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されるがままに

「なんでこうなったんだっけ?」

「……なぜでしょうね……」

「というより急すぎて、ついていけないんだけど……」

「……頭が理解を拒絶している」

「何なのでしょうね? この急展開。おもいっきり出鼻を挫かれました……」


 突然現れたフリージアはシシー達が呆気にとられているのを好都合とでも言うかのように、ろくな説明も行わないままに自らが乗ってきたと思しき、恫喝して学園のペットとして飼われている赤竜の背中に問答無用で荷物のごとく括りつけて空の旅へと強制的に送り出した。

 なす術なく、されるがままにされていたシシー、ミカ、カトレア、オルフェレウスとブランフォールの5人は、ただいま絶賛ぼやき中である。他は現実逃避をして眠りの世界へ亡命していた。


 明日の朝にはラトルの街を離れ、砂漠への入り口への町に向かうはずであったのに……無意味と分かっていても、この思いが彼らの心中を去来するのである。


 用事のため街中に出ていた面々は、人々の騒ぎに倣って上空へと視線を向けた先に見覚えのある姿を捉えて、まさか、と思った。スキルを使って正確に見定めた結果、それは学園生の竜への幻想を打ち砕いた赤竜、襲来した際フリージアによって叩きのめされた時についた顔の傷がトレードマークになっている赤竜だったのだ。よく見てみれば、その赤竜の頭の上には堂々と仁王立ちしている年齢不詳の美貌を誇る女教師の姿があり、その姿を認識した瞬間、何かを考えるよりも先に身体を動かして全速力で自分たちが拠点としている借り物件へと彼らは向かっていた。

 2、3人ごとにばらけて行動していたはずの彼らは、ほぼ同じタイミングで帰り着き、そこで改めて確認したフリージアの姿に固まった。巨体の赤竜は街への配慮のためか傍にはいなかったのだが、どうやって赤竜の元まで運ばれて背中に括りつけられたのかを覚えている者はいない。


 仰向け状態なので空を眺めている形になるのだが、彼らを乗せた赤竜が光魔法の光弾のごとき速さで空を翔けているため、あるはずの雲を目に捉える事が出来ず、ただ一面に広がる空色しか認識できていない。それでも風魔法による保護膜をフリージアが張ってくれたのだろう、シシー達は風圧に苦しむ事無く運ばれていた。


「……大量に作った食糧、どうしよ?」

「帰ったら、帰還パーティーでも開いたらどうだい? あっという間に無くなるだろ」

「ああ、なるほど。んじゃ、ここにいる全員は強制参加で」

「喜んでお呼ばれします」

「右に同じく」

「楽しみですねぇ」


 交わす言葉に覇気は無く、誰ともなく乾いた笑い声をだす。


「フフフ……向かう先は帝国なんだよねぇ?」

「教官はそう仰ってましたね……」

「……ちゃんとそこへ向かってるんだろうな?」


 オルフェレウスの疑問の声に赤竜がタイミングよく吼えた。それはまるで嵐の始まりを告げる雷鳴のように響き渡ったのだが――。


「……気のせいでしょうか? 「当然だ! 逆らうなんて命知らずな真似はしない!」と、聞こえたんですけど……」


 今度は肯定するように喉を震わせる赤竜。


「……契約者でもないのに会話が成立するとはな……」


 フリージアの授業を受けている生徒は、この赤竜と結構仲良くなれるかもしれない。



 *********************************************



 それから1時間ほど経ったころに赤竜は空を翔ける速さと高度を落とし始めた。


「到着かな?」

「ですね……ああ、宮殿直行ですか」


 赤竜がぐるりと旋回した際に、ミカには懐かしさを感じる景色の中で圧倒的な存在感を放つ建物が見えたのだ。

 ルフテ帝国を統べる女帝の御座所たるに相応しい壮麗な宮殿が。

 宮殿の広大な庭園を選んで赤竜は降り立った。意外な事に音も立てずにゆっくり、丁寧に地上に伏せる形で降り立ってくれたので、シシー達は木の棒に括りつけられた罪人のような姿にならずに済んで安堵の息を吐いた。

 フリージアによる魔法の拘束を早々に解いて自由を取り戻したシシー達はとりあえず、夢の世界に亡命している者達を起こしてさっさと赤竜の背中から地面に降りる事にする。そうしないと赤竜が動けないからだ。

 ハニーとメープルはシシーとカトレアが肩を揺さぶって起こし、高さがあるので2人を抱えて地面に軽々と飛び降り、男性陣はオルフェレウスの光の上級魔法である雷撃をあて、一気に覚醒させる。

 これを初めて見た時カトレアは、それでいいのか? と聞いたことがあったのだが真顔で「教官の授業を受けている連中にはこれで丁度いい」と返され、さらにはそうして起こされた連中も「これくらいが普通です」と言うのを聞いて呆れかえったというエピソードがある。


 目覚めの一撃を受けた男性陣が機敏な動きで地面に降り立つと、それを待っていたかのように柔らかな女性の声がかけらた。


「ようこそルフテ帝国へ、アドフィスの生徒達。此度は災難でしたね」


 その声に、真っ先に反応を示したのは帝国貴族であるミカとアラン。彼らは声を発した女性を確認するや、その場で素早く膝をついて最上級の礼をとった。

 シシー達の眼前には、ほどよく距離を取っていつの間にか帯剣をした大勢の護衛兵と、その兵士達に守られるようにして佇む、見るからに高貴な女性と、その女性をエスコートしているこちらもまた高貴な男性がおり、その傍には文官らしい服装の人が数人控えていた。


 この場所と、帝国貴族であるミカとアランの態度、赤竜の背中に括りつけられる前にフリージアが発した言葉から、目の前で多くの兵士に護衛されている女性の正体を悟った残りの面々もミカ達に倣って最上級の礼をとる。アドフィス学園では卒業後に宮仕えをする事が決まっていたり、腕を見込まれて上流階級の社交場に出る機会もある事を考えて、全生徒に国際基準の礼儀作法を教えられるので出来ることだった。


 ただ1人、シシーだけはそれに倣わないので「なぜお前は礼をとらない?」という視線を複数寄越される。

 だがシシーはその視線に怯まずに姿勢をただし、おもむろに口を開く。


「おそれながらルフテ帝国が女帝、ロヴィーサ陛下とお見受けします。私はシシーユ・アーラ・アノーノル、『アーラ』である故に膝をつけぬご無礼、お許しを願います」


 いつもであればここで騎士としての礼をとるところだが、今シシーが着ているのはドレスであるために今回は淑女としての礼をとる事にした。スカートを両手で少しだけ持ち上げて片足を後ろに下げ、下げなかった軸足の膝を曲げて背筋は伸ばしままに腰をおる。

 シシーが名乗った瞬間、『アーラ』を名乗る者だと知ると、すぐさま咎めるような視線は消えた。


「まあ、あなたが」


 この世界で『アーラ』に膝をつかせる事ができるのは、『アーラ』である者の師と、その『アーラ』に主と認められて『アーラ』を殺す事の出来る技量を備えた者だけだ。

 『アーラ』を名乗る者が何らかの理由により暴走した時、止める手立てを持たぬ限り膝をつかせてはならない。それがこの世の不文律。


「ルフテの女帝たる、このロヴィーサが許します。これより先も己を厳しく律し、自戒する事を望みます」

「アノーノルの名に誓って必ずや。陛下の慈悲深きお心に感謝いたします」


 以上のやりとりが、権力者と『アーラ』の「正しいご挨拶」になる。


「さあ、堅苦しいのは終わりにしましょう。楽にして下さいな、あなた達も」


 女帝に促されてミカ達も立ち上がる。


「いきなりの事で驚いた事でしょう、まずはゆっくりお休みなさい」

「事情は兄から聞いている。詳しい説明はフリージアの方が一段落してからにしよう。それから、シシーユ君」


 女帝をエスコートしていたのは夫であり、レクソトーラ王の王弟であるシグレス皇配殿下。そのシグレスがシシーに呼びかけるのだが、なぜ呼ばれたのかシシーには分かっていた。


「――兄と弟がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ございません」



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