背に腹はかえられない
「……………………………………」
沈黙が痛い、とシシーは思う。
(さすがにこれは無いよねぇ……いくらなんでも)
できればシシーとてこんな恰好はしたくなかった。でも、仕方なかったのだ。これしか選択肢が無かったのだから。
思えば着替える時にもっと抵抗すれば良かったかなぁ、とシシーは思うも、すぐにその考えを首を横に振りながら否定する。
(あそこで抵抗したらいいオモチャにされるだけ……私は最適な判断をしたはず…………)
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全員がスライム風呂を体験し、その心地よさを実感した後、ようやく着替える事になった。カトレアが持っていた、本来は鍛冶作業で出る騒音を周囲に漏らさないようにするための遮音布で空間を仕切ってくれたおかげで気兼ねなく着替えられるのだが――。
「よりによってこれしかないって……私、なんか悪い事したっけ……」
「いったい何が入ってたんだい?」
男女で別れているため、こちら側にはカトレア、ハニーとメープルがいる。
「これ」
そう言ってシシーが見せた物に3人は目を見開く。
「……いつもとは違いますね~」
「イメチェン、というやつですか~」
それでも似合いそうです~、と声を合わせて小人族の2人は若干はしゃぎながら言う。
「『それ』って、例のアレかい? あの時の」
「それ以外にないですよ。私の趣味じゃないの、姐さん知ってるでしょ」
「そうだけど……あんたも律儀だねぇ。ちゃんと取っておくなんて」
「たんに忘れ去ってただけですよ。今の今まで存在そのものを忘れてましたもん」
シシーの口調は苦々しく、それに反してカトレアの声は呆れ交じりの中に隠しようのない楽しげな色が滲んでいた。
「でも『それ』を着るわけだ?」
「これ以外に無いし、無駄に高性能ですからね、これ。今着てる服よりははるかに良いですよ」
「たしか『それ』って、1式揃ってたよね?」
「そうです。あの2人が全力で遊んだ結果の産物ですから」
「じゃあ、髪の方もいじんないとねぇ。ハニー、メープル、手先は器用だろう? ちょっと手伝っておくれ」
「はい~」
「喜んで~」
嬉々としてにじり寄ってくる3人からはよからぬ気配がプンプンするのでシシーは逃げたかったが、ここに逃げ場などない。そしてシシーは経験上知っていた。こういう状況では逃げれば逃げるほど、受けるダメージが大きくなることを。
「……傷は浅い方がいいよね…………」
こうしてシシーは抵抗の一切を放棄したのだった。
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今のシシーはロングドレス姿だった。
深い青色を基調にしたドレスは露出こそ少ないものの、身体の線がもろに出るため体型に自信の無い者では着るのに躊躇してしまうデザインだが、シシーの鍛えられて引き締まった女性らしい曲線美を惜しげもなく晒していて、非常に似合っていた。一歩間違えれば下品な印象を見る者に与えてしまいそうだが、ドレス自体が品のある意匠であるのと、シシーの凛然とした美しさのせいか、その心配はない。
藍色の目隠し布はそのままに、簡単に首の後ろで括っていただけの長い髪はハニーとメープルの手によって丁寧に梳られ、カトレアによって美しい形に結い上げれた残りが背に流れ、そこには所どころに小さくて白い花の髪飾りがつけられている。右肩にはここが自分の居場所、という感じでスライムのグリューネが鎮座しており、それが不思議と似合っていた。
手首までだった予備の手袋は外されて、ドレスにあわせて誂えられた二の腕部分までカバーするものに替わっているので、腰に下げてある矢筒を外せばそのまま夜会に出ても違和感のない姿となる。
「うんうん、狙い通りの反応でアタシは嬉しいよ。アタシは作業に入るから、情報整理するなりして時間潰してておくれ。なるべく早く終わらせるから」
そう言ってカトレアは遮音布の向こうに消えて行った。
「こんな美人を前にして~、賛辞の1つもないなんて~」
「男失格です~」
ハニーとメープルが男性陣を非難するのに同調するようにグリューネも明滅して不満を訴えている。
「はっ、すんません!」
「見惚れてました! お似合いです!」
「いつもの凛々しい戦闘服姿も素敵でしたけど、その姿もお似合いです」
小人族2人からの非難を受けて咄嗟に賛辞を述べはじめる男性陣にシシーは苦笑を返す。
「とりあえず、ありがとう、と言っておくけど、これだけは言わせて。これは私の趣味じゃないからね」
この衣装はシシーが懇意にしている同じ錬金術学科のアトリエ生、裁縫系を専門としている兄妹が、シシーが糸系素材を大量に手に入れたときタダ同然で譲った時のお礼と称して押し付けられた物だった。
かねてからこの兄妹はシシーにドレスを着せたがっていたのだが、ロングスカートは好んでも、ドレスは趣味ではないからと断られ続けており、その事を残念がっていた兄妹はこれを絶好の機会と考えて自重せずに持てる技術の総てをつぎ込んでドレスを作った。よほど気合を入れて作ったのか、ドレスにあわせる靴やら装身具まで揃えてだ。
いずれ盛装が必要な場に呼ばれる時がくるだろうと言い含めてシシーには納得させたという経緯があったのだが、兄妹の意図とは別な形で2人の願望は今、叶えられたのだった。
その事を知るカトレアは作業をしながら独り楽しげに呟く。
「その姿を誰よりも見たがっていた2人が居ないんだから、話して聞かせたら地面転げまわって悔しがるかねぇ」




