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お詫び行脚が必要か?

「……分かるのかい?」

「馴染みある魔力が、迷宮主のごとく威圧しておりますから……」


 シシーは目隠しをしているので彼らの表情を窺えないのだが、顔色は相当に悪いのだろうと簡単に予想できた。なぜなら宮殿の方から、禍々しいと表現するのが妥当であろう魔力がある場所を中心にして発されているからだ。発生源は間違いなくシシーの兄弟だろう。

 レイとルカはシシー同様に魔力量が多く、そのため魔力を放出すると広範囲に影響が出てしまうので普段は抑制して周囲に気遣っているのだが、今はそんな気配を感じられない。

 ついでに説明をするならば現在、高潔さを表し、優雅で気品あふれるたたずまいの白亜の宮殿は禍々しい魔力に感化されたかのように黒い靄と化した魔素が取り囲み、物語に出てくる魔王城のごとき様相をていしていて不気味だった。


(レイ~、ルカ~、八つ当たりはダメだっていつも言ってるじゃんか……)


 いったい何人がこの魔力にあてられて魘されたのだろうかと考えるだけで、シシーは手で頭を抑えたい衝動にかられるのだが、なんとか自制した。女帝と皇配殿下の前ではその行動が失礼にあたるだからだ。

 もう一度「申し訳ありません」と謝まり、平然を装っている彼らもキツイだろうと思い至ったシシーは自身の魔力を拡げて女帝たちをカバーした。すると彼らの固い雰囲気が和らいだので、シシーの行動は正解だったようである。


「ウフフ、絆の兄弟としてあなたを思う2人の強い気持ちを身にしみて実感していたわ。わたくしの臣下達にとって、いい訓練になった事でしょう」

「特に軍部では滅多にない修業の場として好評だったよ」


 雰囲気から女帝と皇配殿下が本気でそう思って言っているのだと察したシシーは、為政者とはこうも逞しいものなのかと感心させられた。特にこの状況を修業の場と称して活用しようという豪胆さには頭が下がる思いである。普通は逃げ出すものであろうに。


「……帝国軍の精強さは、あらゆる事態に対応させるのですね……」

「窮地を好機をとらえるのが秘訣よ」


 誇らしげに語る女帝の姿が眩しく映るなか、それはやってきた。


「――――シシー姉ぇぇぇぇ!」


 巨岩をも粉砕させる強烈な突進力を誇る事で知られる『爆走破潰牛』(ばくそうはかいぎゅう)を彷彿とさせる勢いで駆け込んでくる人影が、速度そのままにシシーに飛びついてくる。それは殺人的なタックルまがいの抱擁であった。

 常人ならば大怪我を免れないであろうそれをシシーは受け入れた。ただし衝撃を逃がすかのように片足を下げて半身を反らせ、そのまま流れを殺さずに下げた足を軸足として、わずかな力だけで飛びついて来た者の軌道を変えて華麗に1回転を決めるという身のこなしでだ。


「危ないから飛びつき禁止だと言ってるでしょう?」


 言葉だけをみれば窘めているかのようだが、その声音は宥めるように優しく、飛びついて来た者の背に回していた片手を動かして、今は縋るように抱き着いている者の朱金色に輝く頭をシシーは撫でる。


「ルカ、返事は?」

「……………………以後、気をつける」


 まるで迷子になった子供が、ようやく再会できた母親に抱き着いて離れない幼子のようにシシーに抱き着いているのは、シシーの弟であるルカイアスであった。ルカイアスはシシーが苦しくないよう力の加減をしてはいるが、赤虎の獣人である特徴の1つである朱金に黒縞模様の尻尾をシシーに絡ませていて、しばらくは離れそうにない。

 そこへ玲瓏な声でシシーに言葉をかける麗人が現れる。


「お帰り、シシー」

「ただいま、レイ」


 妖精族特有の尖った大きな耳に、清流を思わせる水色の長く真っ直ぐな髪、氷の彫刻がごとく美しい顔の双眼は目の覚めるような青。シシーの兄、レイオールその人だった。

 レイオールは視界に収めたシシーの姿に、目に見える傷が無いのとルカイアスとの抱擁に至るまでの身のこなしから怪我は無いと判断して、慈しむような笑みをシシーへと向けてから女帝ロヴィーサに向き直り、頭を下げた。


「陛下の御前でありながら礼を失した我が弟の振る舞い、替わってお詫び申し上げます」

「あらあら、いいのよ。憎たらしいお馬鹿さん達を叩きのめしたくて仕方がないのに、こうして我慢してくれていたのだもの。礼儀がどうのと言ってあなた達の再会を邪魔するような無粋者、ここには居なくてよ。もし居たら、それはわたくしの臣ではないわ」

「そんな者が居たら遠慮なく吹き飛ばしてしまいなさい。帝国の風通しが良くなって良い事づくめだ」

「ありがとうございます」


 ほがらかな表情で一部物騒な言葉を吐く女帝夫妻の姿に、それまで空気のようになっていたカトレア達の顔がわずかに引き攣る。


「ミカ、アラン。御二方って……」

「大変素敵なお考えの持ち主でいらっしゃいます」

「年々、磨きがかかっていると評判ですね」


 過度な緊張状態にさらされた影響で思考が素敵な事になっているのではなく、これが夫妻の通常運転らしい。

 シシーはこの事実に動じず、別の事に気を取られていた。


「……やっぱり犯人ボコりたかったの?」


 こちらの方がシシーにとっては重要だった。


「当然だろう? 馬鹿共のせいで可愛い妹と1か月も引き離されたんだから」

「1番毛並のいいカシミヤ羊テイムしたから、シシー姉喜ぶと思ったのに居ないんだもん」

「フリージア先生が行方不明だと言うし……シシーだから無事だと信じて疑わなかったけれど」


 遠出をして1か月程度会わないというのはよくあった事だろうに――――というシシーの考えを察したのか、レイオールが続けて口を開く。


「他人の思惑で強制的に引き離されたのが腹立たしいんだよ」

「そのせいでシシー姉のごはん食べれなかった。……犯人許すまじ」

「これで何もしなかったら『アーラ』の名が泣くだろう?」

「関係者を端から順に血祭りにしようとしたら止められた」

「その時ちょっと暴れたけど……『アーラ』がやったにしては可愛いものだから気にしなくていいよ」


 さらっと軽くレイオールは言うが、それを聞いたシシーは軽く流せなかった。


(被害次第じゃお詫びに行く必要があるなぁ……)


 詳細を知っているだろうフリージアに必ず確認しようと決めたのだった。

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