どんどんずれる
とりあえず一同は、カトレアが言ったとおりに情報整理しながら待つ事にした模様、なのだが、つい目先の事にとらわれて話題がずれていってしまうのはご愛嬌。
「シシー先輩、このお茶は……」
「今度は普通のお茶だから安心していいよ」
シシーがお茶を淹れたのだが、口をつける前に1人が確認を取っていた。錬金術製のお茶を知らずに飲むのは心臓に悪いらしい。
それが分かったのか、シシーも今回は普通のお茶を淹れていた。
「先輩が持ってる魔道具って、凄いですよね」
「ん?」
「このお茶を淹れる時に使っていた水差しって、無限に水が湧いてくるやつですよね」
「うん。レイ、兄が作ってくれた物だよ」
「魔法研究学科の天才の一品……」
シシーの兄、レイオールは魔法陣や魔道具の研究を主とする学科に在籍して、これまでに様々な物を作りだしていた。
シシーと弟はその恩恵に与っており、逆にレイオールと弟はシシーの錬金術に、シシーとレイオールは弟の得手分野の恩恵に与るという関係になっている。
「私は属性が無いから魔法使えないし、こういう時に不便だから作ってくれたんだよ」
「先輩達は兄弟仲がとてもよさそうですもんね」
「私達は“絆の兄弟”だから普通より仲はいいと思う」
血の繋がらない兄弟や家族を《絆の家族》、《絆の兄弟》といい、シシーは人族、兄のレイオールは妖精族、弟で調獣学科所属のルカイアスは赤虎の獣人族であり、3人は仲が良い事で学園では有名だった。
「今頃は心配してるんじゃないですか~」
「いや、こないだルカにカシミヤ羊のテイミング頼んで、それにレイもついて行ったからしばらくは帰ってこないよ。うちで雇ってる派遣妖精は心配してるかもしれないけど」
「妖精さん雇ってるんですか~、羨ましいです~」
「わたし達の所には~、まだ営業が来ないです~」
「なら、調合頑張ろう。帰るまでには必要レベルに達してるように。ガラスと陶芸、少し齧ってるからアドバイスなら出来るし」
「よろしくお願いします~」
何やらやる気を出した様子の小人族2人と通じ合っているシシーに対し、戦闘職系学科の生徒達は聞きなれない単語が出てきたことで意味が分からないでいる。やはり全員から「聞いて下さい」と目で訴えられたミカが訊ねる。
「あの、『派遣妖精』とは何ですか?」
「あ、そっか。接点ないからミカ達は知らないか」
「妖精族の~、『リトルフェアリー』という種族が行ってる~」
「事業なんですよ~」
小人族よりも背の低いリトルフェアリー族は、自分たちで新しい事を考えるのが苦手な種族で、そのせいで時代に取り残されないようにするため、主に人族の生産者で手伝いを必要としている者のもとへ出向いて働きながら、新しい技術などを学んでいるのだという。そういう者を派遣妖精と呼ぶのだと、シシーが説明する。
「なぜ人族の下で?」
獣人族や同じ妖精族の所でも良いのではないか? と首を傾げる。
「彼らは名前のとおりに小さくてね、成人した人族の膝下までの身長なんだよ。獣人族じゃ身体能力の違いで身体がついていけないし、リトルフェアリー族は他の妖精族に比べて魔力が低いから生活についていけない。だから人族や小人族、巨人族が彼らにとっての仕事先になるんだけど、人数的に人族が1番多い。それに一定以上のレベルがないと営業に来てくれないんだ」
「なので~、目指せ妖精さん~」
「と、意気込んだ訳です~」
彼ら独自の移動手段で素材採取もしてくれるから楽なんだよね、とシシーは続ける。
「そうなんです~。でも~」
「先輩達は妖精族でいらっしゃるのに~」
「ご存知なかったんですか~?」
そう言って2人が見やる先には妖精族の特徴である、尖った大きな耳を持つ2人の生徒がいた。ちなみに妖精族にはもう1つの特徴『美しい容姿』があるため、この2人も目の保養になる中性的な美貌であった。
「風の噂で聞いたことがあるだけで、会ったことが無いんだ、俺たちは」
「彼らは隠れ里に住んでいる希少種でもあるから、話もあまり入ってこないし」
そうなんですか~、と小人族2人は納得したのだが、シシーは別の事で疑問を覚えて口にする。
「もしかして、この中に私より先輩の人っている? 今までそんな事気にせずタメ口で喋っておいてあれなんだけど」
先程の会話でハニーとメープルは『先輩達』と言った。ミカが居た12人のグループはカトレアに対して全員が一歩引いた感じだったので1年の集団だとシシーは思っていたし、2人で固まっていたのはハニーとメープルだった。だが、残りの5人で固まっていたグループはどうなのだろうか? と今更ながらに思い至ったのである。
シシーは基本的に年長者は敬うのだ。
「ああ、俺たちは1学年上の3年だ」
「……今更ですけど、すみません」
頭を下げてシシーは謝ったのだが、そのせいで3年組みが狼狽えてしまった。
「いや、あの、気にしなくていいから!」
「今まで通りに話してくれて全然構わないから!」
「『アーラ』を名乗る君にかしこまられると、こっちが居た堪れない思いになるから!」
「お願いだから今まで通りにして下さい!」
逆に頭を下げて懇願される始末である。
「……えっと、いいんですか?」
「是非!」
それでもまだ困惑気味である様子のシシーに、ミカも説得に加わる。
「シシー先輩、この世界は強者を尊ぶものです。憂慮すべきは年齢でも学年でもなく、個人の強さです。強さの定義は個人で異なるものですが、少なくとも3年の先輩方はシシー先輩を自分よりも強者であると認めていらっしゃいます。ですので、その思いをくんでさしあげて下さい」
3年組みがミカに「良い事言ったぁ!」という代わりに握った拳の親指を上に突き立てて合図を送り、首は高速で縦に振りながら「その通りです!」とシシーに訴えかける。
「じゃあ、お言葉に甘えてそうする」
この一言を聞いてようやく3年組は肩の力を抜いた。
『アーラ』を名乗る者に敬われて話されるなど、それはその者が自分と同等の存在、もしくはそれ以上という意味合いを持つのだが、他人とかかわらない生活を長く送った弊害でシシーはそういう所に疎かった。




