兄と妹の語らい
「帝国は賢い選択をしたみいだね」
「してくれないと困るよ。姐さんがいろいろ話したんだから」
シシーは自分が情報収集の対象である事を知っていた。飛ばされて共に行動した面子の中にも情報収集を目的として学園に入学してきた者がいるだろうと予想しながら、親しい間柄であるカトレアがいろいろ話していたのを黙認していたのは、それによって各国がどんな判断をするのか確かめるためだった。
「ミカは少ない時間で大雑把だけど、私という人間を理解してくれていたようで嬉しいよ」
「してなかったら、さっさとルカと一緒にシシーを連れ帰ったさ。……まあ、僕らもここで威嚇したかいがあったよ」
「あれは脅しって言うんじゃないの?」
「怯まずに活用するんだから、あれで丁度いいんだよ」
「それもそうか」
あの日からすでに1週間、帝国の離宮でシシー達兄弟は快適に過ごしていた。『アーラ』を取り込もうとする動きもなく、どこかでブロックされているのか個人的に繋ぎを持とうと近寄ってくる煩わしい貴族もおらず、久々にゆっくりと兄弟で過ごせたおかげなのか、宮殿を魔王城のごとく変貌させていた黒い靄は綺麗に晴れて、元の気品あふれる優雅な白亜の宮殿たる姿を取り戻しており、帝国の日常は平和だった。
「ルカはヒエンとすっかり仲良くなったみたいだね。気が合いそうだなぁって思ってたけど、今日も一緒に遊んでるんでしょ?」
「そうだね。シシーに会えなくて消沈していたのが嘘みたいに、いきいきと遊びに行ったよ。同じ属性だから親近感がわくんじゃないかな?」
火魔法のみを使った戦闘訓練を、遊びと称するのは疑問であるが。
「……帝国は居心地がいいね。卒業したらこの国を拠点とするのもいいかもしれない、海が近いから海産物も豊富で美味しいし」
帝国の有名店から購入してきたチョコレートをつまみながら語るシシーに、シシーが淹れたアイスティー片手にレイオールは、『氷の彫刻』と例えられる冷たい感じの美貌を和らげて苦笑する。
「フフ、それこそが帝国の狙いなんだろうけどね…………『和』の国には戻らない?」
次はどのチョコレートにしようかと迷わせていた手を止め、シシーはわざといじけたような声を作った。
「分かってるくせに、意地悪だなぁ」
小さなテーブルを間に挟んで正面に腰かけているシシーの頭を、レイオールは手を伸ばして撫でる。今となっては、シシーをこうして撫でる手は1つだけになってしまった。
昔は他に3つの手があったのだが。
「あそこには師匠たちの墓参りの時だけでいいんだよ」
「……それも10年に1度の約束だけどね……。ケチだよね、師匠たちは」
「自分達みたいに引きこもるな、ていうメッセージだと思う事にしてるよ、私は」
それだけでなく、シシー達の師である人達の墓は、かつて暮らしていた迷宮内にあり、気軽に訪れる事ができないのも理由である。
シシー達が名乗る『アノーノル』は、師である3人の名前を組み合わせて作られた『合わせ名』と呼ばれるものだ。
「……でもまさか3人一緒に、同じ日、同じ時間で逝くとは思わなかったよ。あんなに元気で容姿も若かったから、なおの事そう思うんだけど」
「骨も残さず魔素に還る……長命種の神秘、だったね。あの光景は」
シシー達に『アーラ』の名を贈った10日後、3人の師はシシー達が見守る中、身体の魔素が粒子となって輝きながら天に昇っていき、だんだんと身体が透けていって最後には何一つ、この世に残すことなく消えていったのだ。
それが長命種の最期のありかただった。それ故に、墓と言ってもシシー達が墓標として植えた生命樹の若木があるだけの場所である。
「東に居たら迷宮に潜りたくなるもん。長居するには不向きだよ」
「……そうだね。……今の所は帝国を第一候補にしておこうか。陛下とシグレス殿下の人柄は好ましいものだし」
「ミカから聞いた帝国貴族の食事事情で、美味しい店が少ないかと思ってたけど、予想より数が多くて嬉しい誤算だったし」
そういってチョコレートを一粒口に含むシシー。甘さを極力控えて、カカオの芳醇な香りと苦みを堪能できるこのチョコレートはシシーの好みであった。
「それにしても……フリージア先生、いつ帰ってくるの? 今回の説明を聞きたいんだけど」
帝国にあるギルドの貸し工房を使って貢物、シシーの場合は兄と弟がかけた迷惑の詫びの品になるのだが、それを作り終えてしまって手持ち無沙汰なのだ。(ちなみにレイオールとルカイアスの威圧的な魔力にさらされながら働いていたであろう宮殿の人達にはお詫びとして、魔力増加の効果があるクッキーを配っておいた)
カトレア、ハニーとメープルは蜂殺迷宮で手に入れた素材や公国と帝国のギルドで入手した珍しい素材であれこれ試しているらしく、未だに貸し工房通いが続いており、男性陣は帝国軍の訓練に参加させてもらって暇を潰しながら自己鍛錬に励んでいる。
「もう少しかかるだろうね。きっちり締め上げてもらわないと、僕らが報復しに行くって軽く脅したから」
しれっと澄ました顔で脅迫行為をばらすレイオール。
「心配しないでね、シシー。ちゃんと、迷惑料と違約金に必要経費その他諸々を巻き上げてくる事を、フリージア先生は快く承諾してくれたから」
目隠しをしていながらシシーにはレイオールが眩しい笑顔を浮かべていると簡単にわかった。声が弾んでいるのだ。
この愚作を読んでくださっている皆様、ありがとうございます。
日が経つにつれ、この系統を書く才能、自分には本当に無いなーと、しみじみ実感しているサディラです。あの日の自分はなんと無謀な真似をしたのだろうと、絶賛後悔中です。
放置という選択肢も一瞬脳裏をよぎりましたが、無責任かと考え直し、『急展開!』辺りから多少強引でも早く完結させてしまおうと思って書いておりました。
あと1話か2話で終わらせる予定ですが、強引さゆえに今まで以上の粗さが目立つお話しになりかねないので、先に謝罪しておきます。
無計画で申し訳ありません、どうかご容赦下さいm(__)m




