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脱出への道のり 5 (ハニーとメープル)

 血の臭いがすると言ったカトレア先輩の言葉で、先行していた5人が戻ってきました。表情が少し硬いけど、怪我もない様子で安心しました。


「お帰り。どうだった?」

「ただいま帰りました。……先行したのが僕らで良かったと、心の底から思う光景が広がってました」

「……ミカ達は大丈夫なの? 酷い有り様だったんでしょ?」

「ええ。なんとか平気です」


 そうは言ってるけど、どんな状態だったのかな? 言葉で『酷い、凄惨』と聞いたらそれだけで恐ろしく感じるけれど、それが実際にはどんな様子を指すのか、ガラス工芸の職人としてしか生きてこなかったわたしには分からない。メープルの方を見てみれば、わたしと同じような事を考えてそうな顔をしてた。

 わたしとメープルに会った人は鏡に映したようにそっくりな容姿のせいか、双子だと思うの。産まれた日も時間も、ほとんど同じだけれどわたし達は姉妹じゃなくて、従姉妹という関係なの。よく仕草や言葉が被るけれど、それは意図してやってるんじゃなくて、魔力の波長がぴったり合わさっているからなんだって魔法使いのお父さんは言ってた。けれど知らない人から見ればわたし達は双子にしか見えないというから、ここに居るみんなもわたし達を双子だと思ってるのかな? ミカ君達にも改めて自分たちは従姉妹なんだよ、なんていった事はないし。


「誰だった?」

「個人名までは分からない。だが、学園生の4年だった」

「制服から戦闘職系学科の生徒だと思われます。人数は3人」

「状態からみて、飛ばされて来てすぐに襲われたんだろう。……個人を特定できそうな物だけを回収して、遺体はヒエンの『送り火』で焼いてきた」

「……そっか。それなら魂を囚われる事も、魔物に成り果てる事もないね」


 2人が居てくれて良かったよ、と告げるシシー先輩の声は哀しさと優しさをはらんでいる不思議な声でした。助けられなかった事を悔やんでいるのかな?

 5人を待っている間に、迷宮について詳しく知らないわたしとメープルの為に、皆さんがいろいろお話をしてくれたんです。

 迷宮では光の魔法で『浄化』を扱える人が居ないと、死体に触ってはいけないんだそうです。『穢れ』を負ってしまうから、『穢れ』は魔物を呼び寄せてしまうから、死体を見つけても弔う事は難しく、放置するしか選択肢がないんだと。『浄化』は上級魔法で扱える人が少ないから仕方ないんだそうです。


 『だからもし、この先で斃れているのが同胞である学園生であっても、私達は弔う事も遺品を持ちかえる事も出来なかった。『浄化』と『送り火』、これを扱える2人が居てくれたことに感謝するよ。2人のおかげで同胞を魔物にさせなくて済むし、遺品を遺族の元へ渡してもらえるから』


 そう話してくれたシシー先輩は慈しみに満ちた、けれども力のない笑みをたたえていました。その雰囲気が、『アーラ』であっても出来る事に限りがある事を嘆いているようで……。


 シシーユ・アーラ・アノーノル先輩。

 学園生なら誰もが知っているその人と、わたしがこんな風に会話するようになるとは思えませんでした。『アーラ』を名乗る人であり、錬金術師として50年に1人の逸材と呼ばれる稀有な人。学園でたまに見かける時は、遠くからメープルと2人で憧れの眼差しで見つめていた人。


 突然学園から見知らぬ場所へと飛ばされて、怖くて恐ろしくて、どうしようもなかった、メープルが一緒でなかったら泣き叫んでいたかもしれない。産まれた時から隣にあった温もりがあったおかげで、それだけはどうにか堪えられたけど、その後はメープルと2人で互いを抱きしめながら、息を殺して隠れるしか出来なった。

 このままどうなるんだろう? 誰も助けに来てくれなかったら、ここでメープルと死んじゃうのかな? って不吉な事ばかり考えてたら、シシー先輩が助けに来てくれました。服装がいつもの物とは違うからすぐには気付けなかったけど、肩から流れ落ちてきた緩やかに波打つ長髪が、故郷を出る時に見た南海の色と一緒だと気付いてシシー先輩なのだと分かりました。

 分かった瞬間、初対面にもかかわらずメープルと一緒に抱き着いてしまいました。だって、『アーラ』であるシシー先輩が居てくれるなら、それは助かったって事と同じだから。

 シシー先輩はそんなわたし達に迷惑そうな素振りも見せず、『もう大丈夫』と言って抱き締め返してくれました。それがどれだけ心強くて安心したか、わたしとメープルにしか分からないはずです!

 シシー先輩に連れられて3年の先輩と合流してから行った先にはミカ君達や、シシー先輩のように憧れを抱いていたカトレア先輩が居て、シシー先輩がする事に全力で驚いて固まったりもしたけれど、実力を認めてもらえたり、アドバイスを受けながらレベル上げをするためにゴーレムを作ったりしているうちに、わたしの中やメープルの中からも恐怖という感情は無くなっていました。


 ********************************


 わたしはメープル。髪の色がメープルシロップのような色だからと名付けられました。

 お母さん曰く、『この髪を見た瞬間にこの子はメープルよ! って思ったんだもの』と言っていたけど、からかわれる事もあってあまり自分の名前が好きではなかったんです。ハニーも同じ理由で名づけられて、同じ理由で名前を好いていなくて、よく愚痴り合った仲です。

 でも今はこの名前で良かったなって、ハニーと思ってます。だって、この名前だから3文字以上でもシシー先輩はすんなり名前を覚えてくれたんだもの! 3文字以上の人の名前を覚えられない、家名になるともっと酷いんだと教えられてびっくりです。意外だと思いながら、無敵のようなシシー先輩にも苦手な事があるんだと知って親しみを覚えました。

 初めてお話ししたシシー先輩は『アーラ』なのに気取った所がなくて優しくて、傍に居るととっても安心できる人でした。

 西の共通語でわたしとハニーが話すと、訛りはしないけれど語尾が間延びしてしまうのに、これは他の人にも言える事だけれど笑う事も嫌な顔をする事もなく聞いてくれるんです。だからわたしもハニーも、臆すことなく話すことが出来ます。急な留学の決まり方だったから必要最低限をなんとか詰め込まれて送り出されたけど、そのせいで陰口を言われる事もあって、わたしもハニーも会話する事が苦手だったんです……。

 けれどシシー先輩が突っ込んで聞いてくれたから、わたし達の事情をすんなり話す事が出来て、それを知った皆さんが労ってくれました。ミカ君達とは寮生の時からの仲ですけど、知り合ってそんなに経っていないし、学科も違うから事情を話した事はなかったんです。ミカ君達はそんな事を気にするような人達じゃなかったし、わたし達の職人としての腕を買ってくれていたから……。でも誰かに「大変だったね、頑張ったね」と努力を認めてもらえるのは嬉しい事でした。


「――で、思ったのですが、僕らは気が弛み過ぎているのではないかと」

「引き締めるためにもアレは体験しておくべきだと思うんだ」

「う~ん、一理あるんだけど、大丈夫かなぁ」


 あららら、少し思いを馳せている間に何やら気難しげなお話しをしてらっしゃいます。1年トップのミカ君、2年トップのシシー先輩、3年のリーダー格であるオルフェレウス先輩が自然と話しの中心になります。あと場合によってはカトレア先輩が加わったりしますね。強者や実力者を尊ぶ世界ですから、自然と他は発言が控え気味になります。


「いきなりアレを体験するよりはマシだと思う」

「……姐さんはどう思う?」

「そうだねぇ、やっておいた方がいいんじゃないかい? 心構えが出来てた方がいいだろうし」


 いったい何のお話なんでしょう? ハニーを見やってみるけれど、分からないっていう顔をしてます、あぅ。


「う゛ー、分かった。……んじゃ、みんな気張ってね」


 へ? え? 何を気張ればいいんですか? と問いたかったのだけど、言葉が声にならなかった。

 なんだかとっても怖い。怖くて恐くてしょうがない……! そこにみんなが居るのは分かっているのに、わたしだけ独り、真っ暗闇の中に放置されているような、このままここに置いていかれてしまうような気がする……!

 声に出して叫びたいのに、声が出ない、息が苦しい、……待って、置いてかないで! わたしはここに居るの! メープル! シシー先輩! ミカ君! カトレア先輩! ……誰か!…………だれか、たすけて…………独りは、いや、嫌だぁ……。


「ごめんね、大丈夫だから」


 どうしようもない孤独感、恐怖が温かいものに包まれた途端に遠のいていったけど、またアレが近づいて来るんじゃないかと思うと怖くて、どうしようもなくて、温かいものに必死になって縋りついていた。

 どれくらいそうしてたのかな? よく分からないけど、落ち着いてきて目をそっと開けた時、海の色が目に入ってきました。ハニーと2人、故郷を離れる船の上から見た、南洋の綺麗な海の色……西に来て見た青い海じゃなくて、透けるような美しい緑。

 白い波しぶきかと思った物をよく見れば、それは白い小花の髪飾り。艶々のサラサラの髪をハニーと丁寧に梳って、それをカトレア先輩が結い上げて、流れる髪に飾り付けた布製でありながら本物のような質感をした白い小花。

 ハッとしたら、わたしとハニーはシシー先輩に抱きしめられていました。その周りを他のみんなが囲って、わたし達を心配そうに見つめています。

 離れなきゃ、とは思うものの、抜群の安心感をもたらしてくれるシシー先輩から離れがたくて、身体がいうことを聞いてくれないです。身体の正直者……見たらハニーも同じ状態みたい。もう開き直って思いっきりシシー先輩に抱き着きます。


 なんでこんなに安心出来るのでしょう。困ったように笑いながらもわたし達の好きにさせてくれるシシー先輩は、やっぱり優しい人です。

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