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朝食

 お腹の虫が活性化する匂いに誘われて起きだしてきた女性陣と男性陣は、真っ先に視界が認識した光景に目を見開いて立ち止る。

 踊っている……。

 燃え盛る炎のような髪を持つ、中性的な美貌の少年が楽しげに踊っていた。どこかあどけなさが残る美しい顔は上機嫌である事を示すように緩められて歓喜が滲み出ているようで、そんな彼の魔力に呼応して輝く魔素が一緒に踊っているかのように乱舞して華やかさを演出している。


「……えー、レウス先輩。これはいったい?……」

「…………分からん。だが、ヒエンが最大限に歓んでいるのは分かる……」

「……アレは妖精族に伝わる舞なのでしょうか?」

「俺の知る限りでは違う。……ヒエンとは出身大陸が異なるから、東の妖精族特有の舞かもしれんが……」


 いち早く立ち直ったミカと、ミカに質問されたオルフェレウスの会話である。

 妖精族は一部例外もあるが、感情の波が非常に穏やかな種として知られている。他種族よりも永い歳月を生きるため、長い人生を平穏に送れるように強すぎる感情を削いでいったのだ。そのため、あまり表情を変えないのだが感情の機微が耳に表れる。ヒエンの耳は上下に動き続けていて、これは喜びを表す動きであるのでオルフェレウスにはヒエンが心の底から歓んでいるのだという事が分かるのだ。

 そんな彼らに声をかけるのはブランフォールであった。


「皆さん、そんな所で突っ立っていないでこちらへどうぞ」


 その声に従ってぞろぞろ動くものの、視線は周囲の事などお構いなしで踊り続けているヒエンに固定されたままだ。


「ブ、ブラン、ヒエンの奴はどうしたんだ? 年若い妖精族は感情が表に出やすくはあるが、アレは少し異常だぞ」

「あー、それですか……気にしないであげて下さい。思いがけず、常々抱いていた欲求が最高に近い形で叶えられたせいですから」

「……欲求、ですか?」

「ええ。ミカ君たちには訳が分からないでしょうが、レウスたちは知っているでしょう? ヒエンが食事のたびに呟くセリフを」

「『美味しいの食べたい』」

「『東のごはんが食べたい』」


 ブランフォールの問いかけに、即座に言葉が返ってくる。


「そうです、それです。習慣らしくて早い時間に起きてらしたシシーさんとお話しをしてまして、ヒエンとシシーさんは同じ東の出身であるので会話も弾んだんですよ。その中でヒエンが食事について触れまして、事情を知ったシシーさんが東の料理を作ってくれる事になったんです」


 その時のヒエンの食いつきぶりは凄かったんですよ、と思い出し笑いをしながらブランは話す。


「それでアレなのか。それなら得心がいく」

「ヒエンの嘆きというか愚痴を聞き知ってるからね……」

口福(こうふく)に慣れた奴には地獄の食事だもんな……魔力増えるけど」


 スキル持ちの家族が居る者ならば必ず通る道である。アトリエ生などの例外を除いて寮生活を送る生徒の為に学園には【調理】スキル持ちの料理人が居るのだが、粗食に耐えるも修行の内と称して美味しい食事は週1回だけ。スキル持ちの家族に恵まれた者にとっては苦行なれど、恵まれなかった者にとっては1週間頑張った褒美だ。


「それにしても~」

「いい匂いです~」


 唾液腺が刺激されてしょうがない。野外でこんな匂いを漂わせていたら魔獣が寄ってきてしまうのだが、ここは迷宮の近くであるし、もし寄ってこられたとしてもスライムのグリューネが居る限り襲われはしないだろう。


「……何故シシー先輩は離れてるんですか?」


 お腹の虫を騒ぎたたせる匂いの発生源を辿ってみれば、不自然に離れた場所で煮炊きをしているシシーがいた。右肩にはカトレアと一緒に来ていたはずのグリューネが、いつの間にやら移動していたらしく鎮座している。


「安全の為だそうです」

「……あー、そういう事かい」


 1人納得するカトレアだが、周囲は頭上に疑問符を掲げたままだ。


「できれば説明をお願いしたいのですが、エスピル先輩」

「ああ、ブランが言ったまんまだよ。シシーが道具袋に入れておく食材って、大抵が危険すぎてその辺には置いとけないもんばかりなんだよ。爆弾ジャガイモとか」


 ごく一般的な魔法野菜を例にあげられるが、それのどこが危険なのかと首を傾げる者数名。

 爆弾ジャガイモは衝撃を与えてしまうと爆発してしまうのだが、それで受ける被害は指先に静電気が起きた時に感じる痛みくらいの、魔法野菜の中では可愛いものである。爆発すると爆弾ジャガイモもバラバラになってしまうがその方が都合がイイという者もいて、鍋の中で振って爆発させてしまうくらいだ。

 だが、その爆弾ジャガイモをカトレアがあえて例にあげるのだから、名前が同じだけの別物なんだろうと予想する者も数名いた。


「……具体的にどんな危険を秘めているのでしょうか?」

「貴女が言うのだから、ただの爆弾ジャガイモではないんだろう」


 2人の言葉に頷きながら、にんまりと悪人顔のような表情を浮かべるカトレアに本能を刺激されて思わず構えてしまう面々。


「……シシーは家の広い庭に畑を作っててねぇ。たまに好奇心に駆られて品種改良してるんだよ、興味の赴くままに」


 固唾をのんでカトレアの話に聞き入る。


「それで、ある時シシーは思ったわけさ。爆弾と名がつきながら、ちんけな威力しかないこのジャガイモ、手を加えたらどこまでの威力を持つんだろう、ってね」


 まさか、という予想がそれぞれの脳裏をよぎる。


「ああでもない、こうでもない、って試行錯誤しながら出来上がった改良版・爆弾ジャガイモ片手に人気のない場所へと意気揚々と、ある日シシーは出かけて行ったよ…………だが予定の時間よりも早く、息を切らせて猛然と帰ってきたシシーは即行で改良版・爆弾ジャガイモを自分の道具袋に収め始めるから、どうしたんだ? ってレイとルカは聞いたのさ」


 ここでカトレアは一旦言葉を区切り、緊張感を煽る。


「『これが此処で爆発したらこの屋敷が木っ端微塵になるような代物になってた』って答えたらしいんだよ。シシーが手に持って見せてたそれを2人が鑑定したら何て出たと思う?」


 普通の爆弾ジャガイモは『魔法野菜』と出て、その特徴が述べられている。


「……爆発物、とかですか~?」

「危険物も有り得ます~」

「武器と出てもおかしくないですね」

「無難に考えれば、高威力爆弾だろうがインパクトに欠けるな……」


 思いおもいに候補を列挙するがどれも正解ではないらしく、カトレアは首を横に振る。正解が出ないようなのでカトレアが答えを告げようとした所で、ブランフォールの声が割って入った。


「魔法野菜にして殺傷兵器。工夫次第で広範囲殲滅爆弾の素材になる、先祖返りをした魔法植物、です」

「なんだい、あんたは知ってたのかい」


 オイシイ所を持っていかれてがっかりしているカトレアに対し、すまなそうに頭を下げて詫びるブランフォール。


「すみません。ですけどシシーさんから実物を見せられて固まったボクとしては、同じように誰かを驚かせたかったんです。できればボク自身の言葉で」

「ああ、そういう事なら仕方ないね」


 何やら直に体験した者にしか分からぬ感情をもって分かり合ったカトレアとブランフォール。その傍で久々に思考を真っ白にして固まった一同を放っておいて、そなまま2人は話し込む。


 準備を終えたシシーが声をかけるまで、その状態は続いた。


「ごはん出来たよー………………って、この状況は何?」

「いえ、ちょっと、高みを垣間見たと言いますか……底の深さを知ったと言いますか…………気にしないで下さい」


 魔法の言葉、『シシー先輩だから』でいち早く復帰したミカの言葉である。

 シシーの言動に動じなくなるには、もう少し時間がかかりそうだとミカは思った。

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