脱出への道のり
「おお! 斬れる!」
「胴体部は無理ですけど、関節部分ならいけます!」
「この盾も耐久性が前よりも上がってます!」
脱出の為に移動を開始して初めての、魔物との戦闘を終えた感想である。武器の性能に喜びをあらわにしているその声は、魔物を引き寄せない為に極めて控えめの声量で、それに器用だと感心しながらもカトレアは満足そうに口角をつり上げた。
「ウフフ、当然だろう、そうなるように造ったんだから」
「素材を出し惜しみせずに使ったんだね、姐さん」
「もちろん! 蜂の外殻は実に良い素材だったよ。そのままでも充分だったんだけどねぇ、どうせ造るならより良い物の方がいいだろう? ちょっと手を加えて精錬しただけでイイ感じになってねぇ、手持ちの中から相性が良さげな物を使って合金にしたら当たりだったんだよ」
研究のしがいがある素材だから是非持ち帰りたい! と熱弁するカトレアのために、回避不能でやむを得ず戦闘する魔物の素材だけ剥ぎ取る事にした。
悠長に解体する暇は無いので剥ぎ取れる素材は少なくなるが、シシーが所持していた『剥ぎ取りナイフ』で一発解体し、思念操作で収納できるシシーが自分の道具袋に仕舞い込むなどして、省ける手間は可能な限り省く努力は行っている。
「……あの短時間で、そこまで行えるエスピル先輩の腕に僕は脱帽します」
「錬金術が使えるからこその芸当さ。錬金術を使えば工程や時間を大幅に短縮できるからねぇ……アタシの選択は間違っていなかったよ」
幼少の頃は戦士となって戦う事に憧れていたものの、鍛冶師としての才能を示すスキルばかりを5歳の時に授かったカトレアは、多くの者が行うスキルの交換をせず、与えられたスキルを成長させる事に腐心した。
すべては母親が言った「あなたの才能を見込んで神様が与えて下さったモノだから、大事にしなさいね」というセリフによって。
スキルがなくとも戦う事は出来るのだから、自分が造りだした最高の武器で戦おうと意気込んで鍛冶師の修行に励んだのだが、才能ゆえか、途中からは鍛冶の仕事が楽しくてしょうがなく、いつの間にか戦う事は素材採取のついでにしか思わなくなっていた。この頃からのカトレアの目標は『最高の魔剣を造る』になっており、その為には錬金術のスキルが必要だった。
鍛冶師としての修業をしながら錬金術の修業もする者が居たが、カトレアはまず鍛冶師のマイスターを取得してからにしようと決めていた。なぜなら師が最初に『基礎が出来てない奴に応用は無理だ』と言っていたのを覚えていたから。
武器や鎧に限らず、生活雑貨全般までもを網羅するのは時間がかかったが、その甲斐あって20歳で入学した学園で学び始めた錬金術の成長は速かった。鍛冶師と錬金術の修業を並行させていた者が中級レベルに入った辺りから殆んど成長しなくなっていたのに対し、カトレアは入学して1年で上級レベルに達したのだから、その差は歴然だろう。
カトレアに限らず、マイスターを所持している生徒はその分野での錬金術の成長が速く、それ故に錬金術学科にアトリエ生という制度が学園に出来たのだった。
「一見遠回りのようでいて、1番の近道を歩んでたんだよねぇ、アトリエ生は」
「急がば回れ~」
「ですね~」
「ついでに姐さんは旦那さんも見つけたしね」
カトレアが結婚したのは去年。相手は同じ錬金術学科のアトリエ生でカトレアの一目惚れであり、猛アタックした結果スピード結婚の学生結婚に至ったのだ。アトリエ生はマイスターの取得のために時間を割いているので20代や30代の者が多く、既婚者やカトレアのように学生結婚に至る者が珍しくなかった。
ちなみに戦闘職系学科の新入生が、綺麗な鍛冶師のお姉さんキター! と一気に湧いた次の瞬間、目に入った左薬指の指輪で一気に沈む現象が入学当初によく見られ、この面子の中にもその経験をした者が数名いるのだった。
「そういえば~、シシー先輩~」
「グリューネさんは~、どこですか~?」
右肩に鎮座していた緑の、少しつぶれた雫型のスライムが見当たらない。
「グリューネなら隠れてるよ。迷宮はスライムにとって鬼門だから」
「迷宮の魔物は理性がなく、治療師のスライムすら襲って喰らうからな」
こういった理由も迷宮について専門的に学んだ生徒か、魔獣の生態を詳しく学ぶ調獣学科の生徒しか知らない事だ。
「だから~、グリューネさんが居るのを知って~」
「あんなに慌てたんですね~」
それならあの時のシシーの取り乱しようも納得がいくと小人族2人は思ったのだが、その考えをシシーによって少し訂正される。
「それ以上に転移酔いしていないか心配だったんだ」
「グリューネさん、転移酔いされるんですか」
転移酔いは乗り物酔いに似たもので、人でも体質によってなる者がいる。
「症状が重くてね。……最初になった時は、形状が維持できなくて地面にデロ~ンと伸び広がったまま、しばらく戻らなかったんだよね」
アレはシシーにとって、ちょっとしたトラウマである。その時はまだ薬師としての修業を始めたばかりで、師が持っていたポーションで治してもらったのだ。それ以来、転移法陣や転移門を使う時は極力連れて行かないようにしていて、今日というか、あの日も留守番してもらっていたはずだった。
「またあのグロッキーな状態になるんじゃないかと思うと心配で」
そんな会話をしながら歩みを進める一同は警戒しつつも、どこか和気あいあいとした雰囲気だ。
一度は死の恐怖に支配され、見えない刃を突きつけられているような緊張感に苛まれながら道を歩き、息を殺して身を潜めるのが精一杯だった彼らが、魔物に臆することなく動けているのはグレードが上がった武器で能力が強化され、確かな実力を持つ者が傍に居る安心感からなのだろう。




