終幕・序
「まあ! まあ、まあ! 素敵ですわ!」
「お気に召していただけましたか?」
「勿論ですわ! こんなに素晴らしいもの、本当に頂いて構いませんの? 大枚をはたいてでも欲しがる者達は星の数ほどいましてよ?」
女帝の眼前に並べられた、秀逸と称する以外にない出来の作品たち。細部に至るまで緻密に造られ、職人としての腕の良さを証明するかのように技巧を施されたそれらを見る女帝の頬は、興奮によってうっすらと赤く染まり、瞳は綺羅星のごとく輝いて熱心に見つめ続けている。
彼女には分かるのだ。生まれた時から最高級の品々に囲まれて育ったからこそ、これらがどれだけ価値ある品々であるかが。隣で同席している皇配殿下たるシグレスも同様であり、目が釘付けになっていた。
「受け取っていただく為に作った物たちですから、遠慮なくお納め下さい」
「なんだか悪い気がいたしますね。わたくし、何もしておりませんのに」
「いえいえ。私に関して言わせていただけるのなら、不機嫌絶好調の状態にあった兄と弟を受け入れて下さっただけで充分すぎるほどです。こちらでは快適な日々を送らせていただいておりますし」
学園に近い家にいるよりも、離れた帝国にいれば頭も冷えるだろうと考えたフリージアが連れてきたらしいのだ。それによって白亜の宮殿は魔王城のごとき変貌を遂げる事になったのだが、それに関して恨み言1つ言わず、煩わしい事を遠ざけて快適な日常を送らせてもらったのだから、シシーとしてはこれ位の事をするのは当然であった。
シシーが用意したのは効能が違う錬金術製のお茶10種類、悪意あるものを寄せ付けない、香りの異なる香水3本、特定の危険毒物に効く入手困難な解毒剤10本、3級ポーション1本である。
「アタシらに関しては、ギルドの工房を借りる際に口添えして下さったお礼です」
女帝の指示がされていたらしくカトレア達は優先的に、それも帝国が費用を負担してくれたので無料で施設を使わせてもらったのである。
これでは生半可な物など献上できないと、カトレア、ハニーとメープルに思わせるには充分で、もともと売り込みを兼ねているので自分に作れる最高の物を作るつもりであったが、その思いをさらに強くした結果の工房通いである。
「こちらは金剛百足の尾を使った魔剣でしょう? クラウス、分かりまして?」
「素材自体が最高品質ですね。大きさからみて大物だったはずです…………それを剣として加工するのではなく、鍛造されています。するのは相当な技量が要ると聞きますが……惚れ惚れするほど見事な出来栄えです。属性は光でしょうか?」
背後に控えていた護衛であるミカの兄に問いかけた女帝はその答えに顔をいっそう輝かせ、製作者であるカトレアを見やる。
「ご明察通りです。シシーが迷宮内でしとめてくれた金剛百足の尾を、鍛冶師秘伝の技で鍛造してから剣にしたことにより、切れ味はただ加工したものよりも5倍、衝撃にも強く耐久力は10倍になりました。金剛百足が持つ光属性の力を高めるために、『雷光のオルフェレウス』の異名を持つ先輩に魔法紋を刻んでもらったので、威力も上がっています」
この魔剣に全力を注いだのでカトレアの献上品はこれだけだが、女帝たちの心をがっちり掴んでいた。
「このガラス細工の繊細な装飾も素晴らしい。似た意匠でありながら、羽の広がりや女神の姿など1つ1つが違っているね」
砂漠越えに備えてハニーとメープルが作った《氷姫の息吹き》を1つ手に取り、青1色でありながら色の濃淡で巧みに表現されたそれを間近で見つめる。結局使わなかったが、15人にはこの先必要になるだろうからと15個を贈り、ここにあるのは予備であった10個。
「それは砂漠越えのために作ったので~、実践にも充分耐えられます~。こちらで作らせてもらったのは~、このガラスの守護輪です~。」
無色透明のシンプルな腕輪をハニーが手に取ると、その腕輪はかすかな光を発して真珠のような色合いと光沢を帯びて美しい。
「金剛百足の素材とシシー先輩から譲ってもらった精霊の羽を混ぜ込んであるので~、装着者の身に危険が迫ると赤色になって知らせてくれます~。魔法攻撃と物理攻撃をそれぞれ3回まで防いでくれます~」
その後は砕けて消えてしまうが、その腕輪が7個用意されていた。
「こちらの花瓶はもしかして、活けた花が枯れないという花瓶かしら?」
「はい~。『永命花瓶」というアイテムです~。採取した植物系素材を枯らさないために作られたアイテムで~、それを今回は華やかに装飾してみました~」
「やっぱり! 欲しいと思ってましたのよ! ですけど作れる職人が見つからなくて諦めておりましの。今年の冬は殺風景な部屋とならずに済みますわ!」
大中小の様々な形の花瓶は、あるものは絵付けで、あるものは土を盛り上げて動植物が表面部分に描かれており、それぞれ違った表情を見せている物が10個、絵柄は無く、釉薬が焼成された事によって現れた美しい色合いのシンプルな物が15個。
それらを女帝はうっとりとした眼差しで見つめている。
「こんなに素晴らしい物を頂けるなんて、役得ですわ……」
「あと、こちらは薬剤の詰め合わせです。今回の事で転移門の利用者にご迷惑をかけたと聞きましたので、お詫びの品として渡していただけますか?」
レイオールとルカイアスのダダ漏れの魔力にあてられて、転移門の利用を取りやめる者が多かったのだと、滞在中に仲良くなった女官からシシーは聞いていたのだ。
「あらあら、あんな軟弱者の事なんて気になさらなくてよろしかったのに。ですけど、ちゃんと渡しておきますわ」
「これで何か文句を言う輩がいたらお仕置きをしなくてはね、ロヴィーサ」
「ええ。余計な事ばかり囀る口は閉じていただかなくては」
女帝夫妻は美しく朗らかに笑んでいるのに夫妻を中心として冷気が辺りに漂い始め、異様な雰囲気に恐れをなしたハニーとメープルは堪らずシシーに縋りつく。
「……陛下、殿下。仲がよろしいのは臣として大変喜ばしく思いますが、客人方があてられておりますゆえ、お控え下さい」
実は居た初老の宰相が窘めた事により、小人族2人を怯えさせていた雰囲気がたちまち霧散する。
ちなみにシシーとカトレアは怯えるよりも「イイ性格をしておいでだなぁ」と感心していた。
「あら嫌だ、ごめんなさいね。わたくしったら、つい」
「楽しいあまり、我を忘れてしまったよ。すまなかったね」
「い、いいえ~」
引き攣りながらもなんとか愛想笑いを浮かべる2人。そんな2人を可愛らしいわねー、と言わんばかりに楽しげな表情で見つめていた女帝は、はたと何かを思い出したように手を叩き合わせた。
「ああ、そうでしたわ。この素晴らしい贈り物に心を奪われて忘れてしまう所でしたわ、フリージアから連絡が来ましたのよ」
4人の来訪を知らされて丁度いいから伝えようとしていたのを、並べられていく品々を前にしてすっかり忘れてしまったのだ。
「お馬鹿さん達へのお仕置きと、その後のお話合いがようやく終わったので明日、ここへ来るそうよ。聞きたい事を今のうちにまとめておいて欲しい、ですって」
「…………ずいぶん時間がかかりましたねぇ……」
「1か月近く帝国にいたもんねぇ……やっと帰ってうちの人に会えるわ」
「アトリエに~」
「埃が積もってないか心配です~」




