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 シシーは日が昇る前、辺りがうっすら明るくなり始めた頃に目が覚めた。

 起き上がって周囲の気配を探ると、横に一緒に眠っていたハニーとメープル、カトレアがまだ眠りについている様子が伝わってくる。


(……まだ早いんだろうけど、習慣でいつも通りに起きちゃったよ)


 昨夜は夕食をとってすぐに寝る事になった。男性陣が訓練がてら交代で見張りをすると申し出てくれたのでシシーたち女性陣はぐっすり眠らせてもらい、地面にグリューネが伸び広がってくれていたので寝心地も良く、快適な眠りを得られた。ハニーとメープルは最初、最弱の代名詞であるスライムのグリューネの上に寝転ぶ事を躊躇っていたのだが、スライムであってもレベルが上がれば最弱ではなくなるのだ。

 今のグリューネにはCランク並の強さがあるので女4人が上に寝転んでも平気である。それでも刷り込みというか本能というか、臆病さは健在なので戦う事なんて無理な芸当であるし、最低ランクの迷宮ですら怖がってシシーに隠れてしまうが。

 百聞は一見にしかず、と思ったシシーは実際にグリューネの上に寝転んでみせて大丈夫だとアピールし、それを見て恐々とハニーとメープルはグリューネの上に乗っかった。ちなみにこの間、スライムベッドも体験済みのカトレアはその光景を面白そうに眺めているだけだった。昔の自分を見ているようで感慨深いのだとか。

 グリューネにはもうしばらく3人のベッドでいてくれるように頼み、眠っている3人を起こさない様に気を付けながら素早く身支度を整えて、シシーは寝床のドームから外へ出て見張りの2人に声をかけた。


「おはよう」

「あ、おはよう」

「おはようございます、シシーさん。まだ寝てても平気ですよ」

「アハハ、習慣で目が覚めちゃったんだよ。朝ごはん作ったりしてたから」


 いつもこの時間には起きだしてレイとルカ、雇ってる妖精達の分の朝食を作るのがシシーの日課なのだ。

 ひとつ大きく伸びをして軽く身体を動かし、ほどよく解れた所で2人の傍に寄って行く。見張りについていたのはブランフォールとオルフェレウスとは別の妖精族だと、感じる魔力と気配でシシーは察する。

 見張りを任せてしまうお礼として、シシーは昨夜のうちに疲れが癒える効能がある錬金術のお茶を大量に淹れて男性陣に渡しておいた。お茶が入っているポットは、見た目は普通のガラス製なのだが錬金術のアイテムで、見た目に反して1度に30人分のお茶を淹れる事が可能であり、淹れた後はお茶の味と風味を損なわずに温度も保ってくれる優れものであるため、大変喜んでもらえたのは余談である。

 そのお茶がまだ残っていたようで、妖精族の子が新しいカップに注いでシシーに渡してくれた。


「ありがとう。ヒエン? だっけ? 『送り火』の」

「うん、そうだよ。ヨロシク」


 珍しくシシーは名前を憶えていた。『送り火』の使い手としてオルフェレウスに名前を呼ばれていたのと、名前が懐かしい響きだったから頭に残っていたのだ。


「よろしく。……ところで、ヒエンって東の人? 懐かしい響きの名前だから憶えてたんだけど」

「当たりだよ。僕は『蘭』の妖精」

「シシーさんも東の出ですか? いつもの戦闘服はあちらの物ですよね?」

「うん。迷宮で暮らしてたけど、一応は『和』の国に戸籍があるよ」

「そうなんだ。結構近いね」



 同じ東方大陸の出であるから話が弾んで色々な話をし、それをブランフォールは興味深げに聞きながら時々質問したり相槌をうったりしていた。


「でね、やっぱり故郷の味が恋しくなるんだよ」

「そういえば言ってましたね。あちらの味が恋しいと」

「それ分かるわ。醤油と味噌は欠かせないし、ダシ取るための昆布と鰹節がなくなりかけると不安になるんだよね」


 調味料を自作するシシーだが、学園の在るレクソトーラ王国は内陸に位置する国のため海産物が手に入りづらく、その為だけに国外へ出て海辺の町へ赴く事がよくある。


「しかも父さんが【調理】のスキル持ちだったから美味しいもの食べてたし、こっちには東の料理を出す店も無いから辛くて辛くて……」


 妖精族特有の尖った長い耳が力なく垂れ下がる。妖精族は感情の機微が表情よりも耳の動きに表れやすい。身内にスキル持ちがいた、いわゆる人生勝ち組と言われる家族構成のヒエンには、魔力増加最優先の食事が辛かったのだろう。


「……入学当時と比べて、随分と身体の線が細くなってしまいましたよね、ヒエン……」

「……だって、インテリ学科と思われがちな魔法学科なのに、アドフィスじゃ騎士学科や戦士学科と変わらない運動量じゃん。どんな状況下でも詠唱できるようにする訓練なんて、教官に攻撃されるのを逃げながらの詠唱だし、少しでも気を抜くと容赦なく吹っ飛ばされるし。食べなきゃ持たないからあの食事でも食べられるようになったけどさ、やっぱりご飯は美味しい方が良いんだもん。こっちのお店で食べるご飯も美味しいけど、やっぱり故郷の味が懐かしいし……」


 清々しい早朝の空気には似つかわしくない鬱々とした雰囲気で滔々と語るヒエンに、シシーは同情の念を覚えた。


「なら、何か作ろうか?」

「ふぇ?」

「それなりに材料が道具袋に有るから東の料理作れるよ?」


 道具袋の性能は様々で、状態保存の魔法がかかっている、正しくは状態保存の魔法紋が刻印されている道具袋は、紋を刻むのに高度な技術が必要なためにあまり出回っておらず、そのため一般的な状態保存がかかっていない道具袋に腐敗するものなどを入れたままにして存在を忘れてしまうと、中に入っていた物全てがカビだらけになって使い物にならなくなり、安くはない道具袋自体も廃棄せざるを得ないという悲劇が起こってしまう為、生鮮食品などを入れるのはタブー視されている。

 以前の携帯食料のパンが石みたいに固くて、パサパサでモソモソだったのはこの辺の事情も絡んでいた。

 だが、シシーが使っているポーチ型道具袋はレイが作ったものだ。

 あの衝撃の携帯食料事件後すぐにレイが製作してシシーとルカに持たせた物で、容量は使用者の魔力量に依存するものの中には状態保存の魔法がかかっているので収容物が劣化しない。故に遠出する際には必要日数分のお弁当をシシーが作り、それを持っていくのが定番となっている。レイとルカ曰く、携帯食料も美味しいけれどシシーが作る料理には味が劣る、との事で、シシーの家では非常食の扱いになっている。

 シシーの場合は自分で調理すればいいので、劣化しない特性のおかげで安心して食材と調理器具一式を入れておけるのだった。

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