迷宮主の独白
私が私でいられる時間は少ない。
時々、あ奴の気まぐれによって私の意識は覚醒し、変わらぬ現実を見せつけられて、何も変えられぬ己の無力さを思い知らされて、私の意識は遠のいていくのだ…………本当に、あ奴はイイ趣味をしているよ。見習おうとは思わんがな。
しかし、こうして思考を働かせる事ができるのは、いったい何年ぶりであろうか……? だが、こうして私が居るということは、まだ人に狩られる基準を満たしてはいないのか……。
争いに敗れたあの日から、私は私ではなくなり、『私』という個を失ってしまった……。
遠き昔の事だ、私がとある石に魅入られたのは。
その頃の私は魔獣として強者であった。強い我が身を誇っていたし、そんな己に満足していた。
なのに何故、あんな石に心奪われてしまったのだろう…………ああ、分かっている。すべては欲を出してしまった己の不甲斐無さのせいよ……。
あの石は美しかった。抗い難い魅力に満ちていた。
なにより、濃厚で甘美な魔力を内包していた。
遠くからでも引き寄せられる美しい輝きと魔力を放ち、数多の魔獣を魅了して虜にし、その石に引き寄せられるようにして集った魔獣たちは己だけの物にしようと争いを繰り広げ、私もまた、その争いに加わっていた。
雑魚を蹴落とし、実力のある者だけが残り、何日も何日も、昼夜関係なく戦った。体がボロボロになろうとも構わず、ただ競い合い、傷つけ合った。その結果、勝利したのは私であった。
これでこの美しい石は私の物だと勝利に酔いしれ、歓喜に満ちていた私は気付かなかった――――その石が、意思を秘めている事に。
迷宮核と呼ばれる魔物がいる。
魔物といっても、爪も牙も持たぬ、無機物の結晶体だがな……。
私が魅入られたのは、その迷宮核であったのよ……なんと己の愚かしい事か。あの時から私は、あ奴の術中に嵌まってしまっていたのだよ。あ奴が意図する通りに他の魔獣と戦い、体をボロボロにしようとも一向に気にせず戦い続けた私は、あ奴から見ればさぞ滑稽であっただろうよ。
それを見抜けなかった私は疲労困憊の体そのままに、無防備にあ奴に触れてしまい寄生され、精神を破壊されて、何が起こったのかも分からぬうちに体を奪われてしまった。
迷宮核は人でいう所の王冠のように私の頭部に寄生しており、その姿から『虚無の女王』などと呼ばれるようになってしまった。
あ奴は都合の良いように私の体を作り変え、理性無き魔物を増産するだけの哀れな人形となってしまった私の体であったから、余計にそう思われたのだろう。
迷宮主と呼ばれていても、真の主は迷宮核だ。
私は迷宮核の傀儡、虚構の玉座に飾られた、虚無の女王。
何一つ自由に出来ず、何一つ抗えず、誰かに倒されるその日まで、迷宮核の都合のいい道具としてしか存在出来ぬ、獄に繋がれた囚人も同然の、かつては誇り高き魔獣であったもの。それが私だ。
こうして今思考を巡らせている私は、私であった者の小さなひとかけらでしかない。いつか私も消えるだろう、跡形もなく……それは分かっていたこと。
だが願わくば、迷宮核が誰かに倒されるのを見てみたい。誇り高き魔獣であった私をここまで貶めた迷宮核が敗れる姿を……!
その一心でこの屈辱に耐えて、わずかに残った小さなひとかけらの私は存在してきた……それだというのに、最近の迷宮核は進化を遂げようとしているではないか!
今までよりも強力に、より強大になるべく躍動しているのだ……もう、私の願いが叶う望みは少ない。
私は消える、消されてしまう。勢いづいた迷宮核によって…………フフ、精神を破壊されても残った私は、あ奴にとってさぞや目障りであった事だろう。気まぐれに私を覚醒させては眠らせる事を繰り返してきたのは、あ奴の八つ当たりよ。それを知っていたからこそ、私は消えてやらなんだ。
だがもう、それも終わる。力の満ちた今のあ奴は、私を消す事など造作なき事であろう。
今回、私を覚醒させたのは自分の勝利を見せつける為、であろうな……。
敗れる姿を見れぬのは、まことに口惜しくてならぬよ。だがな、迷宮核。貴様は狩られる、必ずや狩られるぞ。
人の平穏を欲する心によって、人が平和を守ろうと足掻くことによって、必ずや貴様は狩られるだろうよ!
そして今度は貴様が飼われる番よ! 生かさず殺さず、富をもたらす家畜として人に飼われるがいい! 搾取され続けるがいい!
私は倒されれば解放される。作り変えれた忌むべき体も朽ち果てる。
だが貴様は解放されぬ、なぜなら人に富をもたらす迷宮を造りだした存在だからよ!
そして貴様自信が万金に勝る貴重な素材であるからよ!
呪われるがいい、迷宮核! 未来永劫解放される事なく、生の呪縛に苦しみ続ければいい……!




