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食後の団欒

 シシーが大量に作った料理の数々は余すことなく平らげられた。むしろ食べ盛りの男性陣はまだまだ食べられそうであり、シシーに「次はもう少し増やすか」と思わせるほどの食べっぷりを披露したのである。 同じ年頃のレイとルカもよく食べるのでそれを参考にした量をシシーは作ったのだが、美味しい食事に飢えていた彼らはその上をいくようだった。使った大量の食器や調理道具はグリューネがあっという間に清めてくれるので、洗い物と格闘しなくていいのは世の奥様方が知れば羨ましがる事必至であろう。


 食事を終えた彼らはシシーの「食後のお茶は必須でしょ」との言葉により、東の料理に合わせて東のお茶を供され、それを楽しんでいる所である。

 独特の香ばしさを漂わせるそのお茶は苦味も渋味もなく、あっさりした口あたりで、飲めば思わず全身の力を弛ませて寛がせる。


「……なんか、普段よりも充実した生活になってるような……?」

「見知らぬ魔法で1か月後に強制転移させられたら、普通は不安やら周囲への警戒心で心休まる事なんて無いはずだもんなぁ」

「思いっきり寛いでますねぇ、俺ら」

「アハハハ、ごめんね。主に私のマイペースさのせいだよね」


 美味しいごはんを食べてお茶を飲むのはシシーの日常であり、こんな状況であろうとも譲れないもの。悪く言ってしまえば、シシーの我が儘に彼らは付き合わされている状態である。


「いえいえ。おかげ様で必要以上に力んで心身ともに疲弊させずに済むので助かっています」

「ブランの言うとおりだ。異常事態に遭遇すると、混乱による崩壊やら疑心暗鬼に陥って自滅とかはよくあるパターンだからな。その危険性がないのは気が楽だ」


 何よりそれによって迷惑を彼らは被らない、どころか良い事ばかりである。こんな我が儘ならば大歓迎であろう。


「ちょうど良いから聞いておくけど、この後は街へ行くんだろう? どれくらい時間かかるんだい?」


 その問いはミカへと向けられていた。魔法野菜の一件で石化しながらも『シシー先輩だから』という魔法の言葉で独り、すぐに復帰していたミカは離れた場所で何かを確認するような仕草をしていたのを、カトレアは目ざとく確認していたのだ。


「それなんですが、1日かけて遠回りした方がいいかと考えてたんです」


 ここから南へ2時間歩けば街の北門に辿り着く。だが――。


「北門に向かうのは蜂殺迷宮から帰ってきた探索者しかいないんです。ここより北へは街がありませんから」

「……今この時期に北門へ向かう者は問答無用で捕縛ルートですね……」


 北にそびえる峻峰(しゅんぽう)クラッドスタンが遮り人の往来がないのである。必然的に北門は探索者専用になっており、平時であれば明日をも知れぬ危険稼業ゆえに身元を証明する物としてギルドカードを提示すれば他の門よりも簡単に出入りできるその場所は、今は跡目争い勃発した影響で他門よりも厳しい警備体制が取られているだろう。


「迂回するのは決定として、どの門から入るんだ?」

「東門をおススメします。首都と繋がる道ですので人も多く行き交いますから、情報収集しやすいと思います」


 街へ入る前に公国の現状についてある程度知っておかないと怪しまれる事もある。これから向かう街は人や物流の拠点となっているため、迷宮が立ち入り禁止になっていても街が寂れる事はないとミカは知っていた。


「ふむ、あとはアタシらの関係をどうするかだねぇ。学園生としての繋がりを隠すのなら、どういう設定でいくんだい?」


 他校の生徒を騙るには学生証が無いので無理である。ギルドの組織制度『クラン』のメンバーだと称すにも証がいるので同様に無理だ。


「それについては、親の世代がクランのメンバーで知り合った仲とするのが無難かと」

「独り立ちの前に子供同士を交流させて旅をさせるのはよくある事だ。……今回はスキル上げのために蜂殺迷宮へ来たが公国の事情を知らなかったので断念した、という形をとればいいだろう」

「そのため代わりに砂漠越えをして帝国へと赴き、そこから国へ帰るという事にすれば良いのではないかと話してたのですが」


 どうでしょう? と問われてカトレアは考える。

 この設定は確かによくある事、似たような話はカトレアも聞いたことがある。よく聞く話であるだけに、突っ込んで聞かれる前にこの設定を言っておけば周囲は勝手に推測やら憶測やらをしてくれるので、困る事はそうないだろう。長居する訳ではないのだからこれで充分だ。


「……うん、問題ないとアタシも思うよ。作りこみ過ぎると逆にボロが出るだろうしねぇ。クラン名は小っ恥ずかしい名前だから勘弁してくれって言っておけばいいし」


 実際にあるのだ。子供からしたら恥ずかしいクラン名というのは。


「あとは先輩呼びを止める事くらいかい?」

「どうしてですか~?」

「ん? だって見た目は年上のこいつらがシシーを先輩呼びするのは普通変だろう?」


 こいつら、と言ってカトレアが指すのは戦闘職学科の1年たちであり、その中には20代らしき容姿の者もいて、そんな彼らが17歳のシシーを先輩呼びするのは違和感がある。

 アドフィス学園には最低入学年齢が設けられているだけで上限はなく、それは遅咲きの才能の持ち主も受け入れるためであり、それ故に各学年の生徒に年齢の統一感はないのだ。


「普通は学校って言えば10歳までに最低3年間通って、日常生活に必要最低限の読み書き計算を習った所だろう?」


 この世界はスキルが存在するのでそれ以上の教育は必要と思われない。最低限の教養を身に着けたら、スキルに合った職業を選択して、多くが知り合いの職人に師事するのが普通なのだ。

 彼らの年で通う学校というのは国家運営の学校、国家予算を割いて最高の教育を施すに値すると判断された一握りの人材、いわばエリート集団。その中でも特に優秀とされた者がアドフィス学園に留学してくる。ハニーとメープルのように。

 余談ではあるが、ハニーとメープルの国では2人の一件があった事で学校側が反省したらしく、遅まきながら西の共通語を必須科目として教える事になったらしい。


「だから普通は先輩と言ったら修行先の先輩弟子を指すけど……無理があるだろう」


 年下が先輩になる事は珍しくない。修行に入った年齢が早かったり、師事する人を変えたりした場合があるので。

 問題なのは流派が違う事なのだ。

 シシーの得物は金属製の長弓、使う弓術は破壊の力を纏った『破道の弓術』。これが使えないのに姉弟子と呼ぶのは不自然すぎる。

 カトレアにしたってそうであるし、魔法学科の3年もそうだ。1年でも魔法を使う者もいるが流派が違う。


「確かに~」

「その通りです~」

「という訳で先輩呼び禁止」

「えっと、じゃあ、何とお呼びすれば……?」

「さん付けでいいだろ。シシーもそれで構わないだろ?」

「というか呼び捨てでも構わないけど」


 『アーラ』を呼び捨てにする度胸など皆無な1年組みが高速で首を左右に振って「無理!」だと訴えかける。ミカであっても顔が引き攣っていた。


「いえ、是非ともさん付けでお願いします」

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