脱出への道のり 6
「そろそろ落ち着いた?」
「は、はい~」
「すみませんでした~」
2人が充分に落ち着きを取り戻した頃を見計らってシシーが声をかけ、ちゃんと返事が返ってきたのだが、どうにも2人はシシーから離れがたい様子である。それに気付いたシシーはカトレアに頼んで髪飾りの白い小花を2つ外してもらい、それをハニーとメープルの髪へと付けてやる。
「これ、錬金術のアイテムで魔力を溜め込んでおけるやつだから、付けてれば安心感が増すと思う」
シシーの魔力を溜め込んだ髪飾りが2人を守ってくれるという。
「ホントです~」
「ほっとします~」
見ている方が可哀想になるほど青白くさせていた顔にも赤みが戻り、強張っていた表情が弛んでいく様をみて、周りを取り囲んでいた面々も安堵の息を吐く。
「はぁ~、良かったよ。2人にはこの迷宮の『気』が強すぎたみたいだねぇ」
「2人は非戦闘員ですからね」
「迂闊だったな」
「本当に。2人だけは包んだままにすれば良かったよ」
ごめんね、辛かったでしょ、と言われても、辛かったのは事実であれども何故そうなったのか分からずに首を傾げる小人族2人。
「さっきね、迷宮が放つ独特の気配、オーラって言えば分かりやすいかな? それに1回あてられておいた方が良いっていう話になったから、私の魔力でみんなを覆っていたのを解いたんだよ」
「2人とも強い恐怖や不安を感じたろう? それ、迷宮のオーラのせいなんだよ」
あの強烈な恐怖が迷宮のせいであると知って驚きを顕わにする2人。
ついでに言うとスライムのグリューネもオーラにあてられるので、シシーに引っ付いて姿を見えないように隠れているのだ。それが1番安全で安心できると知っているから。
「このオーラがあるから、普通は適正ランクより上の迷宮には立ち入らないんだ。どんなに頑張っても1つ上までが限度だな。身体が竦んだり、妙に力が入っていて普段通りの動きが出来なくて魔物に襲われるのがオチになる。ランクが適正ならほど良い緊張感、下なら挑発して最下層部に引きずりこもうとしたり……感じ方に個人差はあるが、あの手この手で迷宮が自分に有利になるようにしてるんだ」
「ごく自然にシシー先輩が魔力で保護してくれていたので気付かなった僕らは、先行した際に油断していたせいで呑まれてしまったので……どれだけ危険な場所に居るのか実感してもらうためにも1度体験しておいてもらったんです」
シシーに護られていたから和やかにしていられたのだ。気が弛んでいたとも言えるのだが、そのまま戦闘を行ったりするのは危険だとミカ達は判断した。調子にのって行動すれば死ぬ確率が高くなる、気を引き締めなおす為にも、ここが危険な場所なのだと再確認してもらう為にも、あえて体験してもらったのだ。
「だけど、2人は戦闘力高くないよね?」
「はい~。逃げ足はAランク評価ですけど~」
「戦闘力はEランクです~」
学園で最低限の自衛手段をしこまれただけである。
「だよね。……今の迷宮が、B? A?」
「おそらくAランク相当かと」
「それだけ離れてたらオーラだけで充分な攻撃になるんだよね……本当に、ごめんね。2人だけは包んだままにすれば良かったんだけど、気付いた時には既に遅し、だったから」
シシーのミスだったのだが、それでもすぐに気付いて魔力で覆ったものの2人の感受性が強かったのか、ほんの一瞬でオーラにあっという間に毒されてしまったのだ。覆うだけでは不十分で、魔力を直に感じ取れるように抱きしめて、やっと2人の恐怖が遠のいたようだったのだ。
「Cランクの迷宮がAランクに格上げか……」
「私達が飛ばされてきた影響とかが確実に出始めてるから、早いとこ出ないといけないんだけど、2人とも動ける?」
問われた小人族の2人は顔を見合わせて1つ頷くとシシーへと手を差し出した。
「シシー先輩が~」
「手を繋いでくれるのなら~」
「大丈夫です~」
最後のセリフは2人合わせてで、もう2度とアレは体験したくないという意思表示であり、甘えでもあった。「両手に花だ」とおどけながら、差し出された手を握ったシシーはミカ達を見やり、「私の手は塞がったから戦闘よろしく」と告げる。
それは「何かあってもすぐには手助け出来ないからね」との宣告である。
「気を引き締めなおして挑ませていただきます」
「……1つ質問だけど、魔物がAランクの力になるのはいつだい?」
迷宮が格上げされたのならそこに住まう魔物も、相応の強さへと変化するだろう。
「だいぶ先の話になる。新しい兵隊が迷宮主から生み出され、今の兵隊が普通の支配種族へと移行しながら代替わりが行われて強くなっていくからな」
急激に強くなる訳ではなく、段階を踏んでいくのだ。
「ふむ。ならこれまで通り、アタシもあんた達に戦闘丸投げするからヨロシク」
「了解でーす」
野太い声が重複して返ってくる。手荒な手法で改めて現状認識した彼らは反省した様子だったので、今まで以上に周辺へと気をはらってくれるだろうから安心である。
それからは黙々と進んでいく一行。罠を何個か途中で見つけたが事前に発見できたので問題にはならず、魔物との戦闘も1回だけで済んでおり、迷宮が変動はしていないので順調に上へ上へと進んで行った。
「ここから先は階段?」
「ええ、そうなります」
マップで経路の確認をしていたアランが答える。ここから先はシシーが射抜いた天井は無い。便利なようにと人工的に造られた簡素な階段を使って上がっていく事になる。
「さすがに此処まで来ると空気も濃いねぇ」
「下へ行くほど空気が薄くなってるんだよね。私達は下から来たから違いに気付けるけど、下へ潜っていくなら気付けないんじゃない、これ」
「そうですね。気付いた時には酸欠や高山病まがいの症状で動けなくなって斃れていく例が多いようです」
「何気にえげつない迷宮だな……」
「支配種族も毒じゃなくて酸をまき散らすしね」
それが更に強くなるなど、悪辣さに磨きがかかるようなものだ…………いったい、どんな進化を遂げるのだろうか、この迷宮は。
各々の脳裏をよぎった嫌な想像を振り切るかのように、一気に出口まで早足で進んで行った。




