ちょっとした疑問
街の東門へ向かう為にみんなが準備を整えている中、一足早く準備を済ませたハニーとメープルの2人は迷宮を眺めていた。
昔は地面に暗い穴がぽっかりと開いているだけだった迷宮の入り口は今、目印がわりに石造りの建物で覆われており、子供向けの冒険譚に描かれている迷宮のお手本のような様相を呈している。それをじっと眺めている2人に気付いて、カトレアは声をかけた。
「どうしたんだい? 2人とも。何か面白いもんでも見えるかい?」
「あ、いいえ~」
「そういう訳じゃあ無いですよ~」
揃った動きで首を左右に振りながら否定する。
「ただ~」
「あの迷宮は戻らないのかな~?」
「と思ってたんです~」
「……戻る?」
カトレアは首をひねる。2人の言う『戻る』の意味が分からなかったのだ。それを悟った2人は交互に話しながら『戻る』の意味をカトレアに説明していく。
曰く、2人の国でも迷宮が不安定な状況になり、迷宮のレベルが変動したと噂されていた事があったのだが、その迷宮はいつの間にか元のレベルに治まっていた事があったそうだ。
「へ~、そんな話があるんだねぇ」
カトレアは初めて聞く話だ。鍛冶の素材を入手するために迷宮に潜りはするが、不安定になった迷宮の事についてはカトレアもよくは知らない。鍛冶が本業であるのだから知る必要が無く、危険だから近づかない、ただこれだけを知っていれば良かった。
だが2人の話によってカトレアの好奇心が刺激されて真相を知りたくなってしまったので、手が空いている者の中で説明してくれそうな人物を探すと、丁度いい人物が居た。
「おーい、ブラン。ちょっと来ておくれ」
おいでおいで、と手招きしながらブランフォールをカトレアが呼べば、彼はすんなりと3人の元へ歩み寄ってくる。
「どうされました?」
「ちょいと教えて欲しい事があるのさ。不安定になった迷宮が、元のレベルに戻る事ってあるのかい?」
「迷宮が、ですか?」
カトレアは頷きながらハニーとメープルから聞いた話をブランフォールに伝える。
「ああ、それですか。それは迷宮が安定する前に迷宮主を倒して、増えてしまった『核』を削ったんですね」
3人は揃って首を傾げる。
「……どういう事だい?」
「倒して~?」
「削る、ですか~?」
上手く想像できない。
「ええと、そうですね……迷宮主と呼ばれる存在を、どのようなモノと考えますか?」
「どうって、そのまんま迷宮の主だろう?」
小人族2人も同意見のようで、うんうん、と頷いている。
「半分正解で半分違います」
ブランフォールは説明する。迷宮主と呼ばれる魔物には意思がなく、迷宮核に寄生されて体を奪われた魔獣であると。その体は作り変えられた迷宮核の道具なのだと。
「……寄生、ですか~」
「……えげつないです~」
「ですが一概にそうとも言えないのですよ。寄生された際の精神戦で負けずに勝利すれば、逆に迷宮核を取り込んで己の力に出来ますから」
実際、寄生に失敗して取り込まれる方が多いのだ。
「ボクらは『迷宮核』と呼びますが、お三方には『魔力結晶石』と言った方が分かりやすいでしょうね」
「――! アレがソレなの!?」
どうやら通じたのはカトレアだけだった。
「それは~」
「何ですか~?」
「ああ、2人はまだ知らないか……『魔力結晶石』は『賢者の石』となる原料だよ。それに複数の素材を合わせて錬成すればなるんだ」
それならば錬金術師見習いになったばかりのハニーとメープルも知っている、錬金術師ならば垂涎の的である。
「『魔力結晶石』は寄生に失敗して魔獣に取り込まれたモノを言いますが、迷宮核は寄生に成功したモノを言うんです」
「ついでに言うなら、迷宮核はそれ単体で『賢者の石』になるよ。秘めた力が強いから」
そう付け加えたのはシシーである。何やら面白そうな話をしているので交ざりに来たようだ。
「良い事聞いたねぇ。で、迷宮核を削るってのは詳しく言うと?」
「迷宮を造り出し、維持しているのは迷宮核の膨大な魔力ですからそれを削るんです。迷宮主の頭部に王冠のように迷宮核は生えているんですが、迷宮が不安定な状態になって増えた核は色が違うので見分けがつくそうです。その色が違う部分だけを迷宮主を倒してから削り取って回収し、残りはそのままにしておけば、新しい体となる魔物に寄生した迷宮核は従来の力しか持ちません。なので迷宮のランクも自然と元に戻るんです」
ハニーとメープルの国の迷宮はこの手法で元に戻したのだろう。
「ですがこれは大変な方法なんですよ」
「定期討伐と違って倒さなきゃいけないし、条件が一気に厳しくなるんだよね……不安定な迷宮は」
定期討伐とは迷宮によって期間は異なるが、一定年数で迷宮主を討伐する事を言う。討伐と言っても倒す必要はなく、適当に迷宮主を戦闘させて疲弊させ、迷宮を成長させないように人が管理するのだ。育ち過ぎた迷宮は《暗黒の蜜月》もどきを引き起こしてしまうから。
この作業にしたって相当な危険を孕んでいる。下位ランクの迷宮ならばそれほどでもないが、上位ランクの迷宮は文字通りに命がけで行われ、100人がかりでやっと倒す、それも生還者0という結果になることだって珍しくはない。多大な犠牲を払ってでもなし得なくてはいけないのが定期討伐。
それ故に世界は強者を尊ぶ。
――世界の安寧と平和を守る担い手だから。
それ故に世界は実力者を尊ぶ。
――強者を強化する技術と知識を持つ者だから。
「蜂殺迷宮はどうなるでしょうね?」
「鉱石の市場で蜂殺迷宮が占める割合いかんでは……討伐連合が組まれるかも」




