レベル上げの女性陣
「終わったよ~」
くたびれながらも宣言通りに3時間で作業を終わらせたカトレアは、眼前に広がる混沌とした状況に瞠目して困惑する。
(いったい、何があったんだい……?)
ここは身体の大きな魔物が作った小部屋なので結構広い。その広い空間で女性陣と男性陣の2グループに分かれおり、その2つは距離があいているのだが、女性陣の方はカトレアにも馴染みのある熱気に包まれているのに対し、男性陣は、ここは葬式場か? と問いたくなるほど沈鬱な空気を醸し出しているのだ。
そしてどちらも自分の存在に気付いてくれないのが地味に悲しいカトレアだった。
とりあえず、このまま突っ立っていても気付いてくれないだろうと考えて、馴染みのある熱気に包まれている女性陣に近付いてみる。すると何をしているのか分かった。
ハニーとメープルの2人が、時折りシシーのアドバイスを受けながら錬金術で物作りをしていたのだ。3人を包む熱気は職人が物作りをする際に放つ独特の気配だったから、カトレアに馴染みがあるのだった。
「そう、そこで魔力を籠めて、布が水を吸い上げるみたく、ゆっくりね」
「量は足りてますか~?」
「うん、大丈夫。ちょうど良いよ」
メープルはひたすら土を捏ねて、ハニーはガラスでミニトマトくらいの大きさで楕円形の何かを作っている。2人とも、愛らしい顔が職人としてのものになっており、ふわふわとした綿菓子のような雰囲気が硬質的で鬼気迫るものになっていて、気安く声をかけられる感じではなかった。
これはしばらく待つしかないと諦めて、カトレアは2人の作業を見守る事にした。
「シシーさん~、出来ました~!」
「わたしもです~!」
「どれどれ……うん、これなら充分動くよ。やっぱり筋が良いね」
「ありがとうございます~!」
作業が一段落したようなのでカトレアは声をかけた。
「何を作ってたんだい?」
「あ、カトレア先輩~」
「いつからそこに~?」
予想通りの反応が返ってきて思わず苦笑するカトレア。作業中の職人は没頭しているので周囲の事など忘れてしまうのだ。いや、気にかける余裕がないと言うべきか。真剣に素材と向き合い、極限まで集中力を高めて挑むのだから。手慣れてくれば会話しながらでも作業を行えるようになるのだが、2人はまだそこまでいっていないのだ。
「少し前からだよ、でしょ? 姐さん」
「なんだ、気付いてたのかい?」
「これでも『アーラ』ですもん」
2人の集中力を削がないために、あえて自分に反応しなかったのだとカトレアはすぐに分かった。その気持ちは理解できるので、それについては何も言わない事にするカトレア。かわりにシシーからさし出された回復アイテムを無言で受け取り使用して、疲労困憊の身体を癒す。
「あ~、生き返る。で、何を作ってたんだい?」
「ゴーレムです~」
「体を私が作って~」
「核を私が作ってたんです~」
嬉々として報告してくれる2人の顔は泥で汚れているのだが、充足感に満ちた表情だ。
「ゴーレムって、なんでまた難度の高いやつを……」
いくら専門分野のマイスターを持っている錬金術師見習いでも、擬似魔法生命体を作るのは難しいはずである。アトリエ生でも4年の生徒で手を出し始めるレベルだ。だが、3人の傍には土で出来た人形サイズのゴーレムが数対転がっており、ほとんどが赤子のように手足をばたつかせているだけだった。それでも初めて作ってわずかながら動いているというのは凄い。
「ゴーレム作りはレベル上げのためで1番簡単な物を作ってたんだけど、最後に完成しちゃったんですよ。ハニー、それ嵌めてみて」
「了解です~」
メープルが作り、まだ核の嵌まっていなかった最後の1体にハニーが最後に作ったらしいガラス製の核を嵌めると、最初は生まれたての4足型魔獣のようにぎこちなく、しばらくして核と体が馴染み始めたのか、なめらかな動きで歩き始めた。これにはカトレアが目を見開いて驚く。
「歩きました~!」
「ちゃんと動いてます~!」
歓声をあげて2人で手を取り合いながら無邪気に喜ぶハニーとメープル。汗と泥にまみれて頑張ったかいがあったというものだ。
「……大したもんだねぇ。アトリエ生になって間もないのに、ゴーレムを完成させるなんて」
「シシー先輩のおかげです~」
「説明がすごく分かりやすくて~」
「作りやすかったです~」
「いや、2人の努力とセンスの賜物だろう、これは。正直完成するとは思わなかったし」
シシーの偽らざる本音である。
歩行しか出来ない1番簡単なゴーレムだったにしても、完成する確率はかなり低かったのだ。砂漠越えするのに必要なアイテムを、確実に作りだせるレベルまで上げるために行っただけなのだから、完成する必要はなかった。途中の作業をこなす事でレベルは上がってくれるのだから。
「2人の確かな職人の腕と、錬金術のセンスが良い事の証だよ」
「こりゃあ、2人の成長が楽しみだねぇ」
錬金術のスキルを持っていても、全員にその素質があるとは限らないのだ。シシーの【透視】スキルのように最低限の事しか出来ず、そのまま成長しない者だって多いのだから。
シシーはグリューネに頼んで汚れてしまった2人を綺麗にしてもらい、その間にレベル上げをするに至った経緯をカトレアに説明する。
「なるほど。耐暑か耐熱のアイテムが必要なのかい」
「姐さんは持ってるでしょ?」
「ああ。これがないと辛いからねぇ」
首から下げた趣味の良いペンダントに触れながらカトレアは答える。それがカトレアのアイテムなのだろう。
「あんたのはピアスだっけ?」
「うん」
普段は髪に隠れて見えないシシーの耳元が、カトレアによって髪を結い上げられた事により、今ははっきり見えており、菱形の紅い石がぶら下がったピアスが耳朶を飾っている。それには耐爆と耐熱の効果が左右それぞれにあり、爆弾を扱うシシーの必須アイテムであった。
「15人分揃えるよりも、材料調達する方がお金かからないからさ」
「ああ、《氷姫の息吹き》を作ってもらうんだね」
「その通り」
ガラスの護符の一種である《氷姫の息吹き》は使用者の身体を冷気で包み込み、暑さから守ってくれるものだ。見た目の美しさから女性に人気があるので、効果を落としてアクセリーにした物が夏場によく売られている。
「でさ、聞きたいんだけど、あいつらのあの空気は何なんだい?」
あれ、とカトレアが指差すのは勿論男性陣だ。
「…………何あれ」
「まるでお葬式ですね~」
「なんだかジメジメしてます~」
グリューネのスライム風呂で全身の汚れを落としてもらい、すっきりした様子の小人族2人が会話にまざる。すでに道具類は片づけているのが素晴らしい。
「シシー先輩~、グリューネさん~」
「ありがとうございました~」
言葉と共にグリューネがシシーの肩に戻ってくる。
「どういたしまして」
「そのゴーレム連れてくのかい?」
「はい~」
「記念のゴーレムさんです~」
2人の手はゴーレムと繋がれていた。難度が高い物に挑戦して初めて成功すれば、それには愛着も湧いてくる。
「移動中は危ないから道具袋に入れておくんだよ。壊れちまうからね」
「は~い」
「で、誰もあの状況は分からないんだね?」
「うん。私達は調合に入るから、ミカ達に街で購入する物の確認とか、帝国までのルートとかの確認を頼んでおいたんだけど…………何か嫌な事にでも気付いたのかな?」
シシーの予想は当たっていた。
「僕達が飛ばされてから、1か月経ってるんです」




