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軌道修正

「それでは気を取り直して、物資の確認をしませんか?」


 このミカの言葉に1番食いついたのは、さきほど嫌な汗をかいた3年組みだった。


「それが良いです、そうしましょう!」

「異議なし! 俺が持ってるのは3日分の携帯食糧と最低限の回復アイテムだな。俺たち5人はこんなものじゃないか?」


 5人は魔法学科の生徒で、授業の合間にできた空き時間にたまたま西庭園の木陰でまったりしていた所を飛ばされたという。


「あとは、それぞれの増幅器である杖や指輪、魔導書と学園推奨のサバイバルセットでしょうね」


 妖精族2人が残りの3人に確認を取れば是と帰ってきた。


「わたし達も似たようなものです~」

「違うのは~、携帯調合セットと素材ですね~」


 2人は実技の授業を受けた帰りなので持っていたらしい。


「僕ら1年組みは強制校外実習に備えていたので1週間分の携帯食料と水、回復アイテムはシシー先輩と合流する前にほとんど使い果たしまたね。ですが野営に必要な物は揃っていますし、消耗品も1週間分あります」

「回復アイテムは心配しなくていいよ。納品予定だったから私が沢山持ってる」

「詳しい内訳をお聞きしても?」

「下級ポーションが各等級30本ずつ、中級ポーションが各等級30本ずつ、傷薬100個、簡易解毒剤100個、魔力回復薬200個、体力回復薬200ってところだね。ああ、ついでだから全員に回復アイテム少し配っとくよ」


 数の多さを聞くたびに開ける口が大きくなっていく面々。


「…………大口契約だとは聞いていましたが、本当に、多いですね……」


 アイテムを受け取りながら、なんとか絞り出した声で感想を述べるミカに周囲も頷いて同意する。


「毎年恒例軍の新兵強化訓練期間がもうすぐでしょ? あれ用に発注されたやつなの。だから数が多いんだよ」

「ああ、なるほど」

「ポーションは別口だから少ないけど、これ以外にも個人的に持ち歩いてるのもあるし、何よりグリューネが居るから即死しない限りは大丈夫と言っておくよ。この子、上級の治癒魔法が使えるから」


 その言葉を受けて全員が、シシーの肩に鎮座しているグリューネを尊敬の目で見る。上級の治癒魔法はポーションでいう所の2級と3級の中間に位置する効果を望めるのだ。

 失った部位を再生させるのは無理でも、それ以外の外傷は治せる、心の病は治せなくても、ほとんどの病気は治せる。そこまでの能力を持つのは国のスライムでも1匹居るかいないかなのだ。

 熱心に見つめられたグリューネが照れるようにフルフル振るえる。


「……先輩が契約者でなければ誘拐されますね、グリューネさん」


 もはやグリューネを呼び捨てになど出来ない一同である。そのうち崇めだしそうだ。


「過去に居たよ。あの時は、丁寧にお礼、させてもらったけど」


 契約者から引き離せば死んでしまうから契約者ごと攫おうとしたのだろうが、『アーラ』を名乗る相手にそんな馬鹿をやらかすアホが居たのかと呆気にとられながら感心する一方で、シシーがどんな『お礼』をしたのか気になる一同だった。

 だが、シシーが発している獰猛な気配とそれに付随する不敵な笑みが怖くて聞けない、否、聞いてはいけないと本能で感じとった一同である。

 幸いにも全員が世の中には知らない方が良い事もあるのだと知っていたので、要らぬ好奇心は殺す事にした。

 ミカがわざとらしく咳払いをして場の空気を払しょくさせる。


「えーと、とりあえず1番近い街まで行くのに何の問題もありませんが、砂漠越えするには不十分です」

「あの砂漠は“炎熱砂漠”と名がつくほどですから、耐暑か耐熱のアイテムが無いと死にます」


 合いの手を入れたのは蜂殺迷宮がフェルノエ公国にあると、誰よりも先に答えた明るい金髪の少年だった。シシーは外見が分からなくとも、彼の声はちゃんと覚えていた。


「君もこの辺に詳しいの? 公国の事情も知っていたみたいだけど」

「あ、はい」

「彼も帝国貴族なんですよ」

「うちは代々軍人の家系で爵位も低いですけど……学園に入る前に修行と称して炎熱砂漠に放り込まれたり、ここにも1回だけ、上層部だけですど潜らされたりしましたから……死ぬかと何回思ったか……」


 言葉の後半は声から力が抜けていた。なんだか、彼から不憫オーラが放たれている気がする周囲である。ハニーとメープルは彼との間に苦労人としての仲間意識が芽生えだしそうな雰囲気だ。


「な、なんか、苦労したんだね」

「その甲斐あってか、彼の耐久力はかなりのものです。旅の間は壁役として大いに働いてくれること間違いなしです」

「頑張ります。……あれで得るもの何も無かったら泣いてますよ、俺」


 労わるようにミカが彼の肩を叩く。


「彼の名前はアランです。帝国に着いたらアランにも動いてもらうつもりです」

「そっか、よろしくアラン」

「はい」

「それで、耐暑か耐熱のアイテムだっけ。私は持ってるけど、他で持ってる人いる?」


 シシーの問いに1番早く返事をしたのは小人族の2人組。


「わたし達は持ってます~」


 調合時に高温の火を使う2人には必須らしい。同様の理由でカトレアも持っているだろう。


「俺も持ってます。砂漠に放り込まれた時のトラウマで手放せないので」


 なんとも可哀想な理由のアランだった。


「他は持ってない?」

「残念ながら」

「だと、15個必要になるか」

「結構な額になってしまいますね、それだけの数を揃えるには」


 そういったアイテムは魔道具か錬金術のアイテムになる。必要数を揃えるには一般の給料3~4か月分はいるだろう。シシーはグリューネのために冷却布も欲しいので、さらに金額は増す。

 シシーは顎に手をあてて考えをめぐらすも、少しすると何かを閃いたのか、右こぶしで左手のひらをポンと叩いた。


「ハニーに作ってもらえばいいんだよ。だから買う必要ないわ」

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