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ラトルの街 2

「……だから貴重素材をそのまま献上する案は却下だったのか……」


 シシーが持つ素材の中には、それだけで充分すぎるほどの価値がある物があり、それをそのまま献上すれば良いのではないかと意見が出た事もあったのだが却下されており、その理由が職人としての腕前を披露するからだったのかと納得するオルフェレウス。


「それとは別にもう1つ。素材を献上しても扱える職人がいないと意味がないから」

「アイテムに加工されてる方が貰う側としては便利だろう? 持ってるだけで満足です、っていうならそのままでも良いだろうけど」

「……資産として捉えるのならどちらも優れていますが、すぐに活用できる方が嬉しいでしょうね。いつ必要となるか分かりませんし、期待の新人が作成したアイテムの方が話題性もありますし」

「シシー先輩、じゃなくてシシーさんは既に名前が広く知られているので付加価値がありますし、カトレアさんも注目株と帝国では既に噂になってます。そのアイテムを入手できるとなれば相手方の機嫌は良くなりますから」


 最大限に価値を高める努力をして損はないのだ。


「で、ハニーとメープルの作品は、アタシとシシーが実力を認めて将来を楽しみにしている後輩アトリエ生のものとして売り込む」

「大いに食いついてくると思いますよ」

「自慢になりますからねー。話を聞かせた後にこれを取り出して見せれば、誰もが納得する出来栄えですし」

「帝国でのミカとアランの働きに期待するよ」

「任せて下さい」

「頑張ります」


 そこまで考えて貢物の用意をしていたのかと感心しきりのハニーとメープルに、どんな状況に陥ろうともタダでは転ばない様子のシシーとカトレアに舌を巻く周囲。


「ところで、アランはまだ『さん』づけに慣れないのかい?」


 この街に来て3日経つのに、言い直したがシシーを先輩呼びしていた。


「アハハ、すみません。外では大丈夫なんですけど、気が弛むと『先輩』って呼んじゃうんですよね……」


 この3日間、ハニーとメープル、シシーとカトレアの職人組はギルドの貸し作業場で製作に励んでいた。ただし、シシーとカトレアは周りの目があるので当たり障りのない作業だけで済まし、本格的な事は帝国に着いてからする事にしていた。一方の戦闘職学科、男性陣はギルドに張り出されている依頼で日雇いのもの限定で受けながら、情報収集に勤しみつつ時間を潰していた。代理決闘で迷宮は立ち入り禁止なので探索者の数が以前よりも少なくなって需要と供給のバランスが崩れ、大きな街だけに細々とした依頼も多いのだが報酬が少ない事もあって後回しにされており、それを好んで選んでいる彼らは歓迎されている。

 お昼時には可能であれば戻ってきてシシーが作るご飯を食べるか、お弁当を作ってもらって持っていくというのが定番である。


「そういえば今日、商人の所で積み荷の運搬をしてたんですけど、10日後に8人目の代理決闘が行われるって話を聞きました」

「あ、その話なら俺たちも聞いた。観戦に行く人が多くて東の道が混んで困るって」


 後継者争いによって負の感情が高まるのを避けようと、公国は必死ともいえる広報活動を行って決闘を盛り上げており、お祭り雰囲気を演出して民の活気を生み出し、それによって負の感情を少しでもはらおうとしているのはこの街に来て知ったことだ。蜂殺迷宮の変動を知っているシシー達からみれば、無駄な努力だなぁ、と感じるのだが。


「……どうする? 耐熱アイテムが出来たから予定前倒しにして帝国に行く? 早いとこ迷宮の変動知らせないとマズいよね」


 カトレアによれば、鍛冶師ギルドでは良質な鉱石類を確保できていた蜂殺迷宮が閉鎖状態になった事により、少なくない影響が出ているらしい。


「今はまだ在庫があるから市場も落ち着いているけど、それが無くなったらマズい状況になるねぇ…………公国とギルドが上手く情報操作してるけど、頭の良い所は既に動いてるよ」


 1度言葉を切ったカトレアは表情を険しくさせた。


「解除されてから変動を知った所で何も出来ないさ、後の祭りだね。以前と同じ量を安定供給なんて出来ない状態だ。鉱石市場の混乱は避けられないよ」

「……1度も調査団が派遣されていないのが何より問題です」


 共に働いて世間話もしていれば、相手がぽろりと重要な情報を零す事がある。それを狙ってミカ達は働いていたのだが、それを聞くたびに今の状態がマズいという事をひしひしと感じていた。


 迷宮を擁する国や近い国で内紛など政情不安が起これば、それがどの程度迷宮に影響を及ぼしているか調べる必要がある。いきなり他国が介入すれば角が立つのでギルドがその任を負っているのだが、ここの探索者ギルド、公国との癒着が相当根深いのか1度も調査団を派遣していないのに問題なし、と報告しているのだった。表向きには月に1度、不安を煽らない為に調査団を秘密裏に派遣しているが問題は起きていないと大嘘をついており、迷宮内の魔物が増えている事にも気付いていない。


「罠については僕らが飛ばされてきた影響でしょうから仕方ないとしても、以前から魔物の数が増えているのには気付いていなければ可笑しいです。『問題なし』ではなく『要経過観察』と報告すべきですよ」

「……平和ボケしてるよね」


 ここ200年ほどは世界的に大きな争いなどなく落ち着いていた。そのせいなのだろうか、こんな有り得ない事を平然と行っているのは。

 これ位ならば大丈夫だと勝手に線引きしているのかは知らないが、公国とギルドは世界の安全を脅かしているのだ。明るい未来はないだろう。


「公国のきな臭さは他国の知る所ですから、いずれは明るみになるでしょうけど……」

「早ければ早い方がいい、だな?」


 確認を込めたオルフェレウスの問いにミカは強く頷く。


「はい。今回の強制転移で迷宮が受けた影響は捨て置けませんし、公国の現状はあまりにも酷すぎます。放置した場合どんな災いを招き寄せるか分かりません」

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