝いをしていたのは2人なりの罪滅ぼし、貴族の男はそれすらも利用して幼い姉妹を操って使い捨ての道具にしたわ……妹は幼い身で大規模な魔法を行使した副作用である魔力枯れによって干からびた姿で、姉は口封じに殺されていたのを人目につきにくい学園の片隅で見つけたわ」
死体を片づける余裕までは無かったのだろう。
遺体は容易には身元を探れぬように細工されていたが、遠出から帰ってきたレイオールとルカイアスの無言の圧力にさらされた学園はそれこそ死にもの狂いで突き止めた。
「アドフィスから連絡を受けた時は信じられませんでしたが、それが事実だったのです」
再び立ち上がった聖王はシシー達へ真摯な眼差しを向けて謝罪を口にする。
「本当に、申し訳ありませんでした。ですがどうか、幼き姉妹にお慈悲を……あの者たちの罪は盲目的に信じてしまった事であり、それは疑う事を教えなかった私たち大人の責任なのです。恨むならば私を恨んで下さい」
お願いします、と懇願しながら頭を下げる聖王。
場が静まり返るなか、のんびりとした声を響かせたのはシシーであった。
「えーと、私は別に猊下を恨む理由が無いので謝罪は不要ですが……猊下の気が治まらない、というのであれば謝罪を受け入れます。幼い絆の姉妹についても同様ですね……個人的には彼女達を利用しやがった悪知恵の働く卑劣な輩を物理的に締め上げる方が好みですから」
そう言うとすっかり冷めてしまった紅茶を飲み、冷めてもこの紅茶美味しいなぁとどうでも良い事を心中で呟く。
「……そうだねぇ。アタシはシシーと一緒だったので、被害らしい被害と言えばアトリエを2か月ほど閉めざるをえなかった事と、うちの人と会えなかった事くらいだし」
「わたし達もそうです~」
ミカ達男性陣も口々に聖王と幼き絆の姉妹を責めないと述べた事により、聖王は心からの感謝を彼らに述べ、その際、聖王の目元に光るものがあった。
「……話しは変わりますが、フリージア先生」
「何かしら?」
「絆の姉妹を利用しくさりやがった下郎の末路を教えていただきたいのですが? 私たちを蜂殺迷宮へ飛ばした意図を含めて。もちろん、ズタボロにしてきて下さったのでしょう?」
「ええ! もちろんよ! …………そうでないとあなたの兄と弟が血祭りにしに行くってきかないんだもの」
後半の声には疲れが滲んでいた。
自身たちが絆の兄弟であるからなのか、黒幕の所業はシシーと引き離されて噴火間近の火山同然だったレイオールとルカイアスの感情を爆発させかけて大変だったのだ。
2人が完全に爆発していたら辺りは焦土と化していただろうと遠い目をして語るフリージアに対し、当の2人は「しなくて良かったですねぇ」「ちゃんと我慢したもん」と悪びれる様子がなく、フリージアはがっくりと肩を落とした。
お、終わらない(泣)




