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スライム苦難の歴史

 最弱の魔法生物、スライム。

 どれだけ弱いかというと、子供が力をこめた足で踏み潰せば、それだけで死んでしまうほどに脆弱なのだった。スライムにとって不幸だったのは弱いにもかかわらず、魔力が高かった事だろう。

 そのため魔核がいい値段で売れるせいでスライム狩りが起こり、一時期は絶滅寸前まで乱獲された歴史があるのだった。その過程でスライムは危険察知能力と隠密能力が驚くほど高くなっていき、簡単には見つけられなくなったのと、最弱故の臆病さで人里近くには絶対に姿を現さなくなったため、その存在を忘れかけられた魔獣である。

 魔獣とは迷宮以外に生息している魔法生物をいう。


 そのスライムが一躍脚光を浴び、再び乱獲の憂き目にあった騒動が400年前に起こった。


 事の発端は800年前、神殿の驕りと傲慢さだった。

 神と人が別々の地にて暮らすようになってから、短くはない時間が経った頃である。


 神々と人々の橋渡し役であった神殿は長い歴史の末に「清貧、無欲、奉仕」といった精神を忘れて増長していき、当時は賄賂に汚職が横行する腐敗しきった組織に成り下がり、下種の溜まり場になっていた。

 そしてある時、神官になった際に癒しの神から祝福として贈られるスキル【回復魔法】で人々の生殺与奪を握ろうと愚かにも考え、似た性質のスキル【治癒魔法】を生まれながらに持っていた者達を、あらゆる手段で支配下に置こうとした事が、すべての始まりだった。

 『神の思し召し』という言葉を振りかざして神殿の権力を使って行われたそれは、話し合いならまだしも、誘拐、拉致、恐喝、暴行とその手段を選ばず、従わない者は平然と殺しさえして、それを咎めて諌める神の声を都合よく解釈して捻じ曲げていたと歴史書には記されている。


 『神は信仰なくして存在できず、人は神の加護なしには生きられぬのが、世の理』


 その間を取り持つ我ら神殿を、人はおろか、神すら無下には出来ぬ、とアホでバカな事を当時の神殿は本気で思っていたマヌケだったからこそ出来た愚行の数々だ。


 その結果、当然の如く神殿は、見事に神々から愛想を尽かされた。


 散々、神々の忠告を無視して好き放題してきたツケで、今まで聞く事の出来た神々の声は聞けなくなり、神官らの声は神々に届かなくなり、何よりも致命的だったのは癒しの神から【回復魔法】のスキルを取り上げられた事だろう。

 神官だけから取り上げれば【治癒魔法】のスキルを保有している一般人の身が危険になると考えた癒しの神は、彼らに直接語りかけて理由を話し、全人類全種族からこのスキルを返してもらったという。

 替わりに【治癒能力向上】という自身にだけ有効のスキルを与えられたが、無論、神官達からは問答無用で取り上げ、替わりのスキルすら与えなかったのだが、この扱いの差は癒しの神の怒りを考えれば当然だろう、むしろ慈悲深いとすら言えた。とある怒れる神は呪いをかけたのだから……。

 こうして他者を癒す魔法は永遠に喪われる事になった。


 その被害は計り知れないほど大きい。

 神殿は自分たちが使う【回復魔法】の神秘性を高めるために【回復魔法】に匹敵する効力を持つ錬金術による製薬を弾圧していたために、供給が需要に追いつかず、死亡率が跳ね上がり、数少ない錬金術の回復アイテムの奪い合いが起こった結果、1つの大陸で《暗黒の蜜月》が起こり消滅した。

 これが原因で、1つの大陸が消滅して海に沈み魔海となった、と言われているのだが、真実は誰も知らない……誰も見ていないし、神々に訊ねても、こたえてはくれないのだから。


 その後に《暗黒の蜜月》を誘発しないために戦争こそ免れたものの、世界中から非難された神殿の本拠地がある聖国は、今までの鬱憤晴らしといわんばかりの各国の行動により領土を大きく減らされ、社会的地位と信用はこれ以上落ちようが無い所まで落ち、神殿は解体され、神殿の役目は各国がそれぞれ設立した自国の教会が担うようになった。


 そうして400年が過ぎた頃、聖国が己の犯した愚行の数々を神々に謝罪し続け、許しを請い続け、他者を癒す魔法を願い続けたおかげか、世界は再び癒しの魔法を授けられた――――スライムに。


 なぜスライムだったのかは、誰にも分からない。

 だが1つだけ確実に言えるのは、スライムにとっては迷惑極まりない事だった、という事だ。

 このせいで、人から忘れられたおかげで無事に個体数を増やし、保たれていたスライムの平穏は終わりを告げ、スライム狩りの悪夢が再び始まってしまったのだから……。

 発見難度と捕獲難度が激高になっていたスライムは、あの手この手で捕獲され、調べられた。

 スライム達は【治癒魔法】を使える個体と使えない個体がおり、使える個体は魔核に癒しの神の紋章が刻印されているのが分かったのだが、それとは別にもう1つ判明した事がある。


 脆弱化が増していたのだ。


 【治癒魔法】が使えるようになった副作用なのか、何もしていないのにもかかわらず、次々と死んでいくのだ。その様は人が衰弱死していくようだったという。

 魔法が使える個体は1日で、使えない個体でも1週間生きず、通常は残るはずの魔核も残らない。

 躍起になって捕獲に成功しても、持ち帰る間に死んでしまうため、研究者の手元に届けられるようになった頃には既に、スライムを手に入れようとした者達によって数多のスライム達が狩られており、増えていたはずの個体数を激減させてしまっていたのだ。

 飼育環境が悪いのかとあれこれ試した者達が居たのだが、その中でもスライムを心底心配して親身に世話をしていた者にはスライムが懐き、世話をしていたスライムは紋章持ちも、持たないものも死ななかったのだが、その者から引き離した途端に死んでしまった。

 この事を考慮しながら研究を進めた結果、スライムは悪意や下心ある者に捕獲されると死に、そういう者に飼育されても死に、懐いた者から引き離しても死に、スライムを害した者にはどんなに優しくされようとも絶対に懐かない、魔法生物としては考えられないほど脆弱で頑固な魔獣だと判明した。


 それにより各国ではスライム保護法なるものが制定され、狩る対象から保護すべき対象へと変わり、涙ぐましい国家規模での努力の末に、警戒を解かせるには至らぬものの緩める事には成功し、契約を結んで大事に、大事に育てて個体数を増やし、その努力が実って現在では街中でも普通にスライムを見かけられるようになり、喜ばしい事に教会には【治癒魔法】を使えるスライムが数匹居るようになったのである。

 その恩恵を受けられるようになったのと、錬金術の回復アイテムが広く普及したおかげで死亡率は下がったのだが、【治癒魔法】が使えるスライムは安全な教会から連れ出す事は禁じられているし、回復アイテムも気軽に使えるほど安価ではないので、職人が危険地に赴いて素材採取などしないのである。


 だが街中に居るのは全て人口飼育されたスライムだけで、最弱であるが故に保護獣として人に護られる守護契約しているのが普通だった。

 なのでシシーのように圧倒的強者でありながら庇護欲に負けず、スライムを対等の存在として扱う者は珍しい。


「私はね、この子が紋章持ちだから対等契約したんじゃないんだ。確かにこの子の魔法に助けられた事は多いけど、グリューネは友なんだよ。嬉しい事も辛い事も一緒に経験してきた友だから、ずっと一緒に居たかった。だから関係に上位も下位も存在しない対等契約を選んだんだ」

 そう言ってシシーがグリューネを突くと、同意するように揺れて、嬉しそうに魔核を明滅させた。

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