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脱出への道のり 4

 途中でも警告致しますが、このお話の後半部分に残酷な死体の表現がございますので、苦手な方は途中で退避願います。

 血の臭いがする、そう告げたカトレアの表情は険しくしかめられていた。


「……私は嗅覚が麻痺してて分からないよ」


 視覚を封じているせいで他の感覚器官が鋭敏になっているシシーなのだが、濃厚な土のにおいと少しのカビ臭さを強制的に嗅ぎ続けたせいで鼻が使い物にならなくなっている。カトレアも似た状態だったのだが、熊の獣人としての優れた嗅覚が異なる臭いを敏感に察知したのだ。


「間違いないよ、これは血だ……ちょっと離れてるから分かりづらいと思うけど、近づけばみんなにも分かると思うよ」

「姐さんが言うなら間違いないね……」

「……先行して確認してきますので、少し待っていて下さい。アラン、ゼス、一緒に来てください」

「はい」

「了解です」

「俺も行こう、光の魔法で浄化する。ヒエン、お前も来い。場合によってはお前の『送り火』が要る」


 ヒエンと呼ばれたもう一人の妖精族、燃えるような赤い髪が毛先へいくにつれ、淡い色合いになっていて綺麗なグラデーションを描いている彼は無言で頷く。

 身体に現れている色彩は魔力の属性に通じる。赤系統は火、青系統は水、白系統は風、茶系統は地、金系統は光、黒系統は闇、と。ヒエンの燃えるような赤髪は火の魔法に高い適正がある事を示しており、彼は死者を黄泉路に送る、葬送の炎である『送り火』が扱えた。


「近くに魔物の気配は無いけど、用心してね」


 ミカが行くのならシシーがここを離れる訳にはいかない。戦闘力に長けた者がどちらか残らなければ、万が一があった時に全滅する危険性がある。


「はい。では行ってきます」


 一本道を早足で進んでいく5人の背中を、彼らは見えなくなるまで見送ったのだが、おずおずとした様子で小人族2人が問いかける。


「わたし達は行かなくて~、いいんですか~?」

「魔物の気配がないなら~、一緒に行った方が安全じゃ~?」


 魔物の気配が無いのならば、先にあるのは死体であろう。それなのになぜ別行動を取るのか分からず首を傾げるハニーとメープル。


「アタシらに気を遣ってくれたんだよ」

「迷宮で死体を目にするのは日常茶飯事ですが、血の臭いを離れた場所からでも嗅ぎ取れる場合の亡骸は凄惨な状態になっている事が多いので……」

「耐性がないと、いや、場合によっては耐性があっても、しばらくは魘される破目になるかもしれないから」


 そうなる可能性を防いでくれたんだよ、と教えられた2人は先行した5人に感謝するのだった。


 ********************************


 一方、先行したレウス達はシシー達から離れて、その姿が見えなくなった辺りで異変に襲われた。

 まず、今まで気にもしなかったヒンヤリとした空気が突然不気味に思えて仕方がなくなり、次いで見えない何かによって首を掴まれているような圧迫感で呼吸がしづらくなった。どうした事かと周囲に目をやれば、魔導光球石の光が届かぬ影から目を離せなくなり、そこから何かが飛び出してくるような恐怖心が湧き起こってきた。

 心臓が早鐘をうち、冷や汗が顎を伝っていく。喉からは喘鳴が漏れていて、いつの間にか足は止まってしまっていた。身が竦んで指1本動かせない、どうして自分はこんなに恐ろしい場所に居るのだと思い始める――。


「――呑まれないで下さい、迷宮に」


 ミカの声が聞こえたかと思うと途端に呼吸が楽になり、全身が何かから解放されたように弛緩して膝から崩れ落ちるようにしてしゃがみこむ。片手と片膝を地面につけることで倒れ込むのだけは避けられた。


「……ッ……ハァッ、……ハッ……」


 周りを見れば、ミカ以外の3人もレウスと似たり寄ったりな状態になっていた。

 迷宮は独特な気配を放っている。それは迷宮よりも格上の実力者には挑発のように感じられ、拮抗する者には緊張感を、格下には不安と恐怖を掻き立てるモノへと変化し、探索者を煽る。

 レウス達は禍々しさを感じてそれに呑まれてしまったのだ。さっきまでは、シシーが自分の魔力を放出して違和感を感じさせない程ごく自然に全員を包み込んで護っていたのだと、今なら分かる。

 自然すぎて全然気付かなったのが情けない。


「すみません、もっと早くに気付ければ良かったのですが」


 今はミカが魔力を放出して4人を包んでいた。


「……、いや、気付けなかった、……俺たちに、落ち度がある、……」

「アハハハ、……魔法学科で、妖精族、なのに、……この体たらく……」

「教官に、知られたら……間違いなく、説教コース、だな……」

「……それ、俺たちにも言える、事ですよ……」

「迷宮で、油断するなど、アホか貴様ら! ……って、言われますね……」


 年齢不詳の美貌を誇る某女教師のご尊顔を思い浮かべ、誰からともなく力のない笑い声が漏れ、呼吸が整い始めた者から立ち上がる。


「彼女には敬服する」

「妖精族のオレたちは魔力の感知能力が高いのに、まったく気付かせないんだもん」

「『アーラ』ですからね、先輩は」

「シシー先輩が一緒に飛ばされてくれたのは不幸中の幸いです」

「でないと死んでましたよね、俺ら」


 シシーが居なかったらと思うと、ぞっとする。きっと生きてはいなかっただろうから。


「早く確認して戻りましょう。シシー先輩の傍ほど安全な場所はありません」


 彼らにもはっきりと感じ取れるほど、血の臭いがこの場にも漂ってきているのだ。




 ****(これより先は残酷な表現がございます。苦手な方は退避願います)***




「……っ!」

「……………………これは、酷いな…」

「…………僕らだけで先行して正解でしたね……」


 迷宮で命を落とす者は多い。

 力量をわきまえなかった者、欲を出して戻るべき時に戻らなかった者、ただ運がなかった者など理由は様々だが、そうして死んでいった者の骸が迷宮にはゴロゴロ転がっていた。

 魔物は己よりも強い者は余さず喰らうが、弱い者の骸は少し齧った程度で放置する事が多く、欠損が少ないものはゾンビに、白骨化したものはスケルトンという魔物になって迷宮を徘徊し、探索者を襲うのが迷宮で死した者の末路である。


 なので迷宮に潜る者は死体というものを見慣れていた。

 腐敗が進んで見るに堪えない状態のものにも耐性がある。


 学園に入る前から迷宮に潜っていたミカとアラン、ゼスと呼ばれた少年、授業で潜り慣れているレウスとヒエンは大抵の惨状では動じないのに、その彼らでさえ眼前に広がる光景には一瞬怯んだ。


 酸によって溶かされた顔と思しきものが転がり、腹を切り裂かれて周囲に飛び散った臓物、バラバラになってどれが誰のか分からぬ手足、力任せに胴体を半分に引き千切られた体、元が分からぬ肉塊、むせかえる血臭……。


 こんな光景を他に見せずに済んで本当に良かったと、彼らは揃って思う。見てしまったら当分の間は夢に見て魘される事だろう。


 意を決して悲惨という言葉では表現しきれない遺体に近づいて、身元を知る手掛かりがないかと探す。

 予想していた事だが、この遺体は学園生であった。衣類から学園の制服の特徴が見てとれたのだ。


「四年、だな。学年章があった」

「人数は3人ですね……」


 溶かされた顔とは別に、潰れて脳髄が飛び出ていたものと、端に転がっていた抉れた頭部を見つけた。バラバラになっていた手足も3人分である。


「何か、個人を特定できる物はないか?」

「こっちに短剣が落ちてます。……紋章が入ってますので、学園に持ちかえれば特定してもらえるはずです」

「……こっちの腕には増幅器の腕輪があるよ」

「僕の方は特注らしい懐中時計を見つけました」


 他にも道具袋や個人の持ち物らしい小物など、回収可能な物を全て集める。学園に帰ったら遺族に渡してもらうために。

 これほどバラバラになっていては骨の区別もつかないので、ヒエンの『送り火』の炎で燃やし尽くしてしまう事にしたのだ。髪を切り取って持ち帰ろうかとも考えたが、3人とも似た色合いのため区別がつかないので諦めた。


「じゃあ、いい? 燃やすよ?」

「ああ。このままにはしておけないからな」


 魔導書を片手に携えたヒエンが詠唱したのち、遺体が金色の炎に包まれる。

 バラバラでも肉が無くなり骨だけになった時、勝手に骨が組み合わさってスケルトンになってしまう。骨が足りなければ別の死者の骨から補われ、時には融合して巨大なスケルトンが生まれる事もある。

 『送り火』の炎で弔ってやれば灰も残さず黄泉路へと確実に送ってやれ、『送り火』は通常の火魔法とは異なり、燃えている間に空気を奪う事がなく、水中でも遺体を焼くことの出来る不思議な炎であるために使う場所を選ばない。そのおかげで迷宮に魂だけが囚われる事もなく、アンデット化する事もなくなるのだ。

 全ての死者をそうして送ってやれればいいのだが、『送り火』の炎の使い手は稀有なので放置するしかないのが現状である。


 『送り火』の炎を見つめながら短い黙祷を名も知らぬ3人に捧げ、レウスの光の魔法でこの場所と5人の身体を浄化して穢れを祓う。穢れは魔物を呼び寄せてしまうからだ。


 そうして5人は来た道を引き返してシシー達と合流した。

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