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夕食

 ただいま遅くなってしまった夕食を摂っている最中の彼らが食べているのは、旅の必需品である携帯食料。学園生ならば常時道具袋に入っているものだ。

 四角い厚みのある板状のものをカップにあけて湯を注げば、それだけでとろみがある具沢山のスープに変身し、そのまま齧ってもサクサクとした食感で妙に癖になる味わいが口中に広がり、腹の中で膨れて満腹感を与えてくれる優れもの。彼らはそれをスープにして、少し固めに焼かれて歯ごたえのある、噛めば噛むほど甘味を感じられるパンと一緒に口へと運んでいた。


 1年と少し前から、携帯食料といえばこのスープとパンのセットを言うようになった。


「考えてみれば、この携帯食料を開発したシシー先輩が調理師のマイスターを持っているのは、当然といえば当然なんですよね」

「でないと普通は作れないからな……」

「これが登場した時は雄叫びをあげて喜びましたよね、俺ら」

「旅や迷宮の探索中、サバイバル時の貧相な食糧事情が劇的に改善されましたもんね」


 この世界、【調理】のスキルを持った者が身内に居ないと食卓が淋しいものになってしまうのである。スキルがないと料理が出来ないという理不尽はないのだが、料理の材料に含まれる魔力を損なってしまうのだ。


 魔力は重要なファクターである。


 魔法使いでなくとも、スキルを使うには魔力を消費をするからだ。魔力が多ければ多いほどスキルを使える回数も増える。スキルは人の才能や素質であり、そのスキルを活用できる職種に就くのがこの世界の常識である。1日で使えるスキルの回数、また持続可能時間はそのまま仕事内容に影響し、魔力が多ければ高給取りに、少なければ薄給の人生を送ることになる。

 よくシシーが言う「魔力は無駄にある」というセリフ、実際にその通りなのだがこれほど贅沢な言葉はないのだ。魔力はいくら有っても困らないものなのだから。


 生活格差を生み出す魔力。将来や老後の生活を豊かにするためにも、人は必死で自分の魔力を増やす事にかける。その執念たるや凄まじく、鬼気迫るものがある。


 魔力を増やすには以下3つの方法がある。

 

 1・日々の鍛練で地道に増やす方法。

 これで増える量は微々たるものであり、目に見える成果が出るには年単位での継続が必要である。


 2・『蠱毒の法』がある迷宮で魔物と戦い勝利して得る方法。

 1番手っ取り早く増やせる方法だが、戦闘中に消費した魔力を補って余った量だけが増えるので格下の魔物では駄目であり、同格か格上の魔物である必要がある。生きるか死ぬかの方法なので大衆向けではない。


 3・食材に含まれる魔力を摂取する方法。

 魔法植物と呼ばれる魔力を帯びた植物を品種改良して美味しく食べられるようにした野菜が昨今の主流になっており、それと併せて食用魔獣の肉や魚肉などを調理して食べると迷宮で戦うよりは少ないが、日々の鍛練よりは充分に多い量の魔力を得られるのでこの方法が広く一般的な手段として浸透している。だが、その際に【調理】のスキルを持った者が料理しないと素材の魔力が損なわれるのが難点である。

 【調理】のスキルを取得しても相性や素質の問題が立ちはだかって、最低限の事しか出来ずに頭打ち、という事態になりかねないので得策ではない。

 なら、どうするか? 必要最低限の調理だけに留めて食すのである。1番イイのは生で食べる事だが、物によっては生で食べられないのでその場合は焼くか煮るだけ、味付けも非常にシンプルなもので塩だけというのが一般的。下手に複雑な調理や味付けをしようとすると毒物に変貌して食べ物ではなくなってしまう。


 スキル持ちに恵まれなかった家族にとって、食事は楽しむ物では無く、味なんぞ二の次三の次で魔力を増やすための試練だと本気で思っているのがこの世界の現状である。

 日に1回くらい味を優先すればいいではないか、と思う者も居るだろう。だが、その1回でライバルに追いつかれるかもしれない、追いつけないかもしれない、という強迫観念があるので出来ないのだ。


 スキル持ちの者が営む料理店で摂る美味しい食事は月に1度あれば良い方で、2~3か月や半年、1年に1度の贅沢という例も少なくない。故に王侯貴族や富裕層では【調理】スキル持ちの料理人を召し抱えるのがステイタスとされている。


 そんな背景があるので日常の食事が侘びしいものとなり、旅や探索中の食事はそれに輪をかけて貧相なものになるのだ。


「だってねぇ……携帯食料が石みたいに固くてパサパサでモソモソした味気ないパンに、噛み切るのに苦労する獣臭い干し肉だけっていうのが耐えられなかったんだよ」


 グリューネに専用のごはんをやりながらシシーはぼやく。

 迷宮に師と住んでいた頃からマイスター持ちの師が作る美味しい料理に慣れ親しみ、長じてからは自分でも料理をするようになったシシーと、その恩恵に与っていた兄弟は舌が肥えていた。

 料理は美味しいものであると自然に定義されていたシシー達にとって、以前の携帯食料は到底許容できるものではなかった。


「ルカが、調獣学科の野外実習に泊りがけで行った時だったかな? 食事は配給されるから要らないっていうから用意せずに送り出したんだけど、帰ってきたら『ごはんマズい! アレ食べ続けなきゃいけないなら転科する!』ってわんわん泣いてね……」


 レイオールと2人で大げさなと宥めていたのだが、無言で差し出されたそれらの携帯食料を見て絶句したものだ。迷宮に長年暮らし、外の事に疎かったシシー達はそんな食糧事情の事など知らなかったのだ。


「テイマーの勉強をしたいから選んだ学科なのに転科させる訳にもいかないし、だからと言ってあの食事を我慢しろ、とも言えなかったし。携帯食料の改良をするしか選択肢がなかったんだよね」

「あんたの料理に慣れたルカにとって、あの携帯食料は家畜の餌レベルに思えただろうね」

「レイとルカの舌が肥えた原因の半分は私にあるから責任もって解決したよ」


 ちなににもう半分は美食を教え込んだ師匠にあるとシシーは思っている。


 それまでにも魔力を損なわずに作られた美味しい携帯食料というものは存在していたのだが、使っている材料が高価な物ばかりの上に難度の高い技術を用いて作られており、馬鹿みたいに高い値段のせいで一部の富裕層が独占している状態だった。

 なのでシシーは美味しいけれども安く、且つ高度な技術を使わずに作ろうと思い立ち、それを成し得てしまった。


「そのおかげでわたし達は~、安くて美味しい~」

「美味しいのに~、魔力はそのまま~」

「魔力を損なってないのに安いっていう無限ループを生み出して、その恩恵に与れるんだからこれ以上嬉しい事はないねぇ」


 いくら食事を、魔力を増やすための手段だと割り切っていても、美味しまま魔力を増やせるのならその方が良いと思うのが人情。美味しいのに魔力を損なわず、手ごろな値段なので平民でも入手できるこの携帯食料は、口コミで噂が広がっていき爆発的な人気を博した結果、シシーに莫大な富をもたらした。

 どこでも手に入る材料ばかりで調理と錬金術の心得がある者なら、誰にでも作れる手軽さが好評を博し、特許を取得していたため方々から「作りたい!」との申し出があり、ライセンス契約による一定額の収入がシシーには毎月あるのだ。


「そのせいで奴隷所有権を押し付けられて、フリージア先生から追いかけ回される破目になったけどね、私は……」

「……まあ、それはしょうがないと思って諦めな。知らぬ間に条件を満たしちまったんだから」


 奴隷を養える収入があるのはもとより、奴隷を居住させるに充分な家屋、確かな身元、または保証人が居る事、人柄などの条件を満たさねば個人に所有権は与えられないのだ。

 シシーは日々増えていく貯金を使って、学園が用意した物件のアトリエから郊外に在る広い庭がついた、元は貴族の邸宅だったという屋敷を買い取って兄弟とそこへ引っ越して住んでおり、人柄についても教師陣が保証していたし、学園入学時に身元は保証されているので、条件を必然的クリアしていた。


「帰ったらまた追いかけ回されるのかな……」

「いい加減に腹括りなよ」

「だって、私が作った物だけじゃなくて、レイが作った魔道具もそこらじゅうにあるし、ルカがテイムしてきた魔獣もいるんだよ? 危険すぎるよ。っていうか何で危険な環境が考慮されないんだ……」

「妖精雇ってるからじゃないの?」


 派遣妖精か。


「あの子達は危機察知力が異常に高いから本能で危険なモノを嗅ぎ取って絶対近寄らないし、何かあったらリトルフェアリー族独自の移動手段で瞬時に逃げられるもん。基本スペックが違いすぎるよ」


 愚痴り続けるシシーを周囲は「大変なんだなぁ」と思いながら見やるのだった。

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