時間の差
深刻そうにミカが告げた内容に女性陣が動揺するかと思いきや、4人はいたって冷静なままで、『やっぱり女性の方が逞しい』と心の内で涙する一部の男性陣。
一同は円状に座って話し合いの態勢になり、1人が平常心のままの女性陣に訊ねる。
「驚かれないんですか?」
転移したら世界の時間が進んでいるなど、普通では起こり得ない現象だから男性陣は石化状態になってしまったのだ。魔法学科の3年組みは何か心当たりがあるのか、短い時間の中、固まって議論を始めて今に至るし、ミカはミカで、石化せずに専門家の意見を待つ姿勢でいたのは流石なのだが、少しくらい驚いても良いじゃないか、と思うのだ。
なのに、いきなり「1か月過ぎている」と聞かされても動じない女性陣を目にすると、自分たちの情けなさが浮き彫りになったようで哀しいのだ。せめて動揺しないコツみたいなものを知りたくて発した問いである。
「だってねぇ……たかが1か月だろう?」
「年単位なら~、驚きますけど~」
「許容範囲内です~」
1か月を、たかが1か月、と捉えるか、されど1か月、と捉えるかの違いなのだ。ようは気の持ちようなのだと察して黄昏れる名もなき少年たち。
「その前に、1か月の時間が経過しているのは確かなの?」
「ここを出て、外部の者と接触してみなければ絶対とは言えませんが、魔道具の時計が壊れている可能性はかなり低いです」
シシーの冷静な問いに、ミカが遠まわしに是と返す。
「1つだけならまだしも、時計を所持していた全員の物が同じ日時をさしているんです」
魔道具の時計は頑丈で壊れにくい事と、どんな環境下にあろうとも正確な日時を刻むのが売りなのだ。それが複数、同じ日時を示しているのなら故障の線は低い。時計を所持していたらしいカトレアが、取り出して確認してみるものの、やはりそれは1か月後の日時をさしている。
「……本当に1か月後だよ」
カトレアが手に持つそれを、シシーも【透視】スキルを使って見てみるものの、結果は変わらない。ハニーとメープルも見たそうにしているのに気付いたシシーはカトレアに断ってから、反対隣りに座っている2人に時計を渡す。
「……もし、本当に1か月後の蜂殺迷宮に飛ばされたのなら、転移法陣じゃ説明つかない」
「その通り」
同意を示したのは魔法学科の3年、妖精族の1人だった。
「どういう事ですか? と聞きたい所ではありますが、その前に、初対面の方も居ますので自己紹介をお願いします」
「それもそうだな。3年魔法学科所属のオルフェレウス、妖精族だ」
「以後の説明にボクも加わりますので、自己紹介しておきます。同じくブランフォール、人族です」
クセのない黄金の髪に金色の鋭い瞳のオルフェレウス、凡庸な容姿ながら人柄を表すように柔和な顔をしたブランフォール。もう1人の妖精族と他2人は今回遠慮する模様。
「シシー、覚えたかい?」
「無理、長い」
短く的確な答えを返すシシー。
声は分かるのだ、種族も。硬質な美声が妖精族のオルフェレウスで、柔らかな声音が人族のブランフォールだと。ただ、長い名前を覚えられないだけで。それを先に知っていたミカが2人に説明する。
「シシー先輩は、人の長い名前を覚えるのが苦手なんだそうです」
「ごめんね、これだけは治らない。3文字が限界」
「アタシやメープルはすぐに覚えたのにねぇ」
「姐さんのは花の名前で、メープルは甘味ですもん。覚えやすさが違います」
薬師のマイスターを持っているせいか、植物や薬剤の調合に使う素材と同じ名前は3文字以上でもすぐに覚えられるのだ。
「意外な弱点だな」
オルフェレウスが漏らした声に、深く同意する事情を知らなかった者達。まだ名乗っていない者は3文字以内のあだ名を用意しておこうと決めたのだった。無敵のような人物の思わぬ事実に、いつの間にやら黄昏れていた空気も霧散していた。
「なら俺の事はレウスと覚えてくれればいい」
「ボクもブランでお願いします」
「ありがとう、助かる」
シシー個人の、名前の問題が無事に解決した所で話を戻す。
「では改めて、転移法陣では説明がつかないというのは、どういう事ですか?」
「私は専門じゃないから、詳しい説明は無理だけど、転移法陣は空間魔法の括りだよね?」
「ああ。空間の拡張や、離れた位置の空間と空間を一時的に繋げるのが空間魔法であり、この仕組みを利用して必要量の魔力を流し込めば誰にでも発動させる事が出来るようにしたものが、転移法陣と転移門だ」
「……つまり、時は超えられないと?」
ミカが行き着いた答えにシシーとレウスが頷く。筋肉脳用の説明をブランが付け足す。
「空間魔法は瞬間移動は出来ても、過去や未来には行けないという事です」
「あ、理解できたっす」
「なら1か月後に居る、今の状態はどうなるんだい?」
「カトレア先輩の時計は壊れてませんよ~?」
「正常です~」
シシーを経由して、熱心に調べていた時計をカトレアに返しながら小人族の2人が断言する。
「お2人は魔道具にも詳しいのですか?」
「おじいちゃんが魔道具の職人でした~」
「なので~、正常か否かは見分けられます~」
ちなみに祖母と母親が錬金術師らしく、2人の師匠であったらしい。
「2人が言うとおり、俺たちも時計は正しいという結論になっている」
「おそらく《時空の魔法》を使われたのではないかと、ボクたちは考えています」
「《時空の魔法》? 聞いたこと無いね」
耳にしたことが無い単語に一部を除いた全員が思った事を、カトレアが代表して口にする。
「そうですね。専門で魔法を習わない限り、耳にする事は無いと思います。時空の魔法を行使するのに必要なスキルを得られるのは、100年に1人、いるかいないかですから」
「……レアスキル、という事ですか」
スキルは通常5歳の誕生日を神々から祝福されて贈られるものだ。神は人に祝福を贈ることで自分に対する信仰心を集めており、過去においては、ただ祝福と呼ばれていた物が、いつしかスキルという呼び名に変わった。
スキルはその人の才能や可能性であるので、得られる数は個人で異なり、5~10個と幅がある。望んだスキルが無い場合は、既に持っている1つのスキルと交換で望んだスキルを得られるのだが、他にも善行を重ねて徳をためれば、その褒美として神々からスキルを得る事もできる。
その中で、人が望んでも得られないスキルが存在する。それをレアスキルと呼ぶのだ。
「スキルを持っている者が極端に少ないので研究も進んでいません。分かっているのは過去や未来に対象を飛ばすこと、行使者は飛べない事などです」
「もちろん、魔法陣も開発されていない」
「では、あの時に僕らが見た、地面に浮かんだ魔法陣は何を意味するのですか?」
ミカ達は自分の足元に浮かんだ魔法陣を確かに見ていた。シシーも足下で蠢く魔力が転移法陣を形成していく様を確認している。
「目くらまし、だろう」
「それに、重ねて行使することで痕跡を消すことが出来ますから」




