着替える前に
「あの、もしかしてというか、もしかしなくとも、グリューネさんは野生のスライムなんでしょうか?」
個人でスライムと契約しているという事はそういう事になる。
街中に居るスライムは国家の財産であるため、国指定の施設で飼育されているからだ。
「うん、そうだよ。この子の存在知られた時は国の勧誘が鬱陶しかったね。私が『アーラ』じゃなかったら取り込まれてたよ」
当時を思い出してか、心底うんざりした声だ。
「こっちに来てからもたまに分裂したら寄越せとか言われるし。物じゃないんだから簡単にやれるかっつうの」
スライムは分裂して個体を増やす魔獣だ。紋章持ちから分裂した個体は紋章持ちになる確率が多いのでよく欲しがられるのだが、その度にシシーは丁重にお断りしている。
人となりをよく知った親しい人にならシシーも安心して譲れるのだが、会ったばかりの者に自分の家族同然の存在を託せるかと聞かれたら、多くの人が無理だと応えるだろう。それと同じだった。
「まあ、とりあえず着替えな。時間も無い事だしね。アタシが持ってる遮音布で空間仕切るから」
「うん。あ、そうだ。姐さん、ちょっと待って。ミカ達綺麗にしてあげて、グリューネ」
そう言ってシシーはグリューネをミカに投げつける。
突然の事にどうしていいのか分からなかったミカは、全身をグリューネに包み込まれる。女性の片手サイズのグリューネにだ。
「……これが噂に聞く、スライムの固有スキル【体積無視】ですか」
1人が感心したように呟く。
このスキルのおかげでグリューネは自分よりも何倍も大きいミカを包み込めるのだった。やがてグリューネは身体を元の大きさにしてミカから離れ、別の誰かに取りついてまた全身を包む。
グリューネが離れた後のミカの姿は相変わらず制服はボロボロであるものの、血と土の汚れが落とされて汚れ1つない綺麗なものになっていた。ミカは驚きまじりに感想を述べる。
「……この爽快感、クセになりそうです」
これぞ最弱スライムが餌に困らないよう進化した結果の、なんでも溶かして吸収する特性を生かした『スライム風呂』である。肌や衣服にダメージを与えず、汚れのみを取り去っている所にグリューネの技が光っている。
せっかく着替えるのに、汚れたまま新しい服を着るのは可哀想だと思ったシシーの気遣いだった。
「分かるよ、その気持ち。何回経験しても極楽だからねぇ、湯につかるのとは違う心地よさがあるんだ。これにマッサージがつくと冗談抜きで病みつきになるね」
実際にカトレアは友人のよしみで定期的に受けさせてもらっている。シシーはこれにお金を取らないがタダでは悪いので、カトレアは毎回グリューネの好物をお礼に用意していたり、シシーの依頼で融通をきかせたりするなどの便宜を図っていた。
「金払ってでも受けたいから、国が事業化すれば良いのにって常々思うよ」
「あー、近いうち実現すると思うよ」
シシーの説明によると、スライムは何でも食べるので餌代はかからないが人件費等はかかるし、ただ飼育しているだけではスライムにとっても良くないため、どうにかしたいなあ~と考えていた所にスライム風呂の話を聞きつけた国が、詳しい話を聞きにシシーの元へ来たらしい。
「協力してくれって言われたんだけど、すでにいろいろ抱え込んでるし、アトリエもあるから渋ったんだよね……」
「……森の再生とか、蘇生薬とか万能薬の調合依頼されてるんだっけ、あんた」
どれも学生が依頼される内容ではない。
特に蘇生薬は1級ポーション、万能薬は2級ポーションの別名であり、その名の通り死者を蘇えらせる薬と、ありとあらゆる病気を治す薬なのだが、調合難易度の高さから調合できる者が滅多におらず、材料からして集めるのが困難のため、幻のポーションと言われる代物である。
3級ポーションをいとも簡単に調合した50年に1人の逸材であり、『アーラ』を名乗るシシーならば、という過分な期待を国からされての依頼だった。
「森の再生は必要不可欠だし、1級も2級もいずれ作るつもりだったから受けたけど、これ以上抱え込んだら時間が無くなる……他の研究もしたいのに」
「あんたが2人居ればいいのにねぇ」
「いたらいたで、手一杯になってるような……」
否定できないカトレアだった。
他の面々はスケールの違いすぎる話に口を挟めなかった。だが――。
「ついでだから全員スライム風呂いっとく? グリューネも元気だし」
このシシーの問いには即行で是と返した所をみると、だんだんとシシーの規格外ぶりにも慣れてきたらしい。石化していない所が大きな進歩である。




