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急展開!

 次の日、ハニーとメープルはその日1日を休養にあて、残りは借りている物件の引き払いや細々とした用事を片づけていた。


「パンはクルミパンに干しブドウを混ぜ込んだもの、バターをたっぷり使ったデニッシュに定番の丸パン……肉魚問題なし、各種調味料揃ってる……」


 そんな中、シシーは食糧の準備に余念がない。調理師ギルドの貸し作業場で作っておいたパンやら瓶詰めやらをあらためて確認しながら道具袋に仕舞い込んでいる。

 そんな姿をカトレアは口にキセルを咥えて紫煙を燻らせながら、優雅にソファに寝そべって眺めていた。一見すると煙草を嗜んでいるように見えるがキセルに詰めた葉は煙草の葉ではなく、魔力回復効果のある葉であり、スーッとする爽快感のある匂いを香らせていて、煙草と違って依存性がなく健康を害する事も無い。


「相変わらずあんたと居ると、旅に出るんじゃなくてピクニックに出掛けるみたいになるねぇ」

「ごはんは美味しくあるべきなんです」

「それに異論はないけど、量が多すぎないかい?」


 いくらよく食べる男どもが16人も居るとはいえ、砂漠越えするには過剰な量の食糧がテーブルの上だけには収まりきらず、床一杯に広がっている。直置きするのは抵抗があったのか、布が敷かれた上に並べられているのだが、よくこれだけの量を短時間で作ったものだと感心せざるを得ない光景だ。


「……つい作り過ぎちゃうんですよ。レイとルカは、ちゃんとごはん食べてるかなぁとか考えちゃうと」


 レイは絵や図形を描くのは玄人はだしの域なのに、それ以外では手先が途端に不器用になるので食事の準備など不可能であるし、ルカは作れるけども面倒がるし、人が作った物の方を好むが味にうるさいので外食したがらないのだ。

 それを思い出したカトレアは顔が引き攣ったのを自覚した。


「……食の恨みも加算するね……」

「アハハ、もしかしたら姐さん達には周囲の避難誘導をお願いするかも……犯人ボコるよりも、犯人をボコってそうな2人を止めるのが先になりそうだと最近気付いたから」

「止めるのを手伝えって言わないあんたの優しさが身にしみるよ」

「私は鬼じゃないですよ」


 『アーラ』相手にそんな事を言うのは死ねと言ってるのと同じである。幸いにもシシーにはその辺の分別は世間と同じものがあった。ところどころで世間と認識のズレを垣間見せるシシーではあるが、命がかかわるような肝心な部分だけは世間と合致しているのがカトレアにとっては不思議であった。


「おかげで助かってるけど……このちぐはぐさは何なんだろうねぇ?」

「何か言った? 姐さん」


 小声の呟きは作業に忙しいシシーの耳には届かなったようである。


「ただの独り言だから気にしないでおくれ……っていうか外、騒がしくないかい?」


 カトレアに言われてシシーが意識を外に向けると、何かを叫んでいる人々の声や、それに伴う忙しない喧騒が届く。


「本当だ。それにいつもとは様子が違うような」


 このラトルの街は物流の要であるため、人も多く集う。迷宮が立ち入り禁止になったことで賑わいが少し落ちたと街の人は話すが、外から来た者にとっては喧しいと感じるほどの活気に満ちた街の様子のどこがそうなんだ? と疑問に思ってしまうほどの喧騒に溢れていた。

 商売人の威勢のいい掛け声に荷馬車の行き交う音、時々張り上げられる怒号にそれを囃し立てる野次馬の声がしたかと思えば、吟遊詩人が奏でる音色に旅の一座らしい者達による軽快な音楽、民衆の歓声やざわめきと忙しない音の数々が聞こえてくるのだが――。


「なんか興奮? してるような……」


 いつもの比ではない街全体の驚きと興奮が伝わってくるのだ。


「なんだろうねぇ? 竜でも飛んできたかい?」


 街全体が驚きに包まれる出来事というのは竜の飛来だと相場が決まっているのだ。

 食物連鎖の最上位に君臨する竜は人々にとって畏怖の対象であると同時に憧れの存在である。語られる古の英雄の多くが竜を倒すか、竜に認められて契約を結んで世界の危機を救ったと言われているのが理由だろう。

 野良の竜が飛んできたならば襲来と捉えて大混乱になるので、誰かと契約を結んだ竜がやって来たのかもしれないと2人は考えた。


「……竜って聞くと、フリージア先生を真っ先に思い浮かべる私は間違ってるかな?」

「先生を知ってる奴にとっては普通だろう。アタシだってそうだし」


 フリージア・レト・グレン。

 天下のアドフィス学園、影の支配者にして魔法学科担当主任教師である年齢不詳の美貌を誇る女傑。何年前かは知らないが、若かりし頃に数度の竜討伐に成功している『竜殺し』。

 彼女の前ではどんな暴れ竜も借りてきた猫のように大人しくなると言われており、それを証明するかのように学園に襲来してきた気性が激しい事で知られている赤竜を魔法で撃ち落とし、お得意の肉体言語によるお説教でその赤竜を文字通りに泣かせてビビらせ、迷惑料がわりだと脅して誇り高き竜に奉仕活動を了承させたという過去がある。

 その赤竜は現在学園にてペットとして飼われているのだが、ちょっとやんちゃな事をやからしてはフリージアにお仕置きを受けており、頭を抱えて尻尾を丸め、哀愁漂う背中を生徒にさらしながら人に許しを請う竜というものを学園生は見ることになるのだ。


 学園生は語る――――『竜』というものに抱いていた幻想を木っ端微塵にされたあの時の衝撃は言葉では言い表せないものがある、と。


 外で沸き立つ人々の様子とは逆に、屋内にいる2人は微妙な表情を浮かべていた。



 ******************************************



「さあ、帰るわよ。といっても行き先は帝国だけど。早く荷物をまとめなさい!」


 目の前に立つ人物を認識して固まる者多数、立ったまま夢を見ているのかと疑って頬や手の甲を抓ってみる者数名、笑顔を張り付けるものの引き攣っている者少数。

 そして素直に疑問を吐露する者が1名――。


「ナゼ ココニ 先生 ガ イラッシャル ノ デショウカ?」


 驚きのあまり言葉がかたことになってしまうのは許してほしいとシシーは思った。


「決まってるでしょう。あなたの兄弟が今にも元凶のアホ共を駆逐しようと修羅に変貌するのを止めるために、あらゆる手段使って捜し出したからよ!」


 両手を腰に当てて胸を張り、堂々とのたまう人物にシシーは二の句が継げなかった。


 きっちり纏められた栗色の髪、かけられたメガネの奥に見える赤い瞳、年齢不詳の美貌を誇る厳格な雰囲気の女教師フリージアがそこに居た。

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