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朝食 2

「~~! 美味しい! やっぱりご飯はこうあるべきだよ! 久しぶりに東の味……!」


 感情の箍が外れて踊り続けていたヒエンがシシーに差し出された食事に目の色を変えて飛びつき、見ている側が呆気にとられる勢いで次々に口へと頬張り、餌をほお袋に詰め込んだ小動物のように頬を膨らませながら咀嚼して飲み込んだ後に発した言葉である。目をうっとりさせて全身から幸せオーラが放たれている。

 東の料理が並べられているのは、シシーが取り出したベンチテーブルの上。家の倉庫に片づけるよりも道具袋に入れておいた方が何かと便利だという理由で所持していたものだ。

 テーブルとイスのセットを横に繋げて、20人が一緒に座っても狭苦しくないのだが、何故シシーがこのセットを大量に所有していたのかは不明である。


「味は薄くない? 大丈夫?」

「うん! ちょうど良いよ! 素材の味が前面に出てて、それを引き立たせるような絶妙な塩加減だもん!」

「なら良かった。お父さんの味には敵わないだろうけど、沢山作ったから遠慮なく食べなよ」


 ヒエンはそれに満面の笑顔で頷き、嬉々とした様子で食事を口へ運ぶ。今度は焦らずゆっくり、本来の一口分の量を頬張ってじっくり味を堪能していた。

 いくらマイスターを持っている者が美味しく調理しても、その人を育んだ味には敵わないとシシーは知っていた。自分が食べて育った師の味には、自分の味が及ばないと常々思っているからだ。


「で、問題なのはみんなの方なんだけど……口に合う? もろに東の味付けにしちゃったんだけど」


 どうも東方大陸の出であるのはシシーとヒエンだけらしいのだ。東の食事道具、箸を扱えるのがこの2人だけで、シシーが所持していた予備の箸を渡してみたのだが上手く扱えず、一部が手を攣りそうになった事から分かった。そのため2人以外は先割れスプーンを使って食事をしていた。


 西の主食がパンであるのに対して東の主食は米であり、お米が食べられない事がヒエンの深い嘆きになっていたらしく、何よりも白米が食べたいとシシーにヒエンはねだった。おかずは二の次であるらしい。

 その要望通りにシシーは、1つ1つの粒が立って艶々とした白米を炊き上げ、それに合わせて主菜はシンプルに足蹴鳥(あしげどり)の巨大な卵で作っただし巻玉子、副菜は破裂クルミを使った青菜あえ、3色の砲撃豆の煮物に、箸休めとして赤石大根の酢漬け、汁物は烈火猪(れっかいのしし)の肉と爆弾ジャガイモを使った豚汁を作ってみたのだ。

 東の者ならば別段珍しくもない料理なのだが……醤油も味噌もない他大陸の彼らは大丈夫なのだろうかと、作り終わってからシシーは気付いた。カトレアとアトリエ生仲間にも料理を作る事はあったのだが、その時は西風の料理ばかり作っていたので反応が分からない。


「大丈夫です!」

「初めての味ですけど、とても美味しいです!」

「なんか、不思議と舌に馴染む味ですね。優しい味というか」

「あの魔力増加最優先の食事に慣れている者としては、スキル持ちの人が作った料理すべてが美味しく感じられます……!」

「お前、気持ちは分かるがその発言は却下だ! ありがたみが薄れる!」

「このスープ、豚汁だっけ? 肉と野菜の旨味が凝縮されてて本当に美味しいしねぇ」

「玉子さんの新境地です~」

「お豆さん美味です~」


 賛辞を挟みつつも口と手が休むことなく動き続けている事から、問題なく受け入れられているとシシーは安心したのだが、とある2人の意見が気になるのだった。


「ミカとアランはどう? 貴族だから美味しい食事に慣れてるでしょ?」


 果たして、西の美味しい食事を食べ慣れている彼らにとって、東の味は大丈夫なのだろうか? と思うのだ。


「とっても美味しいですよ。美味しい食事は国境や大陸を越えます」

「はい。俺の家なんか、『軍に入ったら不味い食事しか出てこないと思え!』って言われて育ちましたから、舌が肥えないように味が微妙なものを出されてましたし」

「武の道に進むなら味覚の修業も課されます。帝国の軍は『粗食こそが屈強な兵を生む!』という理念がありますから、美食に慣れた者はやっていけないですし」

「…………マジで?」

「皇族の方ですら粗食に耐えられるように育てられます。有事の際は、早く帰って口福を味わう事が原動力になって自然と士気が高まりますから」


 美味しい食事は舞踏会などの催し物か、祝い事の席でしか振る舞われないのが帝国では普通なのだと2人は説明する。帝国軍の精強さは広く知られている事だが、その強さの一端が食事事情に起因していたのかと唸るシシー。

 人の三大欲求の1つ、食欲を巧みに利用するとは、帝国恐るべし。


「……ん? もしかしてご飯は不味い方が良い? 帰るまで私が食事作ろうかと思ってたんだけど」

「美味しい方が断然良いです!」

「僕も美味しい食事の方が嬉しいですけど、シシー先輩の負担を考えると……。手伝おうにも先輩がお持ちの食材、スキルの無い者が触っただけで悲惨な事態を起こしそうですし……」


 特に魔法野菜はシシーによって品種改良が施されているので、最低でも危険度3割増し、触るな危険を地でいっている食材ばかりである。


「ああ、それなら気にしなくていいよ。美味しいものを食べるためなら労力厭わないから、私。それに料理する事は私の一部だから長期間できない方が困るかも……禁断症状出そうで」


 シシーが包丁を1度も握らなかった日など片手の指で足りる程度である。美味しいものを食べたかったら手間暇がかかるのは当然だと教えられているし、料理する事が趣味であるシシーにとっては20人分を毎食調理するなど苦にはならない。むしろ料理できない方がフラストレーションが高まり危険だとシシーは自分で思っていた。


「……参考までに、どんな症状が起こるんですか?」

「やたらと好戦的になって弓を使わずに徒手空拳で戦いがたるのが第一段階。第二段階は好戦的な面が治まるかわりに生きた魔獣とかを見るたびに、どう調理しようかって思い始めて戦闘になっても後回し。最終段階は身の丈はある解体包丁で敵の解体ショー」


 最後のセリフには一同がドン引きした。


「………………是非ともシシー先輩には道中の食事をお願いします」

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