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シシー、青天の霹靂

 カトレアは戦闘職系学科の生徒から武器と防具を預かり、消耗具合を調べている。


「姐さん、どんな感じ?」

「4~5時間って所だけど、早く迷宮から出たいんだろ?」

「うん。私が天井ドカドカ射抜いたこともそうだけど、ここに私達が転移させられてきた事が迷宮にどう影響するか心配だし、さっさと出た方が良いと思う」


 それこそ素材の確保を後回しにしてでも。

  いざとなったら今まで市場を混乱させないために流通させなかったレア素材を何点か放出して換金し、路銀にしてしまえば良いとすらシシーは思った。

 あまりやりたくない方法だが、贅沢を言える状況では無い。


「ポーションに余裕はあるかい?」

「納品する予定の物だったから沢山あるよ」

「なら3時間で終わらせるよ、そのかわり回復よろしく。その間にあんた達は着替えときな、予備の服はあるだろう? 今の公国で学園生だってばれるのがまずいなら制服はダメだろ」


 ミカ達が着ている学園指定の制服は目立つ。集団で着ていれば尚更だった。

 シシー達アトリエ生は制服が無い替わりに、来園時には左腕に校章入りのプレートがついた腕章をつける決まりなので、4人の左二の腕部分には腕章がついている。それはすぐに外せるので問題ない。

 それに12人で固まっていた面子の制服は魔物との戦闘でボロボロになっている。例外は腕を切り落とされて守られていたカトレアだけだ。

 彼らもそれが分かっているので素直に提案を受け入れる。


「学園の教育方針『いつ何時も備えを怠るな、油断するな!』を実地で嫌というほど叩き込まれましたから、みんな常時持っているでしょう」


 ミカの確信している言葉にアトリエ生組み以外の全員が頷く。


「シシー、あんたもだよ。っていうか何で今日に限ってただの服なんだい?」


 カトレアのもっともな言葉に全員が疑問に思う。

 来園時には必ず印象的な戦闘服姿でいたのに、今日のシシーは白シャツ黒のロングスカートにサンダルという一般人としては普通でも、危険物を扱う職種であるからには普通の服では危険すぎる錬金術師としては驚くべき軽装であると言えた。

 ハニーとメープルが着ているエプロンドレスや、カトレアの豊麗な肢体を包む作業服は、身を守るに足る防御力を充分に持った服であるのだから。


「あー、メンテナンスに出してたから。今日は調合する予定も無かったしこのままで良いや、と安易に考えた結果だよ。……すぐに後悔したけどさ、まさか王都に納品しに行くために転移門(ゲート)へ向かってたら、問答無用でフリージア先生に追われるはめになるとは思わなかったんだもん」


 平和ボケでもしたかな~、と力なく呟く姿に同情を禁じ得ない一同。

 学園の教育方針を知っていながら油断しまくっていたシシーに非はあるが、結果的に納品を邪魔したフリージアもフリージアである。


「……なんというか、ご愁傷様。その、教訓を生かすためにも着替えなよ、何かあるだろ?」


 カトレアの苦しい慰めにやおら頷き、シシーは道具袋の中身を確認する。

 その方法も頭の中に投影されていく映像を見るだけというお手軽さなのだが、その光景を見ていた周囲から「思念操作タイプ……」「道具袋で1番高いやつ……」「さすがはお金持ち……」という声が漏れているのはご愛嬌である。

 だが突然シシーが悲鳴をあげた事により、それらの声は途絶える。


「嫌――――!! なんで入ってるのっ!?」


 言うが早いか、今まで手を触れる事の無かったポーチ型道具袋のふたを開けて手を突っ込み、緑色の物体を取り出した。


「家で留守番してるから今まで気にもしなかったのにー! っていうか大丈夫なの!? おかしい所ない、グリューネ!」


 取り乱していながらも、手のひらの上でフルフルと揺れている存在に振動が伝わらない様にしている事から、シシーが大事にしている存在だと分かるのだが――。


「……スライム……」


 だれかがぽつりと呟いた。

 そう、シシーの手のひらに鎮座していたのは最弱の代名詞、スライムだった。




 しばらくして、件のスライムに異常がないのを確かめたシシーはやっと落ち着きを取り戻した。


「ごめん、あまりにも予想外の事態に取り乱した」

「まさかグリューネが潜り込んでたとは……アタシも予想外だよ」


 あんたの言いつけを破るなんてねぇ、と感慨深げに呟いているカトレアはシシーとスライムの関係を知っているようだが、周りは事情がさっぱり分からないでいる。全員から「聞いて下さい」と目で訴えられたミカは、恐るおそる声をかけた。


「あの、先輩方。その、スライムさん、とはどんなご関係なんでしょうか?」


 シシーがスライムに触れる手つきがあまりにも大切そうなので、おもわずスライムにさん付けしてしまうミカである。


「ああ、この子は私の契約獣なんだ。名前はグリューネ」

「……契約獣、ですか」


 最弱のスライムがシシーの契約獣、あまりにも似合わない。

 契約獣は契約者と対等の関係にあるため、使役獣と違って命令は出来ない。屈服させるのは無理でも相手に力を認めてもらえれば結べる契約であるから、格上の相手と結ぶ契約であるとの認識が強いのだ。

 『アーラ』を名乗る強者のシシーがなぜ、最弱の代名詞たるスライムと対等契約したのか理解できず、頭上に疑問符を浮かべている彼らを見たカトレアは助け舟を出すことにした。


「あんた達、よ~くグリューネを見てごらん。普通のスライムには無い特徴があるんだよ、この子には」


 助言を受けた10数名から穴が開きそうなくらいにじーっと見られ、スライム改めグリューネが居心地が悪そうに振るえる。

 サイズは女性の片手に乗れてしまう大きさで、色はシシーの髪よりも少しだけ濃いが、綺麗に透き通っていて、フルフルと揺れる姿はゼリーを連想させる。中心で淡く輝く魔核は、明滅する速度と光の強弱によって感情を伝えるが、これは普通の事であるので珍しくもない。

 一見なんの変哲もない普通のスライムに見えるのだが、1人が何かに気付き、興奮気味に声をあげた。


「このスライム、じゃなくてグリューネさん、魔核に紋章持ち……! 治癒魔法を使えるんですね!」

「正解。癒しの神からこの世界で唯一治癒魔法を使う事を許された存在のスライムだよ、この子は」 

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